[光の夜に]


「よお、レアナ。バスター見なか……」
「しらない」
 レアナはそういい残すと一瞬合わせた視線もさっと避けて立ち去ってしまった。取り残されたガイはしばしの間、呆気にとられていた。
「なんだってんだ? バスターのこと聞いただけだっつーのに」
 ガイが気を取り直すと、後方からカツカツと足音が聞こえてきた。振り返ってみると、その当の本人であるバスターが通路の角を曲がってくるところだった。その姿を認めたガイは声をかけようとしたが、バスターに先に遮られた。
「ガイ、レアナ見なかったか?」
「え? あ、ああ。ついさっき、あっちのほうへ行ったぜ。……お前ら、何かあったのか? ケンカか?」
 先ほどのレアナと、今のバスターのそれぞれの態度を比べれば、何があったかなんてことはガイにだって感づくことが出来る。バスターはぎくっとした様子でバツの悪そうな顔をしたが、観念したように口を開いた。
「あー……まあ、ケンカって言うか……ちょっとな」
 バスターの脳裏に、ついさきほどのレアナとのやり取りが浮かび上がった。

『バスターはあたしのこと、子供にしかあつかってくれないの?』
『あたしはバスターとひとつしか違わないのに。なのにいつまでも子供?』
『あたし、もう小さな子供じゃないもの!』
『バスターのバカバカ!』

 バスターはレアナの言葉を思い出しながら、ため息をついて髪をかきあげた。
「……レアナの言うとおり、小さな子供じゃないんだよな、あいつは。なのに俺は……」

 それから時間が経ち、夜もすっかりふけた艦橋。当然人気もなく……という訳ではなかった。レアナが手近な機器にもたれかかるようにして一人、立ちずさんでいた。両手にはなにやら大事そうに抱えている。どうやら30cm位の大きさのぬいぐるみのようだった。そうしてレアナが艦橋の窓から見える宇宙と地球をぼんやりと見つめていると、不意に背後に人の気配を感じた。
「だ、だれ?」
 レアナは驚いて声をあげたが、それは声をかけられた相手も同じようだった。片手にカップを持ったバスターが、びっくりした様子で突っ立っていた。
「レ、レアナか?」
「あ……バスターだったの……」
 バスターだと判ると、レアナは彼から視線をそらすように顔の向きを変えた。バスターもそれをとがめるでなく、手にしたカップの中身がこぼれないように注意を払いながら、レアナの隣にやってきた。しかし、それでもレアナはバスターに視線を戻さなかった。
(参ったな……なんて言えばいいんだ?)
 バスターはカップの中のコーヒーを見つめていたが、思い切って顔をレアナのほうへ向けた。
「レアナ、俺な」
「あのね、バスター」
 二人は互いに同時に声をかけた。その偶然に二人ともが言葉を続けることに躊躇したが、バスターが改めて話し出した。
「あ、あのな、レアナ。昼間は……悪かった」
「え……?」
「お前のこと、いつも子供扱いして、今日もからかったりしちまったけど……悪気じゃなかったんだ。許してくれ」
 それだけ言うと、バスターは深々と頭を下げた。
「バスター……」
 バスターがレアナの声に顔を上げると、彼女はバスターの顔を覗き込むように、こころもち身をかがめていた。今度はバスターと視線が合っても目をそらさなかった。レアナはぬいぐるみをぎゅっと強く抱くと、正面のバスターの胸に身を寄せた。間近まで近づいたレアナの髪の香りが、バスターの鼻腔をくすぐった。
「ううん、あたしも……ムキになって怒っちゃって……バスター、イヤな思いしたでしょ?……あたしこそ、ごめんなさい」
 バスターが思っていたよりもずっとあっさりと二人の間にあった氷塊は溶けた。バスターは安堵した思いでいた。そんなバスターを見上げながら、レアナは言葉を続けた。
「昼間、あんなことがあってからずっと、あたし、心苦しかった……辛かったの。自分でムキになって言ったことなのにね。バスターのことも無視までして。なのに、バスターがもう口も聞いてくれなかったらどうしようとか、そんなこと本気で思ってたんだよ? だからね、さっきバスターが先にあやまってくれたとき、ほっとして……すごくうれしかった。……ありがとう」
 レアナの偽りない言葉は、バスターの心に染み渡った。レアナがどんな思いでいたか、そしてどれだけ自分のことを想ってくれているかが判ったからだった。バスターはレアナの肩にぽんと手を置くと、頭ひとつぶん小さなレアナを見つめた。
「俺がお前のこと、これからずっと無視するとでも思ったのか?……バカだな……俺がそんなことする訳ないだろ? それに、今回のことは俺がそもそも悪かったんだしさ……ところでそれ、ネコか?」
 バスターはレアナが腕に抱えているものを指差した。レアナは素直にこくんと頷いた。
「うん。そうだよ……あたし、子供じゃないって言っておいて、結局こんなぬいぐるみを抱えてるんだね。笑われちゃっても仕方ないね」
「そんなことないぜ。お前らしくていいんじゃねえか?」
「そう?……この子はね、特別なの」
「……確かそれ、俺に一度貸してくれたよな。怖い夢を見ないお守りだって」
「あ、そうだね」
「お前が言ったとおり、効果あったぜ。いいお守りだな」
 バスターが笑ってそう言うと、レアナも笑い返し、腕の中のぬいぐるみに目をやった。
「これね、おとうさんが誕生日プレゼントにくれたものなの。家を出るとき、荷物はほとんど持ってこれなかったんだけど、この子だけは抱えて持ってこれて……それからずっと、あたしのお守りなの」
「だから今もそうやって持ってるのか?」
 レアナは素直にこくんと頷いた。
「そんな大事なものだったのか……なのに俺に貸してくれたのか? 悪かったなあ……」
「ううん! そんなことないよ。バスターならいいし、それにこの子を大事にしてくれるって思ったもの。だからいいの」
「レアナ……」
 バスターはなかなか言葉が見つからなかった。が、やがて、一言だけ返した。
「……ありがとうな」
 それは気恥ずかしげだったが、バスターの誠実な感情から出た言葉だった。レアナはそんなバスターを、変わらない優しい眼で見つめていた。
「ね、ところでバスターはどうしてこんな時間にここに来たの?」
「俺か? まあ、外を見ようと思ってさ。自分の部屋だと、外は見えないしな」
「バスターもそうだったの?」
「そうだったのって……レアナ、お前もか?」
「うん。外の宇宙っていうか、地球が見たくなっちゃって……すごい偶然だね」
「そうだな。ましてや俺達、ケンカしてたのにな」
「もしかしたら、偶然じゃないのかもね。あたしたち仲直りしたくって、それでどこかで通じていて、同じ場所に来たのかも!」
 レアナは本当に嬉しそうに笑った。バスターはカップを適当な場所に置くと、自身も笑ってレアナの肩を抱いた。
「そうかもな。もしかしたらお前のお守りネコが導いてくれたのかもな」
 二人は並んで艦橋の正面を見つめた。ちょうど太陽が地球の影から姿を現し、光が宇宙の闇を貫きだしていた。

「……こういうときに中に入るってのは、やっぱ野暮だよなあ……」
「ガイ? ドウシマシタカ?」
「うわ、クリエイタ! シーッ!」
 艦橋の入り口の手前でしゃがみこんでいたガイに、通りかかったクリエイタが気付いて声をかけたが、即座にガイに注意された。ガイは艦橋内の様子をそっと眺めながら、小声でぼやくように喋り出した。
「まあったく、ブリッジのほうにバスターが行くのが見えたから、声でもかけようかと思って来てみれば、これだもんな。けど、丸く収まったみたいでよかったぜ。あいつらってどっか不器用なとこあるからな。なあ、クリエイタ?」
 ガイはがしがしと髪をかくと、クリエイタの頭をポンポンと叩いた。クリエイタは同意したように、微笑みの表情をアイモニターに映しだしていた。
「ソウデスネ」
 ガイとクリエイタが艦橋内をそっと覗くと、バスターとレアナ、二人は変わらずに身を寄せ合っていた。ガイはその姿を見届けると、立ち上がって踵を返した。その間際に、笑みを浮かべて一言、こう呟いた。
「ま、お幸せにな……」
 


あとがき


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