[果てなき約束]
「ねえ……バスター、覚えてる?」
西暦2521年7月13日、17時を少し回った頃。2機のシルバーガンが衛星軌道上に向けて上昇する途中、シルバーガン2号機に乗るレアナはバスターの駆る1号機に向けて通信を送ってきた。バスターは何のことを問われたのかが見当がつかず、レアナに問い返した。
「覚えてるって……何をだ?」
「あのね、一緒に……乗った日のこと。一度だけだったけど……」
「ああ……あの日のことか。もちろん覚えてるぜ」
それはテストフライトが始まってまもなくの頃――ある晴れた日のことだった。
「うーむ……なにかおかしい」
テンガイは腕組みをしながら、シルバーガン1号機のテストデータを睨みつけて呟いた。そんなテンガイの様子に、ガイもモニターを覗きこんできた。
「どこがおかしいってんだ?艦長?」
「1号機の成績だ。初めのほうは回避率も命中率も、いつもの1号機からは考えられないもんだった。だが、今は回避も命中率もぐんぐん上昇しておる。いったい何があったのやら……」
「……本当だな。おい、レアナ。どう思う?」
ガイはレアナに問いかけたが、肝心のレアナは周囲にはいなかった。
「あれ?おい、クリエイタ。レアナどこ行ったか知らないか?」
「イイエ……ワタシモ 2号機ノテストガオワッテイライ ミカケテイマセンガ……」
二人の会話に耳をすませていたテンガイは、はっとしたような表情になり、がばりと顔を上げた。
「おい!バスター!聞いているか!?」
「何だ、艦長?」
「今、”そこ”にいるのはお前だけか?他に誰か乗せてはおらんか!?」
テンガイの問いに対し、バスターは明らかに困惑した様子だった。
「な、なにを……」
「いいから答えろ!今、そこに居るのはお前だけか?レアナが乗っとらんだろうな?」
「……ビンゴだよ。ここには今、レアナも乗ってるよ……」
「レアナが!?」
観念したようなバスターと、驚愕の声を上げるガイを尻目に、レアナは無邪気に答えた。
「ええ?わかっちゃった?やっぱり艦長はすごいね」
「いいから降りて来い!テストは一時中止だ!」
そもそも、その日のテスト飛行が2号機→3号機→1号機という変則的な順番で行われたこともきっかけだった。バスターは割り当てられたシルバーガン1号機で待機しながら、ガイの乗るシルバーガン3号機が遥か上空を舞う様子を眺めていた。ガイのフライトテクニックには卓越したものがあったが、少々、というよりもかなり乱暴な部分も同居していた。そのため、シルバーガンに限らず、他のテスト機体でも何度も破損させていたことは連邦軍内では周知の事実だった。今回のシルバーガンのテストフライトに際しても、ガイの父親である五十嵐長官や上官であるテンガイ艦長をはじめ、シルバーガンをまた今までの機体のように壊さないかと冷や冷やしていた。実際、ついこの前もブースターを丸々ひとつ大破させてしまっていたのだが。
そういえばあの時は、初めてレアナ自身の口から彼女の育った境遇を聞いた日でもあったな――青空を見上げながら、バスターはそんなことも同時に思い出していた。
それはともかく、この日、1号機のハッチを開いたまま、3号機の飛行を見ていたバスターの元に、思わぬ人物が乗りこんできた。他でもない――レアナだった。
「……よいっしょっと。バスター、中に入っていい?」
「おいおい、そりゃ構わねえけど……お前の2号機のほう、どうかしたのか?」
「ううん。ちゃんと飛行テストもさっき出来たでしょ? えっとね、他のシルバーガンの中ってどんな風になってるのかなあって思って。それで見せてもらいに来たの」
確かにその日の順番を考えれば、レアナの乗る2号機は既にテストを終えていた。
「ああ、そうだっけな……ま、俺の順番まではまだ間があるし、いいぜ。入ってこいよ」
バスターはそう言って搭乗口の取っ手に手をかけていたレアナに手を伸ばし、コクピット内に引き入れた。一人でいるときはあまり感じなかったが、シルバーガンのコクピット内は元々一人用に造られているため、二人が入るとかなり狭い印象をバスターは受けた。そんなバスターの思惑をよそに、レアナはコクピット内をきょろきょろと珍しいものでも見るかのように見渡していた。
「へえ……やっぱり同じなんだね。1号機も」
「そりゃそうだ。一機づつ設計の違う戦闘機なんて、コストがかかりすぎて造れねえよ」
バスターは苦笑しながら、レアナの言葉に答えた。
「でも機器との距離っていうのかな……大きさが少し違う気がするよ」
「なんなら、座ってみるか?」
「え?いいの?ありがとう!」
「ああ、いいぜ……って……お、おい!」
バスターは半分冗談まじりに言ったつもりだったが、レアナはそれを素直に受けとめた。そして少々困惑気味なバスターをよそに、シルバーガンは設計上、両足を開いた状態で搭乗するようになっていたので、ちょうどバスターの両膝の間に入るように、座席にちょこんと座ってしまった。
「やっぱりコクピット回りはあたしの2号機より大きいよ。操縦桿にもアクセルペダルにも、やっと手足が届くくらいなんだもの」
「あ、あのな。座ってみるかってのは、俺が降りてからって意味だったんだぜ?」
「いいじゃない。だって、こうやってちゃんと座れたじゃない?」
「そ、そりゃそうだけどよ」
「ならいいでしょ?」
屈託なく笑って言葉を返すレアナの前に、バスターはすっかり降参してしまった。そうして少しの間、二人は3号機が飛ぶ空を一緒に眺めていたが、不意にレアナが、バスターが思ってもいなかったことを口にした。
「ねえ、このまま一緒に飛んでみない?」
「へ?……飛ぶって……おい!そりゃまずいだろ!?」
バスターはレアナのとんでもないアイディアに当惑し、慌てて返答した。
「だいじょうぶだよ。あたしだと足がぎりぎりだから、バスターがアクセルとブレーキペダルと、あと操縦桿を握って。それであたしが攻撃ボタンを担当すれば、いいでしょ?」
「お前、そんな簡単に言うけどなあ……」
「平気だよ。それに今日のターゲットはホログラムだから、もし当たっても大丈夫だし。最初はわからないかもしれないけど、やってみようよ、ね?」
「艦長に絶対にバレるし、そのあと大目玉だぜ?」
「上手くいったらきっとそんなには怒らないよ。もし怒られても、あたしが言い出したことなんだもん。バスターは悪くないよ」
「……しゃーねえな。じゃ、連帯責任ってことにしといてやるよ。その代わり、攻撃のほう、しっかり頼むぜ?」
「まかせといて!バスターも操縦のほう、よろしくね」
レアナは攻撃ボタンに腕を伸ばし、バスターは手持ち無沙汰な右腕をそのままレアナの右手の上に――もちろん、攻撃に支障が出るような余計な力は抜いていたが――重ねた。操縦桿のほうも同じように、バスターが操縦桿を握ると、その左腕にそっと重ねるようにレアナが右手を置いた。
こうしてシルバーガン1号機は「二人三脚」というか「二人羽織」というか、とにかく前代未聞、二人で操られることとなったのだった。
最初の方こそ、レアナが『最初はわからないかもしれないけど』と言った通り、息をあわせる余裕もなかった。バスターは必死に攻撃を避け、レアナも出来る限りのターゲットをなんとか攻撃していた。だが、例えば自転車に乗ったリするときに、最初は乗れなくても、ある「コツ」を掴めば後はスイスイと乗りこなせるように、二人の息は段々と急スピードで合っていった。テンガイがレアナも乗っていることを察したときには、まさに「一身同体」という言葉がぴったりと当てはまるほどだった。バスターが巧みに機体を操り、レアナが眼前の敵を次々と倒していく。それほど二人の操縦は見事にシンクロし、まるでバスターとレアナはお互いにテレパスになったかのようだった。
「バカモン!!何かあったらどうするつもりだったんだ!バスター、レアナ!」
地上へと戻ってきた二人乗りのシルバーガン1号機を待ちうけていたのは、やはりテンガイの一喝だった。バスターもレアナもその迫力に気圧されたが、レアナはおずおずと、だがはっきりとテンガイに言った。
「あの、艦長……あたしが言い出したことなの。だからバスターは悪くないんです。本当なの!」
「艦長、今回のことはレアナ一人のことじゃないんだ。一緒に乗せた時点で俺は連帯責任者になったんだ。だから、罰するなら俺もきっちり罰してくれ」
テンガイは互いをかばいあうバスターとレアナの様子を違い違いに眺めた。そして先ほどよりも落ちついた口調で答えた。
「……分かった。今回の件はお前達二人の連帯責任ということにしよう。その代わり、罰則はしっかりとやってもらうからな。クリエイタが収集・分析している現時点までのシルバーガンのテストフライトデータの整理や、過去の機体とのデータ比較などを手伝え。言っとくが、並の量ではないからな。覚悟して臨め」
「了解ぃ」
「りょうかいしました」
バスターとレアナは同時に答えたので、二人は顔を見合わせて思わず笑った。そんな二人を置いてテンガイは静かに去っていった。だが歩きながら、息があれほどぴったり合うコンビがもし他にも多くいるのならば、二人用の戦闘機の開発を検討してもいいかもしれんな、とテンガイは心中で呟いた。
「……あのときは確かに情報整理の罰則は大変だったけど、いま思えば随分と軽い罰だったよな。艦長、内心では俺達の飛行を少しは認めてくれていたのかもな」
「そうかもしれないね……ううん、きっとそうだったんだよ。でも……シルバーガンが本当に二人乗りだったら、今も一緒に乗れたのに……一緒に居れたのにね……」
レアナは半分泣きそうな声で声だった。そんなレアナを気遣うような穏やかな口調で、バスターは口を開いた。
「今でも一緒だよ……俺達は絶対に離れ離れにはならない。1年前だってそうだっただろ?」
「……うん」
「それによ……あの「石」を壊して地球に戻れたら、クリエイタにも手伝ってもらってシルバーガンを二人乗り用に改造するのもいいかもしれねえな」
「二人乗り……うん、そうしようよ!約束だよ!」
レアナの明るい声が1号機コクピット内に響いてきた。その声を聞いてほっとしたのか、バスターはふうっと息をつき、自然と笑顔になっていた。
「二人乗りになったシルバーガンに一緒に乗って、その横をクリエイタも一緒に飛んで……そうなれたらいいね」
「ああ。そうしような。絶対に……!?……さて、敵のおでましだぜ!」
WARNING表示と同時に、2機のシルバーガンの前に、まるでアメーバを模したかのような大型の敵が現れた。シルバーガン1号機と2号機は、それぞれ敵を待ち構える体勢に入った。そのとき、不意に1号機コクピットにレアナの声が響いてきた。
「バスター!」
「どうした、レアナ?」
「絶対にもういちど、シルバーガンに一緒に乗るんだからね。クリエイタのところにも一緒に帰るって約束したんだから。だから……だから……あたし、また同じことばっかり言っちゃってるかもしれない。でも、でも……絶対に死んだりしたらダメだからね?あたしをひとりぼっちにしないで……ね……?」
「……俺は絶対に死なねえよ。お前をひとりぼっちにもさせない。帰るときは一緒だ。改めて約束するからな。安心しろよ」
「……うん!」
「さ、敵さんのお相手をしてやるか。いけるな、レアナ?」
「うん!だいじょうぶ!バスターも気をつけてね」
「当たり前さ。じゃあ、行くぞ!」
2機のシルバーガンは眼前に構える敵機に対して攻撃をはじめた。未来に彼らの願いが叶えられるかどうかはわからない。だが、これは二人にとっては大切な約束を守るための、そして、互いに大事な者を守るための戦いの再出発だった――。
あとがき
BACK