[告白]


 いつの間にこんな感情を持つようになったのだろう――。

 傍らでバスターの肩にちょど頭を傾け、穏やかな寝息を立てているレアナの寝顔を見つめながら、バスターは彼女の髪を指で梳きほぐした。レアナの細くやわらかな髪は指に絡まることなく、すっと指の間を通った。

 そもそもTETRA配属になってレアナと最初に出会ったときには、彼女のあまりの物知らずっぷりに本当に軍人なのかと疑ったほどだった。しかし、レアナの育った特殊な環境を段々と知るにつれ、それは納得に変わっていった。パイロットとしての純粋な教育のみを受けた――いわば実験体――である少女が、世間知らずになってしまったことも無理はないと思った。自分は世話焼きな性格などではないとバスターは自分では考えているが、レアナには自然と目をかけていた。妹がいたらこんなかもしれない、そんな風にバスターはレアナと接していたつもりだった。

 そんな思いがいつから恋愛感情になっていたのだろう。本当にそれはいつの間にかだったように思える。自分ではっきりと意識するようになったのは、バスターの父親がレアナの両親の失踪に関与していると知ったときからだった。そんな事実を知ったら、レアナはバスターから離れていってしまうのではないか、バスターがどんなに謝罪をしても――それは恐怖にも近い感情だった。レアナがもしもそのことでバスターから離れていく。それほどの「久遠の別れ」となるかもしれないと思うと、心が荒んで仕方なかった。そして、自分がどれだけレアナに対して特別な感情を持っているかを、胸が痛いほど痛感した。

 以降、しばらくの間、バスターはレアナに近づかなかった。いや、近づくことが出来なかった。何を言っていいのかわからず、レアナに対して、一時の感情のもつれから怒鳴りつけかけたこともあるバスターにとっては、ただひたすら何と言えばいいのか解らなかった。そのことをレアナに話す気力はしばらく失せていたし、何よりも、自分の父親がレアナの両親の失踪……実際は政治的な陰謀で二人とも殺されていたのだが……を話すことは出来ない、そして父親を許すことなど絶対に出来ないとまでバスターは思いつめていた。

 だがある日、バスターは意を決してレアナに全てを告白した。それがわずかでも贖罪となるのなら。どんなにレアナにののしられようと、なじられようと、その決心は変わらなかった。しかし、それどころか、レアナは優しい口調でこう言ったのだ。

『…なんにも悪くないよ。バスターはなんにも悪くないよ。…だから、だからあやまったりすることなんてないよ……たとえバスターのおとうさんが何しても……バスターは関係ないじゃない、こうやってあたしに打ち明けてくれたんだもの……悪くなんかないよ……』

『レアナ……』

『ね?だからそんなこと気にしないで……いつもみたいに笑ってよ……お願いだから』

『…そんな苦しそうなバスター見てるほうが…ずっとずっとやだよ…辛いよ…』

 バスターは反射的に彼女を抱きしめていた。笑うことは出来なかったが、ただひたすらレアナの許しを乞えることが出来ただけで幸福感が湧いていた。バスターは声を立てずに泣いていたが、しばらくするとレアナがバスターの眼前に顔を向かい合わせになり、互いの額を寄せ合った。レアナの息使いや体温、そして全てを許してくれた彼女の姿が、バスターの目前にはあった。バスターがレアナを抱く力は更に強まり、レアナもまた、体を引き離そうとはしなかった。

 そして今は、二人はあの時のように体を寄せ合いながら、TETRA艦内の一部屋に設置された長椅子の上で固く手を握っていた。その手からは、互いの暖かな体温が伝わってくるようだった。



あとがき


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