[約束]


「ん?なんだ、こりゃ?」
 バスターはTETRA内の通路で、ペンダントらしきものを拾った。鈍く光る銀製のそれは、どうやら中に写真を入れることが出来るロケットのようだった。何気なくその蓋をバスターが開いて見ると、そこには見知らぬ少女の写真が納められていた。
「誰だ?……艦長のにしちゃ年季が入ってねえし、クリエイタのはずねえよなあ……レアナのものってことも考えにくいし。あいつがこんなのを付けているの、見たことねえもんな。と、すると……」
 消去法で探り当てた「持ち主」が頭に浮かんだとき、バスターはそのギャップが一瞬、信じられなかった。あいつが、こういうものを……普段の「持ち主」のイメージと、あまりにもかけ離れていたからだった。だが、おそらく「持ち主」は「彼」に違いない。これをどうやって返そうものか……しばらく思案した後、バスターは何か閃いたような表情で、シルバーガンが納められている格納庫のほうへと向かった。

 それから半時間ほど後、一人の人物が格納庫へとやって来た。人気のない格納庫はシンと静まりかえっており、その中で、ガイは一人、なにやら探すような仕草を繰り返していた。しかし目当てのものは見つからなかったらしく、半ばヤケクソ気味な様子で、自機であるシルバーガン三号機のコクピットに腰を下ろした。
「おっかしいなあ……どこやっちまったんだ!?探すところは探し尽くしたし……ん?あ!」
 自分の腰の下の違和感に手をやると、そこには探していたものがあった。それはロケット型のペンダントで――先ほど、バスターが通路で拾ったものだった。手渡しで生まれるかもしれない気まずさを拾い主のバスターが考慮したのか、一計を案じ、ガイが必ず目にする場所――即ちシルバーガン三号機のコクピットにそっと置いておいたのだった。
「なんでこんなとこにあったんだ?……ま、いいか。ともかく、見つかってよかったぜ」
 呟きながら、ガイはロケットの蓋を開いた。そこには、先ほどバスターが目にした「見知らぬ少女」の笑顔の写真が納められていた。だが、ガイにとっては、見知らぬどころか忘れ難い思い出を共有した少女だった――。

 その少女とガイは幼馴染だった。少女の名は「夏目=百合」といい、ガイと同じ年だった。家が近所で気も合ったこともあり、幼い頃から、時には朝から夕方まで遊んだ友達だった。だがその少女、「ユリ」とは、ガイとユリが12歳のときに別れ別れとなることになってしまった。父親の仕事の都合で、ユリの家族が引っ越すことになったからだった。引っ越す場所は相当に遠く、もう滅多には会えないだろうことは、ガイもユリも子供ながら理解していた。その引越しの前日、ガイは一緒に良く遊んだ公園でユリと出会っていた。
「ごめんね、ガイ。もうこんな風には簡単に会えなくなっちゃうね……」
「なに言ってんだよ!そんなこと、ユリが謝ることじゃねえだろ。仕方ねえよ」
 二人はブランコに隣り合わせに座ったまま、幼い頃の思い出話に花を咲かせた。しかし、夕暮れは容赦なく迫り、別れの時間は刻々と迫っていた。二人はその雰囲気に押しつぶされてしまったように、いつの間にか黙り込んでしまっていたが、不意にガイが口を開いた。
「なあ、ユリ」
「何?」
 名を呼ばれたユリがガイのほうへと顔を向けた瞬間、眩しい光が彼女の眼前を覆った。見れば、ガイがどこにしのばせていたのか(もっとも、この26世紀においてカメラは皆、胸ポケットにでも容易に入るサイズがスタンダードとなっていたが)、いつの間にかカメラのシャッターを切っていた。
「ちょーっと!ガイ!いきなり何するのよ!」
「悪りぃ、悪りぃ!そう怒るなよ。スナップ写真でも撮っとこうかって思ったからさ」
「それならそうと、ちゃんと言ってよね。あたしにだって、写真写りとか気にする権利あるんだから」
 ユリはそっぽを向き、頬を膨らませて反論した。ガイはその様子に思わず笑っていたが、ふとユリがガイのほうへと笑顔を向けた。
「ねえ、ガイ?」
「何だ?もう機嫌、治った……」
 ガイがその言葉を言い終えないうちに、先と同じ閃光がパッと広がった。何が起こったのか分からないガイがユリのほうを見てみると、彼女の手にはガイの持っているものと同じタイプのカメラが収まっていた。
「お前ー!なんだよ、お前も同じことやってるんじゃねえか!」
「怒らないでよ。それに、これでおあいこでしょ?」
 カメラを手ににっこり笑うユリの前に、ガイはぐうの音も出なかった。先手を取ったつもりが逆に取られていたような気分でガイがブランコに座り直すと、ユリは静かに口を開いた。
「……あたしも、ガイの写真、撮っておこうかなって思ったから……ねえ、引っ越すって言っても、もう永久に会えなくなるんじゃないんだしさ。メールとか送るし……ちゃんと返事書いてよね?」
「当ったり前だろ。それぐらい俺様だって面倒くさがらねえよ」
「どうかしら。ガイって筆不精だし」
「なんだとー!」
「ほらほら、またそう怒らないでよ。……また、いつか会おうね。だから……」
「だから?」
「……だから、明日は笑って見送ってね。お願いだから」
 ユリはどことなく寂しそうに笑った。ガイはしばし黙っていたが、うって変わっていつもの明るい口調で口を開いた。
「当ったり前だろ!俺様は泣いたりしねーからな!男の約束だ!」
 その様子にクスクスと笑みを漏らしながら、ユリは笑顔で答えた。
「約束よ。あたしも泣いたりしないからね」
 翌日、ユリの家族は引っ越していった。ガイも、ユリも、泣きそうな思いであることには変わりなかったが、前日の約束の通り、お互い笑顔で別れを告げた。

 そうして、ユリの一家が引っ越し、彼女とガイが離れて約一年後――ユリは亡くなった。正確に言えば「殺された」のだ。反地球連邦組織の中でも過激派で知られる一派による破壊工作活動が発端となった紛争が、ユリの一家が引っ越した先の地域で起こった。その紛争地域からの避難途中に、反連邦組織の手によって、ユリは家族もろとも殺されたのだった。彼女の父親が連邦軍所属の技術士官だったことも、一家の死に関係していたのかもしれない。紛争そのものは早期に解決を見、反連邦組織の首謀者が逮捕され、極刑に処されたことでこの件は幕を下ろした。しかし、紛争が終わった後も、ユリの死はガイの心に大きな穴を開けていた。

 ユリの死の報を耳にしたとき、ガイはただ呆然としたが、自室に戻ったあと、涙が止まらなかった。ユリは何も悪いことはしていなかった。戦闘員でもなかった。まだ13歳になるかならないかの子供だった。ただ、紛争に巻き込まれただけだった。それだけで殺されたのだ。どうしてユリが殺されなきゃいけなかったんだ!?そう思っても虚しいだけだと分かっていても、悲しみと悔しさが後から後からこみ上げて来た。その夜、ガイは眠る事も出来ず、ひたすら泣き続けていた。

 ガイが地球連邦軍に入ることを決心したのは、この事件がきっかけとも言えた。それまでも、尊敬する父親の元で働きたいという願望はなんとなしにはあった。だが、ユリの死が、はっきりと入軍を決意させた。もうユリのような犠牲は出させない――守るべきものを自らの手で守りたい――そんな決意が、ガイには宿っていた。

 ロケットに納められたユリの写真を見ながら、ガイはユリとの思い出を振り返っていた。彼が手にしているロケットに納められているユリの笑顔は、ユリと別れる前日に撮った例の写真だった。その中では、ユリは屈託なく笑っていた。12歳の頃のまま、笑っていた。あの頃はユリのほうがガイよりも若干、背が高いほどだったが、五年の間にガイはすっかりユリの背を追い越してしまっていた。
「……あいつが生きてても、俺はあいつより身長、伸びてるよな……」
 ガイはロケットの蓋を閉めると、勢いをつけてコクピットから抜け出した。そして自機であるシルバーガン三号機を、ガイは清々しい笑顔で見上げた。
「ユリ……俺は結局、自分の親どころか地球の人間を守ることも出来なかったし……お前を守ってやれなかったことは今でも悔しいけどよ……今、ここに居る仲間は、こいつと一緒に絶対に守るからな……見ててくれよな……」
 そう呟き、ガイは静寂が支配する格納庫を後にしようとした。そのとき、どこからか静かな少女の声が響いてきたような感覚をガイは覚えた。
(ガイ……あなたなら守れるわ……けれど……まだ私のところへ来てはダメよ……あなたには……大切な仲間が居るのだから……)
 ガイはとっさに周囲を振りかぶった。だが、やはりこの格納庫には自分以外は誰もいなかった。それに、少女と言っても、あの声は聞き慣れたレアナのものではなかった。それは思い出の中で聞いた覚えのある声――「彼女」のものだった。ガイはふうっと息を吐き、心の中で再度、呟いた。
(ありがとうよ、ユリ……)

 それから数ヶ月後の西暦2521年7月13日。ガイは命を落とした――彼の仲間を守るために――。
 意識が薄れゆき、テンガイやバスター達への遺言を心の中で呟くなか、ガイは再び、あの声を聞いた。
(……ガイ……こちらへ来てしまったのね……でも……あなたは仲間を……たとえ全員ではなくても……守ったわ……あのとき私に言ってくれたように……あなたは……五年前と同じように……約束を守ったのよ……)
(ユ……リ……?)
 灼熱と閃光の中、もはや死を目前としたガイは、眼前におぼろげに浮かぶ少女の姿を見た。どこか見覚えのあるその少女は――ガイと同じ「17歳」となったユリだった。ユリはガイの苦しみを和らげるかのように、ガイのほうへとそっと手を差し伸べた。ガイはもう動かない自身の手を動かす代わりに、自分に向けて手を差し伸べるユリへと、優しいまなざしを送った。それに応えるように、ユリもまた、静かに笑みを浮かべた。

 ――ガイが最期に見た光景は、五年前と変わらない、その笑顔だった。



あとがき


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