[餞(はなむけ)]


 西暦2521年7月13日の夕刻、茜色に染まった景色の中、二人の男女の姿が認められた。他の誰でもない、バスターとレアナだった。
 二人はそれぞれの駆る機体のそばで寄り添いあっていたが、やがて、バスターが意を決したように口を開いた。
「行く……か?」
「……うん」
 バスターにそう同意したレアナだったが、彼の行く先に、ふと疑問を覚えた。
「バスター? クリエイタがいるのはあっちだよ?」
 レアナの問い掛けにバスターは足を止め、振り返った。
「わかってる。ただ、あいつらにも挨拶してこなくちゃなって思ってよ」
「あいつら……?」

 バスターとレアナの眼前には瓦礫が広がっていた。否、瓦礫とひと括りにするのは誤りであったかもしれない。そこに押し黙ったまま横たわる機体の破片の数々は、かつてバスター達と共に空を駆け抜けた者達がいた証――シルバーガン3号機とTETRAの残骸だった。
「ガイ……艦長……」
 残骸を前に、レアナは立ちすくんだまま、今はもういない仲間の名を呼んだ。その傍らでしゃがみこんだバスターは、足元にあった小さな瓦礫片を手に取り、墓標のようにそこに積み上げた。
「ガイ、艦長。俺達は……これからあの石のところへ行くつもりだ」
 バスターはそこに亡き戦友が存在しているかのように話しかけた。レアナは立ったままバスターに視線を落としたが、夕陽に映えたその表情はよくわからなかった。
「……本当だったら、こんな無謀に近いことやらねえほうがいいのかもしれねえけどな」
 バスターはそう呟くと、最後の瓦礫片を積み上げ終えた。
「ガイや艦長が俺達にしてくれたことを考えたら、それが無駄になっちまうんじゃないかってよ」
 バスターがそう言葉を続けていると、不意にバスターの肩に重みが加わった。レアナがしゃがみこみ、ただ黙ったまま、バスターの肩にそっともたれかかっていた。
「レアナ……」
 バスターは傍らに視線を回し、寄り添う少女の手を取った。その小さな手はすぐに、バスターの手を強く握り返した。
「……絶対に」
「え?」
「絶対に、いっしょにここに帰ってくるって約束したじゃない。だからガイや艦長がしてくれたことは、無駄になんかならないよ。ならないよ……!」
 レアナはそれだけ言うと、繋いだ手元に目を落とした。バスターはそんなレアナの様子から、同じように手元に視線を戻すと、口元に笑みを浮かべた。
「……そうだよな……」
 何かに気付いたようにそう言うと、バスターはレアナの手を引いて、すっと立ちあがった。
「決着はつけなきゃならねえしな……」
 バスターは視線をまっすぐに、積み終えたばかりの墓標に落とした。
「なあ、ガイ、艦長。俺、どうも弱気になっちまいがちだな……ダメだな、まったく……」
 夕陽に照らされ、バスターとレアナ、二人の影が長く伸びた。
「今も、二人にグチっちまって……けど、生きてる人間が死んだ人間に何かしてもらおうなんて、自己満足だし、おこがましいことだよな。俺がこんなんじゃ、ガイも艦長も浮かばれないし……いつまでも縛りつけてちゃな。悪かった」
 レアナはすぐそばのバスターを見上げた。その口元にはどこか寂しげだったが、笑みが浮かんでいた。
「俺はレアナを連れて、またここに帰ってくるから……だから、もう心配しないでくれ。もうこの世に縛りつけたりしないから……自由になってくれ」
 そう言い終えると、バスターはレアナに目をやった。レアナは目をごしごしとこすっていたが、バスターの視線に気づくと、にっこりと笑顔を向けた。目は少し赤くなっていたが、その微笑みに惑いはなかった。

「さ、……行くか」
「うん……!」

 二人が踵を返すと、一陣の風がさあっと吹いた。誰かが通りぬけたかのようだった。そう、ガイとテンガイが、まるで今、彼岸へと旅立ったかのように――。



あとがき


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