[前夜の語らい]


 連邦軍施設のレストフロア内にあるバーで、テンガイはぐいぐいとウォッカを口にしていた。テンガイは類稀な技術者であると共に、連邦軍きっての酒豪としても知られている。その彼のこと、ウォッカの2〜3杯ぐらい、彼の胃にはなんでもなかった。つまみを口に放り込んでいると、テンガイの座っているカウンター席の隣に誰かが座った。他でもない、連邦軍の軍人ならテンガイ以上に皆が知っている人物――連邦軍最高長官・五十嵐=剛だった。
「相変わらずの飲みっぷりだな」
「ワシにはこれでも足らんぐらいだがな」
「お前は昔からそうだったな。マスター、ウィスキーをくれ。ストレートでな」
 二人は連邦軍最高長官と軽級巡洋艦艦長という公の場での立場からうって変わって、死線を何度も潜りぬけた戦友という関係に戻っていた。思えばこの二人はテンガイが五十嵐を陰謀から救い、そのとき上司を手にかけた罪を問われたテンガイを今度は五十嵐が救ったという過去もある。西暦2520年現在、テンガイが69歳、五十嵐が50歳と、年の差は20近くも離れていたが、二人は今や、無二の親友となっていた。
「ところで……今度開発された新型機”レイディアントシルバーガン”の2週間後からのテストフライトの件だが……ワシのTETRAが1号機から3号機までの3機、PENTAが4、5号機を受け持つことになった。もちろん、お前の耳にも入っているだろがな」
「ああ……またガイが機体を壊さなければいいんだがな……テストパイロットとして配属させたのがそもそも間違っていたことなんだろうか、テンガイ?」
 五十嵐はこめかみをおさえ、ウィスキーをぐっと飲んだ。彼の息子である五十嵐=凱こと通称・ガイは、テンガイ直属のテストパイロットとして任務をこなしている。ガイの操縦の腕前は非常に素晴らしいものだったが、ただひとつ、操縦にやや乱暴な部分が目立ってしまっているのだ。そのため、テストパイロットとして連邦軍に配属されてから、壊した機体は決して少ないものではない。今度の機体はいつ壊れるかと、連邦軍内で賭けの対象にまでされているほどであった。
「シルバーガンは並の腕前のパイロットでは満足に動かす事も出来ない機体だ。そんな機体でもおそらくガイならば扱えるだろう。壊されたら壊されたで修理すればいい。どうせテスト機体なんだしな。心配するな」
「いつもすまんな……テンガイ」
 五十嵐はウィスキーの入ったグラスを見つめながら、こぼすように友に礼を述べた。
「そういえば、TETRAには明日、新しく2人のクルーがテストパイロットとして異動してくる予定だったな。2人のデータは見たか?」
「ああ。一人はガンビーノ=ヴァスタラビッチ、18歳。士官学校を優秀な成績で卒業して、実戦経験も少しだがある奴だ」
「ヴァスタラビッチ……? どこかで聞いた名だが……」
 首を傾げた五十嵐長官に対し、テンガイは表情ひとつ壊さずに答えた。
「ヴァスタラビッチ上院議員の息子だ。もっとも、父親とはあまり仲が良くないようだがな」
「そうか……あの黒い噂の絶えない代議士の……」
「お前のところと正反対ってことだ」
 テンガイはウォッカを、五十嵐はウィスキーを黙って口にした。
「もうひとりはマリアン=レアノワール。例の……純粋なパイロットを育成する計画のサンプルの一人だ」
「……最初のサンプルだな」
「こんなことを言っても仕方がないことは分かっているが……子供の頃から隔離施設で極端な教育だけを受けさせて、優秀なパイロットにしようなどという計画は……どうも好かん。ましてやマリアン=レアノワールはまだ17歳ではないか。これから先の人生で人を好きになることも、ましてや自由に生きることもおそらくは籠の中の鳥のように制限されてしまうのだろう……不憫なことだ……」
「……私もサンプルのこれからの人生を考えると、良心の呵責を感じるのは確かだ。だが、優秀なパイロットは軍にとって大事な戦力だ。そのことも考えて、先代の長官はあの計画にゴーサインを出したのだろうし、私もその計画を止めるよう命令は下さなかった……サンプルが辿るだろう人生を知っていながらな」
 五十嵐は残り少なくなったウィスキーのグラスを手持ち無沙汰に持った。
「マリアン=レアノワールがどんな娘に育っているのか想像もつかんが……少なくともTETRAに所属している間は、その娘を”サンプル”として特別視はしないつもりだ。もっとも、それは他の2人についても同じだがな。長官の息子だろうと上院議員の息子だろうと、TETRAのクルーの一人として扱うつもりだ」
「テンガイ……すまんな」
「何を今更、水臭いこと言うな」
 テンガイはぐっと何杯目かのウォッカをあおった。既に常人なら呂律も回らなくなっているだろうに、テンガイはケロッとした面持ちだった。親友の相変わらずの酒豪ぶりに、五十嵐は苦笑をもらした。
「ロボノイドもガンビーノ=ヴァスタラビッチとマリアン=レアノワールがTETRAに配属された後に、追って新型がテストまでには配備される予定だそうだな」
「そうだ。感情を持つことに成功した初めてのロボノイド”クリエイションタイプ”、通称”クリエイタ”だ。旧型の”シーカー”は任務から解放されて、ワシらとはおさらばになるということか……感情を持つクリエイタの能力にも、もちろん興味はあるが……シーカーには御苦労だったと言ってやりたい気分だ」
「まだしばらくはシーカーにも適材適所な部位で働いてもらうつもりだがな。シルバーガンが最新鋭戦闘機として生まれたことで、今までの戦闘機が旧型になるように、兵器開発に限らず、どんな機械でも言えることだ。それをいちばんよく分かっているのはお前じゃないのか? テンガイ?」
「……それはもちろんだ。ワシとて何十年もメカニックに携わってきた訳ではない。それは機械全てについて回る宿命だ。よくわかっとるつもりだ……」
 テンガイはグラスにだいぶ残っていたウォッカを一気に飲み干すと、すっと席を立った。あれだけの量のウォッカを飲んでいるというのに、千鳥足になっていないのが不思議なくらいだった。
「さて、明日からは大変になるな。なにせ3人もの若造の面倒を見にゃならん。ガイと新入りの2人が仲良くやってくれればいいが……ま、ガイなら大丈夫だろう。マリアン=レアノワールはともかく、同性のガンビーノ=ヴァスタラビッチとは一悶着くらいはあるかもしれんがな。それも通過儀礼みたいなもんだろう」
「さながら、学校の教師になった気分か?」
「ま、そうだな」
 五十嵐の軽口に対し、テンガイは笑って返した。
「では、ワシは先に失礼するぞ。お前もほどほどにしておけよ、五十嵐」
「私はお前ほどの酒豪ではないからな。これを飲んだら、家に帰るとするよ」
 五十嵐はまだ少しだが残っているウィスキーのグラスをテンガイのほうへ掲げて答えた。
「そうか。ではまたな」
「ああ」
 テンガイは踵を返すと、しっかりした足取りでバーから出ていった。五十嵐も残りのウィスキーを飲み干すと、こちらもしっかりとした動作で立ちあがり、バーを後にした。
 西暦2520年、”レイディアントシルバーガン”のフライトテストの始まる少し前の晩の、とある出来事だった。



あとがき


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