[告別]


 自分の行ったことは間違っていたのではないだろうか? 「彼」はこの場所に存在して、幸せなのだろうか……?


「クリエイタ。ここの配線、これでいいんだよな?」
 自分に問い掛ける声に気づき、ロボノイド・クリエイタは我に返った。顔を上げると、眼前の脚立に立ってメンテナンス作業を行っている若者の姿が目に入った。
「エ……エエ。004ト 008ノ ケーブル デス。ソレデ 照明ハ 直ルハズ デスカラ……」
「緑と青のやつだよな……よし! 出来たぜ!」
 若者はパネルを閉めると、満足げな笑みを浮かべて脚立を降りた。額にかかるばさっとした髪を無意識にかきあげながら自分のほうに笑顔を向ける若者の顔を見つめるうち、クリエイタは再びうつむき、深淵に沈みこんでいた。
(ガイ……アナタヲ 再ビ コンナ形デ コノ世界ニ 再生シテシマッタコトハ 許サレルコト ナノデショウカ……?)


 人類が存在しなくなった――正確には、培養カプセル内で眠りながら成長を続ける一組の男女を除いて――地球上には、人に仕えるロボノイドであったクリエイタだけが残されていた。  彼が自ら己に課した使命はひとつ。人類最後の生き残りであったバスターとレアナから受け取ったそれぞれの髪の毛――つまり細胞から、「もう一組」の彼らを再生させること、そして、彼らが成人して目覚めた後に自力で生きていけるように必要な知識を学習させ、かつ、人として確立した人格を育てあげることだった。そのためには、じゅうぶんな歳月をかけてクローンを成長させ、学習を進める必要があった。本来ならば幼児の段階で外界に出し、成人するまで育成・教育を行うことがいちばん自然な方法であったのだろうが、そうするには、人類が全滅し瓦礫の広がるこの過酷な環境は、適しているとは言い難かった。環境が良好になるまで時を待つとしたとしても、クリエイタの頭脳及びボディの寿命がそこまで持つのかどうか、という懸念があった。
 そのため、クリエイタが選んだ選択は、培養ケース内でクローンを自然な成長にまかせて育成し、その年齢段階に応じた体験・学習を意識下で行う方法だった。人格に関しては、クリエイタが知る限りの生前の二人の性格・嗜好を組みこんでいった。「オリジナル」と全く同一の人物を甦らせることは出来ないとは解っていながらも、クリエイタは敢えて、バスターとレアナに限りなく近い人格を植えこんでいった。あの二人ならば、この新しい世界でも一緒に生きていけるだろうと考えていたし、クリエイタ自身、共に思い出を過ごした二人を懐かしみ、二人の想いを汲み取ってやりたい気持ちが、少なからず存在していたからだった。
 この作業に要する時間――成人したクローンが目覚め、外界へ出るまでの時――は、約20年。その頃には、環境も人類がゼロから再出発出来るまでには回復しているはずである。そのときまで、クリエイタは生き続け、クローンを見守る必要があった。それは、人間以上に思考を安定されているようプログラムされたロボノイドにとっても、決して短くはない、孤独な時間だった。

 こうして「最後のふたり」が消え、「最初のふたり」が生まれてから、10年を経た頃。クリエイタは、ある衝動に駆られた。

 かつて地球連邦軍総本部であった建物から、そう離れていない場所。そこは、クリエイタにとって、バスターとレアナ同様に家族同然だった人物が二人、永い眠りについた場所だった。ひとりは巡洋艦「TETRA」艦長ソン=テンガイ。もうひとりは同じくTETRAのクルーであった五十嵐=凱。二人の亡骸はそれぞれの棺となってしまったTETRAとシルバーガン3号機の残骸と共にあった。  クリエイタは当初、なんとか瓦礫の下から二人を探し出し、せめて埋葬出来ないものかと何度も試みた。だが機体の各破片の大きさや重量がそれを阻み、また、艦長とガイの死が共に壮絶なものであったことを物語るように、遺体の一部すら発見することは叶わなかった。結局、機体の残骸がそのまま墓標となってしまったが、年月を経るにつれ、悲劇の痕を癒してくれるかのように、あるいはクリエイタの悲しみを和らげてくれるかのように、緑が墓標を覆っていってくれた。その場所で、クリエイタが見つけられたものは、ただひとつ――ガイが愛用し、彼のトレードマークでもあったゴーグルだけだった。そのゴーグルもレンズが割れ、分解寸前という酷い状態だったが、クリエイタにとってはたったひとつの家族の形見であることに、変わりはなかった。

 ある夜、クリエイタがその「形見」を取り出して見つめていたとき、彼は「あるもの」が付着していることに気付いた。黒く細い毛――当然、持ち主であったガイのものであろう――らしきものだった。発見して以来10年間、気付かなかったのも無理はない。それは睫毛か眉毛のいずれかと思われるほどの短さで、本当にちっぽけなものだったのだ。だが――ガイの「一部」であることには変わりはなかった。

 本来の彼ならば、「そんな行動」は行わなかっただろう。プログラム上に刷りこまれた制御、あるいは人間以上にしっかりとした彼の倫理観が、その行動を阻んだはずだった――従来ならば。だが、10年という決して短くはない歳月が、長きに渡る孤独が、一体のロボノイドを大きな衝動に駆らせたのかもしれなかった。

 その夜から約2ヶ月後、クローン培養ケースから、ひとりの青年が目覚めた。彼のオリジナルの名は「五十嵐=凱」。クリエイタが、あの形見のゴーグルから発見した細胞から生み出した、「急速成長型」クローンだった。

 急速成長型クローン――かつて、クリエイタが26世紀で生まれる以前の一時期に、連邦軍各部署での人手不足を補う担い手として、研究・開発された存在だった。しかし、技術こそ確立したものの、ごくわずかのサンプルを生んだだけで、人道に反するとの厳しい世論や、また、軍内部からの激しい倫理的反発などにあったことなどにより、西暦2520年の時点では、その研究及び開発は凍結されていた。

「なに深刻な顔してんだよ、クリエイタ?」
 うつむいたままのクリエイタに対し、「ガイ」が覗きこむようにして尋ねてきた。クリエイタは慌てて表情を取り繕った。
「イ……イエ。ナンデモ アリマセン」
「そうか? ま、何でもねえなら、別にいいけどよ。じゃあこれ、片付けてくるぜ」
 組みたてた脚立を持ち上げると、「ガイ」は部屋を出て行った。その後ろ姿を見送りながらも、クリエイタは自分の行ったことの是非を再び反芻しはじめていた。
「ガイ……。ワタシハ……ワタシハ……」


 再生させた「ガイ」に対し、クリエイタは自分の知る「五十嵐=凱」の人格を組みこんではいたものの、過去の記憶の全ては与えなかった。即ち、「オリジナル」の彼の家族に関する情報や、TETRAのクルーであったこと、そして仲間を守るために死んだことなど。そんな処置を施したのは、精神的に危険な状態に陥る可能性が高いからだった。このタイプのクローンに対して、膨大な「固有の過去」を急激に記憶させることは。ただ、クリエイタの同僚として、この崩壊しかけた旧連邦軍司令部に待機し施設維持を行うことが自分の役割である、などといった偽の記憶を与えていた。
 だから、現在クリエイタと共にいる「ガイ」は知らないのだ。地球上の人類は全滅したことを。いま、外界で生きて活動している人間は自分だけであることを。幸い、「ガイ」はオリジナル生来の性格のおかげか、今のところ大した疑惑も持たずに、クリエイタと過ごし、孤独を癒してくれていた。だが同時にその明るい姿は、クリエイタの心を痛めさせた。そして、自分の犯した「罪」の意識に、クリエイタはさいなまれた。
 急速成長型クローンには、早く育成出来るというメリットが確かにある。だからこそ、クリエイタはガイをその方法で再生させてしまったのだ――孤独に耐えられなくて、共に過ごしてくれる存在がほしくて――。だが、急速成長型クローンには、過去の固有記憶に対する制限以上に、あるハイリスクが存在していた。このハイリスクの存在も、急速成長型クローン開発凍結の大きな理由のひとつであった。その危険性の発露をクリエイタは何よりも恐れると同時に、そんな運命を「ガイ」に課してしまった自身を責め続けていた……。

「クリエイタ。あの部屋のケースの中にいるやつらのことだけどよ」
 「ガイ」が再生されて2ヶ月目に差し掛かったころ、食事を取りながら「ガイ」はクリエイタに問いかけた。テーブルを挟んで座っていたクリエイタは、一瞬びくりとしたが、努めて平静を装って返答した。
「ナンデ……ショウカ……?」
「あの二人の子供。”バスター”と”レアナ”っていう名前だっけ? あいつらは、ここら一帯が攻撃を受けたときの生き残りなんだよな?」
「……ソウデスガ……」
 その記憶は自分が与えた偽物であることを知りながら、クリエイタは答えた。もし彼が人間だったならば、汗で体中がぐっしょり濡れていたに違いなかった。
「でも死んでもおかしくないような重傷だったんだよな。それで、俺とお前がここに着いたとき、あのケースに入れて治療させることにしたんだっけ。実際、未だに意識も戻らねえしよ」
「エエ……」
 クリエイタは、自分が汗をかかない無機物であることに、表情を劇的に変化させられないロボノイドであることに、感謝していた。「ガイ」が語っている事象は、自分が与えた偽の記憶なのだ……。
「だから、あいつらとは話したことなんてねえはずなんだよな……なのに……」
「……ドウカ……シマシタカ……?」
「どうしてか知らねえけど……あいつらのこと、なんでか懐かしくなるときがあるんだよな」
「……!」
「まあ、似たやつに会ったことでも、あるのかもしれねえな。戦闘に巻き込まれたときのショックで、記憶喪失になってる部分があるんだろ? 俺も」
「……ソウデス。ヒドイ……攻撃デシタカラ……」
「俺はそれぐらいですんだけど、あんな子供じゃ、無理もねえよな……でも、早く治るといいな。そうすりゃ、ここももう少し賑やかになるだろうし。ガキんちょだから、騒がし過ぎるかもしれねえけどさ」
 笑いながら、「ガイ」は食べ終えた保存糧食の包みを丸めた。その様子を見ながら、クリエイタは罪の意識と同時に驚愕に襲われていた。遺伝子が同一であるだけのクローンに、オリジナルの記憶が甦る……そんなことがあるのだろうか?……そんな、まさか……。
「おい? どうしたんだよ?」
「イ、イイエ。ナンデモ アリマセン」
「お前、よくぼーっとしてること、多いよな。どっか回路の調子が悪いんじゃねえのか?」
「ソ……ソウカモ シレマセン」
 心配げな「ガイ」の問いに対し、クリエイタはとっさに肯定した。内面の葛藤と疑問に勘付かれずにすんだことにほっとしたが、実際、クリエイタの各部メンテナンスはこの10年間、万全とは言えなかった。自分自身で修理することも出来るが、それでも、人間の手によるメンテナンスを受けなければ老朽化を免れない部分も多く、「ガイ」の指摘は確かでもあった。
「まだ軽いエラーのうちに、直しといたほうがいいぞ。メンテしてやるから、背部パネルから見せてみろ」
 近くの部屋から工具一式を取ってくると、「ガイ」はクリエイタの傍らに座りこみ、メンテナンスを始めた。そうしているうちに、10年前のTETRA内での風景をクリエイタは思い出していた。こんな風によく、テンガイからメンテナンスやチューンナップを受けたものだった……事故で曲がってしまった腕を、ガイに直してもらったこともあった……あの時はそばにレアナも居たし、バスターも居た。衛星軌道上に取り残されてからの1年間も、皆がそろっていたから、辛い思いを振り切って過ごすことが出来たのだった……。クリエイタはしばし、懐かしい記憶に浸っていた。
「よっし! 完了っと! 済んだぜ、クリエイタ」
「ア……アリガトウ ゴザイマス」
「気にすんなって。礼はいらねえぜ」
 「ガイ」は屈託なく笑いながら工具を片付けた。クリエイタは懐かしい思いでその様子を眺めていたが、ふと目をテーブルに向けると、糧食が1パック、手付かずで残っていることに気付いた。
「ガイ、モウ 食事ハ イイノデスカ? イツモハ 一人前ノ 2パック、食ベテイルジャナイデスカ?」
「ああ。なんか食べる気しなくてよ。別に腹は壊してないんだけどなあ。俺も、ちょっと調子悪いのかもな」
「無理ハ……シナイデ クダサイネ。ガイモ 今日ハ 早メニ 休ンダホウガ イイデスヨ……」
 「ガイ」の言葉を受けたクリエイタの胸中に、ひとつの不安が湧いて出ていた。そしてそれが現実にならないでくれと、祈らずにはいられなかった。

 ――更に1ヶ月後。「ガイ」は日に日に衰弱し、今では食事を取ることも、歩くこともままならないほどだった。クリエイタの懸念は的中してしまっていた。

 急速成長型クローンの背負ったハイリスク。それは、急激なスピードで成長させることで起こる遺伝子異常発生率の高さだった。特に免疫系の低下例が著しく多く、そのためによる衰弱によって、かつてわずかに開発されたサンプル群も皆、短命でこの世を去っていた。そして、「ガイ」も結局、その魔の手から逃れることは出来なかったのだ。

「ガイ……申シ訳 アリマセン。全テ……ワタシノ セイ……デス。ワタシガ 自分ノ ワガママノ タメニ……アナタニ 二度モ 辛イ思イヲ……辛イ最期ヲ……味ワセテシマウコトニ……ナッテシマイマシタ。許シテホシイ……ナドトハ……到底……言エマセン……」
 横たわる「ガイ」のそばで、クリエイタは自身の心中を告白した。たとえ罵倒されることになっても、恨まれることになっても仕方がない。自分はそれだけの罪を犯したのだから。クリエイタはそう思いながら、ただうなだれるばかりだった。だが、苦しそうな「ガイ」の口から出た言葉は、クリエイタが思ってもいないものだった。
「何言ってんだよ……クリエイタ。俺……少しの間だったけど……お前やあいつらに……また会えて……嬉しかったんだぜ? なんでお前を……責めなくちゃ……いけねえんだよ……?」
「……!……ガイ!?」
「変……だよなあ。なんでだか……知らねえけど……俺、前に死んだときのこととか……その前のこととか……思い出してきたんだよ……。お前や……艦長……バスターに……レアナ。それに……親父のこととかさ……」
「ガイ……ガイ……」
 クリエイタは目の前の若者の震える手を、しっかりと握った。なぜ覚えているはずのない記憶が宿ったのかなどという疑問は、もうどうでもよかった。そこに居るのはクローンの「ガイ」ではなく、10年前、思い出を共に過ごした「五十嵐=凱」だった。
「お前……さびしかったんだろ……? だから……俺をここに……呼んでくれたんだろ……? それが……嬉しくないわけが……ねえだろうが……」
 言葉を途切れ途切れに漏らしながらガイは笑い、クリエイタの手を精一杯の力で握り返した。ガイの笑顔を見つめるクリエイタには、言葉が見つからなかった。
「あいつらは……バスターとレアナは……俺より……しっかりしてるけど……まだ今は……子供だよな。だから……一人前になるまで……面倒……よろしくな……」
「ハイ……モチロンデス……モチロン……」
「また……さびしい思いさせちまうし……もうメンテもして……やれねえけどよ。でも……喋ることは出来なくても……バスターとレアナは……お前のそばに居るし……俺も……それに艦長も……ちゃんとお前を……見てるさ……。だから……辛いかもしれねえけど……頑張ってくれよ……な?」
「エエ……」
 ガイの笑顔が一瞬歪み、ゲホッと咳をした。
「……もう……駄目……だな……」
「!……ガイ!ガイ……!」
「でも……今度は……ちゃんと……こうして……別れの挨拶……ゆっくり……出来たな。クリエイタ……ありがとうな……」
「オ礼ヲ 言ワナケレバ イケナイノハ……ワタシノ……ホウ……コソ……」
「絶対……いつかまた……会えるさ。だから……また……な……」
 クリエイタの手を握っていた力が、ふっと消えた。ガイの顔には、穏やかな笑みが浮かんだままだった。
 もはや動かないガイの手を握りしめながら、クリエイタは自分がロボノイドであることが悲しかった。涙を流すことが出来ないことが悲しかった。


 クリエイタはシルバーガン3号機の墓標のもとに、ガイと、そして彼のゴーグルを共に埋葬した。ここならば彼の亡骸はいずれ土に帰り、自身が空を駆った機体を覆う緑のひとつとなるのだろうから……。
 シルバーガンやTETRAがかつて駆け抜けた空を見上げながら、クリエイタは静かに呟いた。
「ガイ……アナタガ 言ッタトオリ……マタ ワタシタチハ 出会エルノデスヨネ……。ソノ日ノタメニ ワタシハ アノ二人ヲ ワタシノ最後の日マデ 必ズ 守リマス……」


 ――自分が行ったことは許されることだったのか、今でも解りません……。でも、貴方は、私にもう一度出会えて、そしてゆっくりと別れることが出来て、嬉しかったと言ってくれました……。貴方がそう言ってくれたこと……私は、決して忘れません……。



あとがき


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