[眸(ひとみ)]


「また派手にやったもんだな」
 シルバーガン1号機のコクピットに座ったまま同型のシルバーガン3号機を横目で見 ながら、バスターは誰に言うともなしに呟いた。
 今日のテスト任務も無事終え…ガイの乗る3号機が多少無茶をやらかして少なから ぬ機体破損を招いたというハプニングがあったので、「無事」とは言い難いかもしれ ないが…とりあえずは割り当てられたノルマからはバスター達は解放されていた (もっともガイだけは、現在テンガイ艦長の迫力満点のお説教という追加ノルマをこ なしている真っ最中である。テンガイは決して口やかましくクドクド言うタイプでは ないことが救いだが)。
 まだ残っているパイロットの仕事といえば、明日のテスト内容に合わせて各々の担 当機の調整を行うことくらい。大掛かりな整備は専門のメカニックもしくはロボノイ ドに頼らざるをえないが、パイロットも一通りのメンテナンスは一応行えるよう訓練 を受けている。特にコクピット回りについては、それぞれにとって最適な状態で機体 をコントロールできるように微調整を行う必要があるため、パイロット各自が状況に 応じて行うことが多い。バスターも先ほどからメインコンソールを見つめながら、機 体の調整作業を行っていた。
「ブースターいっこ、まるまる壊しちゃったんだもんねえ」
 いつのまにか1号機のそばへと来ていたレアナが答えた。コクピットの前部ハッチ を開け放していたので、先ほどの独り言が彼女にも聞こえたようだった。
「もう済んだのか?明日の調整」
 手は動かしたまま、顔だけレアナの方へ向けてバスターが尋ねる。
「うん。バスターのほうは?」
「こっちもじきだ」
 レアナは口調はのんびりしているが、幼少時からパイロットとしての英才教育を受 けさせられてきただけあり、作業はなかなか早い。人間、本当に見かけによらないも んだよな…レアナの普段ののんびりとした様子とテスト任務時の迅速な行動・判断力 とのギャップを、バスターはなんとはなしに思い比べた。
「あしたの定時通信のとき、長官、またむずかしい顔してるだろうね」
 笑ってそう言いながら、当のレアナは開け放たれたままの1号機ハッチの縁に腰掛 けた。コクピットにいるバスターから見れば一段下、ちょうど背中を向ける格好であ る。
「…でもいいなあ、ガイは」
「ガイが?何でだよ?」
 レアナがぽつりともらした言葉を耳にして、ちょうど調整を終えかけているバス ターが尋ねた。不意に後ろから声をかけられたために、レアナは少し驚いた様子だっ たが、問いかけの主を見上げるようにして答えた。
「ええ?聞こえちゃった?…だって、ガイはおとうさんといつでも会えるんだもん」
「ああ?そんなことぐらいで…」
 そこまで言いかけてバスターはとっさに口をつぐんだ。レアナが育った境遇を思い 出したのだ。もし彼女の両親が健在なら、幼いレアナが連邦軍の施設に引き取られる ことも、そしてほとんど実験台のように戦闘機のパイロットとして育てられることも なかったはずである。
「どうしたの?」
「…なんでもない…よし。これで完了…っと」
 レアナの問いをはぐらかしながらバスターはコクピットから離れ、そのままレアナ の隣に腰を下ろした。艦橋のほうへ急いで戻る必要も特にない。
「そお?…ねえ、バスターはそんなふうに思ったことない?」
「別に…俺にはな」
 バスターの脳裏に自身の父親の姿が浮かび、すぐに消えた。法の裏をかいくぐり私 腹を肥やす政治家。金の亡者。実の息子に家を捨てさせる最大の原因となった男。 決して父などとは呼びたくない、だが紛れもない自分の父親…。
「なんであんなヤツのことなんか…」
 バスターの口から漏れ出た言葉を聞き、レアナが眉をしかめた。
「だめだよ。お父さんのことを"あんなやつ"なんて言っちゃあ」
「お前には関係ないだろ!」
 思わず声を荒げ、バスターが怒鳴るようにレアナの言葉を遮った。
 思ってもみなかったバスターの態度に、レアナはびくっと体を震わせる。恐れと驚 きがないまぜになったような表情。大きな目は自分に対して叫んだ赤毛の青年の顔を 見つめていたが、やがてその瞳には涙が溢れ出し、耐えかねたようにうつむいてし まった。
 バスターも大人げ無い振るまいをしてしまった自分自身に苛立ちを覚えていた。一 瞬どうしたらいいのかさえわからなかったが、とりあえず無言で立ち上がりコクピッ トの背もたれに巻いてあったバンダナをほどき(げんかつぎとかそういう訳ではない が、バスターは自身の担当機にはいつもそうしている)、右手に掴んだバンダナをそ のままレアナのほうに差し出した。レアナは一瞬躊躇したが、結局そのまま黙ってそ れを受け取り、ごしごしとこするように涙を拭いた。泣かせた張本人であるバスター はそんな彼女を直視できず、かといってこのまま何もなかったように立ち去ることも できず、2人の間に気まずい沈黙が流れた。

 それからひどく時間が経ったのか、それともそう感じただけで実際はほんの10分ほ どにすぎなかったのか。うつむいていたレアナがそっと顔を上げ、口を開いた。
「…あのね。あたしは…おとうさんのこと、あんまりよく覚えてないの。おかあさん のこともだけど…」
「……」
「仕方ないよね。まだちっちゃかったんだもん。でも、おとうさんたちがいなくなっ た日のことはなんとなくだけど覚えてるの…」
 レアナは視線を真正面の床を見据えたまま、ぽつぽつと話し始めた。バスターも顔 は相変わらず前を向いたまま彼女の話に耳を傾けた。
「家の中が急にしいんとしてて…心細くなって泣いてたら、全然知らない人が何人か 入ってきたの…みんな無表情だった。あたしをいきなり抱き上げて車に乗せて…あた し…もう怖くて…」
 最後のほうは半ば涙声だった。レアナは両手に握ったままのバンダナでまた目を塞 いだ。
「…自分から話しだして泣くなよ」
「…ご、ごめん」
「これじゃまるで俺が泣かせたみたいだろ。ガイがここにいなくてよかったぜ」
 そもそものきっかけを考えたら、結局は俺が泣かせたようなものだけどな…内心で はそう思いながら、バスターはそのことを口には出さなかった…というより出せな かった。
「…連れていかれた先は、軍の研究所だったのか?お前がここに配属される前まで ずっと居たっていう」
 中断してしまった話を引き継ぐかのように、バスターが尋ねた。バンダナを握り締 めたまま、レアナがこくんと頷く。
「うん…。そこでおとうさんとおかあさんが行方不明になったって聞かされたの…」
「行方不明…」
 バスターは隣に座る少女の言葉を復唱しながら気付いていた。その単語が彼女の両 親の居所を示すには不適切であろうことに。
「…おとうさんたちがどこにいるのかまだわかんないままだけど…どこかで生きてい てくれてるよね…?」
 それはバスターに向けて発したというよりも、彼女自身に向けて自問しているよう だった。胸の内に抱えている希望が消えることを防ごうとするかのように。
 レアナの口から出た言葉が自分の予想外のものだったため、バスターは思わず彼女 のほうへ顔を向けた。彼女の父母は恐らくもう此岸にはいない。仮に十数年前、殺害 されず拉致されたのだとしても時間が経ちすぎている。そう考えながらも彼はその考 えを実際に口には出来ず、口から漏れた言葉は逆だった。
「…まだ死んだって決まったわけじゃないしな…」
 レアナはうつむきがちだった顔を持ち上げ、うん!とでも言うように先程より力強 く頷いた。
「そうだよ。きっと無事だよね…」
 心なしか明るげになったレアナの横顔からバスターは視線を外せなかった。レアナ は本当に両親の無事を信じているのだろうか。それとも自分を支えるために無理に信 じているのか?一体どこまでが彼女の本心なのか…だがすぐにそんな詮索は無駄だと いうことに気付き、かぶりを振った。この少女ときたら、まるでウソなどつけない し、隠し事などできない性格なのだ。本心をうまく言えない自分とは正反対に。
(…俺は同じ年代の奴らよりもずっと多く、世間という現実を見てきた。そしていろ いろなことを知った、知りたくもないことまで嫌というほど)
 その知識と経験はバスターが生きていく為に大きな武器になったが、失ったものも 多かった。レアナは自分が無くしたもの、捨てたものをまだ持っているんだろう…。
「バスター?」
 自分に投げかけられる視線に気付いたレアナが首を傾げ、視線の主である青年の顔 を覗きこんできたため、バスターは慌てて顔をそらした。相手の態度にレアナは少し 不思議そうな顔をしたが、一呼吸置いてから口を開いた。
「…さっきのバスターのおとうさんの話なんだけど…ちょっとだけいい?」
 バスターはゆっくりと彼女のほうへ顔を向け、小さく肯定の態度を示した。先刻の 激昂した態度が嘘のような穏やかさだった。レアナは小さな安堵のため息をつき、再 び言葉を続けた。
「あのね…バスターのおとうさんのことも、バスターと何があったのかもなんにも知 らないあたしが、こんなこと言っても説得力ないのはわかってる。…でも、バスター のおとうさんが、バスターのことなんとも思ってないなんてことないと思うの…。 だって…家族なんだよ…?」
 そこでレアナの声は途切れた。次の言葉を探しあぐねていた。だが思いをいちばん わかってほしい相手に伝えるには、それで充分だった。
「…かもな」
 そんな言葉が自然に出たことが、バスターは自分でも信じられなかった。そして本 当に彼女の言うとおりかもしれないと感じたことも。まるでレアナの言葉にはそんな 力が秘められているかのように。全否定したはずの父親を、心のどこかでわずかでも 許す場所ができたとでもいうのだろうか?
「…悪かった」
「?」
「いきなり怒鳴ったりして」
 それだけ言うと、バスターは照れ隠しのように視線を前方に戻した。レアナはぱち くりと大きな瞳を瞬かせたが、それが素直でない彼流の謝り方だとレアナは気付き、 そっとバスターの腕に手を置いた。
「ううん。もういいよ」
 バスターが彼女のほうへ再び目を向けると、そこには彼に向かって微笑んでいるレ アナが見えた。目は真っ赤に泣き腫らしていたが、優しい微笑みだった。バスターも つられるように笑みを浮かべていた。
「ちゃんと冷やしておけよ、その目。そのままじゃ明日、前も見えないくらいひどい ことになってるぞ」
「えええ!?そんなにひどい?」
「そのせいで機体をぶつけられたりしたら、たまったもんじゃないしな」
「もぉう!そんなガイみたいなことしないよー!」
「俺様がどうしたってえ?」
 格納庫にやってきたガイがちょうどレアナの台詞を聞きつけていた。ようやくお説 教が終了したようである。
「やっとご解放か?ガイ」
 ニヤリとした感じでバスターが軽口を叩く。
「うるへーっ!」
「3号機、これから修理するの?」
「ハイ サイワイ ヨビ ブースター ガ アリマスシ」
 ガイに続くように入ってきたクリエイタが答えた。
「まあったく、とんだ災難だぜ。バスターとレアナも手伝ってくれよ」
「高くつくぜ?」
「くっそ〜!お前にゃ仲間を思いやる気持ちってもんが…」
「ドウシタノ デスカ?」
 バスターとガイの見慣れたやりとりを横目に、クリエイタがレアナの目元の腫れに 気付き、心配するように尋ねた。
「え、これ?なんでもないよ」
「ソウデスカ?」
「冷やしとけばだいじょうぶ。ありがと、クリエイタ」
 レアナが屈託のない笑顔で返答したので、クリエイタもそれ以上は尋ねようとはし なかった。ところでクリエイタが単に気付かなかったのか、それともクルーの私事に 首を突っ込むのは野暮と考えたのか…レアナが握っていたバンダナについては 特に尋ねなかった理由がどちらであったのかは、当の最新型ロボノイドのみ 知るところである…。



あとがき


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