[ヒトの声。ソラの音。]


――さびしいね、ここは。

 衛星軌道上でシルバーガン1号機のテストフライトを行っていたバスターの脳裏に、不意にレアナの言葉を思い出した。それは先日、定時通信のために艦橋にクルーが集まったとき、レアナがこぼした言葉だった。

「さびしい? この宇宙がか?……まあ、デブリ以外、何もないっていえばそうだけどな」
 バスターが素っ気無く返答を返すと、レアナは少し困ったような表情で言葉を返した。
「そういうんじゃないの。ここは……一歩でも船外に出たら、声も音も聞こえないんだもの」
「ま、そりゃそうだな。真空じゃ仕方ねえよ」
 バスターと同様の口調で、ガイも言葉を投げた。レアナはまだ困ったような顔だったが、艦橋から見える宇宙に目を向けた。
「だって……こんな真っ暗いところにひとりで放り出されたりしたら、どうするの? 光もないし、叫んだって声も消えちゃうんだよ? そんなこと考え出しちゃうと……さびしすぎるよ、ここは」
「……音が聞こえない恐怖ってのは分かるな。通信装置が壊れたら、もう連絡を入れる手だてさえなくなっちまうし」
 バスターはそう言うと、レアナ同様に艦橋の窓に顔を向けた。
「でしょう? それに……船外活動でもし命綱が切れたりしたら……宇宙の果てまで追いやられちゃうかもしれないんだよ? それが……怖くないわけないじゃない」
「シルバーガンは現行の開発機の中じゃトップクラスの性能を誇ってるんだぜ。宇宙戦も地上戦もこなせるタイプだしよ。レアナがそこまで心配する必要はないと思うぜ」
 ガイがそこまで言い終えると、レアナは一瞬、納得したような表情を見せたが、またすぐに憂いを帯びた表情に変わった。
「そう……そうだよね。シルバーガンは最新機体だもの。でも……まだ宇宙にこんな簡単に来ることの出来なかった何百年も前の宇宙飛行士の人たちは、ひとりぼっちでこんな静かすぎる場所に……たったひとりで……宇宙と地球は繋がっているってよく言うけど……やっぱり、ここは……宇宙は、寂しい場所だよ」
 レアナはそこまで言うと、顔を伏せてしまった。困惑したガイが何を言うべきか考えている間に、バスターが先に口を開いた。
「……確かに、黎明期の宇宙飛行士たちにとっちゃ、こんな宇宙に放り出されるのは半分恐怖だったろうな。動物実験でも、ライカ犬を乗せたテストフライトなんて、そのまま地球に戻れないような酷いことをしていたんだしな」
「二度と地球に帰れない宇宙船に乗せたの!? ひどい……ひどいじゃない……」
 レアナは半分泣き出しそうな口調でバスターに詰め寄った。バスターはレアナの剣幕に思わずたじろいだが、間もなく冷静を取り戻した。
「……生きて戻ってこれるかどうかも分からない代物に、人間を乗せることなんて出来なかったんだよ……どうしても動物実験は免れることが出来なかったんだ……残酷な結末が待っているなら、なおさら……」
「……それは分かるよ……でも……どうしても可哀想だって思っちゃうの……」
「可哀想だって思っちまうことは、まともな人間なら当たり前の感情だと思うぜ」
 艦橋の椅子に適当に座っていたガイが口を挟んだ。確かにそうだ――何の憐憫も抱くことの出来ない人間のほうが異常なんだ――バスターはガイの言葉を反芻した。

「バス……ター、バスター?」
 シルバーガン2号機を駆るレアナからの通信に、バスターははっと己を取り戻した。
「どうかしたの? なんだか今日は、あんまり動きが良くないみたいだけど……」
「大丈夫だ。ちょっと考え事に気を取られちまったんだよ」
「宇宙での気の緩みは危険すぎるぜ。バスター」
 シルバーガン3号機に搭乗しているガイからも通信が入った。それもそうだと、バスターはパイロットの顔つきになり、1号機のフライトに集中力を戻した。だが、そこへレアナが再び通信を入れてきた。
「ねえ、バスター……あたし、言ったよね。『ここはさびし過ぎるって』」
「ああ。それがどうした?」
「あれから考え直したの……ここは音も声も聞こえない冷たい場所だけど、だからこそ余計にバスターやガイ、それに船長やクリエイタと通信上でも言葉を交わすことが出来るのは、本当はすごく大事な『心の命綱』なんじゃないかって」
「『心の命綱』か……上手いこというじゃねえか、レアナ」
 バスターはレアナの言葉を心中で何度も繰り返した。
「……そう考えれば、ここはお前が思っているほど寂しい空間じゃなくなるだろ? たとえ声だけでも、俺達は繋がっているんだから――」
「繋がっている……そうだね、そうだよね」
 レアナの口調が一転して明るくなった。その様にほっとしたバスターの元に、けたたましい通信が入ってきた。
「おい、バスター! レアナ! 悩んでる暇はね―ぞ! もしかすると、今日の成績のトップは俺様かもな!」
「悪りぃ。でも、トップの座は渡さねーぜ? な、レアナ!」
「……うん! 行くよ、バスター、ガイ!」
 3機のシルバーガンは再びテストフライトの任務に戻った。宇宙は変わらず静かなままだった。しかし、TETRAや各シルバーガンからの通信上での彼らの声は、絶え間なく広がる宇宙において、ほんの少しだったが、沈黙を打ち破っていた。それはまるで、静寂の中での絆を主張するかのようだった――。



あとがき


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