[安泰に過ぎゆくTETRAの日々]


 TETRAの外装点検作業から戻ったガイとテンガイ、それにクリエイタ。二重の気密扉から成るエアロックを抜けて艦内に入ると、ガイが真っ先にヘルメットを外して大きく息をついた。
「はあ〜。安全のためとはいえ、重装宇宙服はやっぱりキツいものがあるな」
 ガイがこぼした通り、ガイとテンガイがいま身に着けている宇宙服は一般的な宇宙服と比べるとかなり重装備なもので、スリムとは言い難いデザインだった。宇宙服専用の更衣室で宇宙服を脱いでパイロットスーツに着替えながら、テンガイがガイに声をかけた。
「安全第一だからな。それに、せっかく一年前に助かった命をこんなところで散らすわけにはいかんだろう?」
「そりゃまあ、そうなんだけどよ。クリエイタ、そのままでも宇宙に出られるお前がうらやましいぜ」
 ガイとテンガイが脱いだ宇宙服を片付けているクリエイタにガイがそう声をかけると、振り返ったクリエイタは笑顔で答えた。
「ハイ ワタシ ハ ロボノイド デスカラ」
「こういうとき、生身の人間はもろい体だなって思うんだよな〜」
 着慣れた紺色のパイロットスーツに着替え終わると、ガイはいち早く更衣室の外に出た。すると、両手でトレーを持って通路を歩いてきたレアナにばったり出くわした。
「あ! ガイ! 外でのお仕事、お疲れさま! ちょうどよかった、コーヒー持ってきたんだよ。ナイスタイミングだったね」
 ガイがレアナが両手で掲げているトレーを見ると、湯気を立てる熱いコーヒーで満たされたマグカップが二つ、その上には載っていた。
「おう、ありがとうな、レアナ」
 ガイがそう礼を述べて熱いマグカップを手に取ると、レアナはニコニコと笑って答えた。
「あたしは今日はみんなのサポートをするのがお仕事だもの。それに、お礼はバスターにも言ってあげて。バスターがガイと艦長が戻ったらコーヒーを持ってってやれって言ってくれたんだよ」
 通路に立ったままでコーヒーをすすりながら、レアナの言葉を聞いたガイは片眉を上げて意外そうな顔をした。
「へえ、あいつがねえ。けど、あいつは表立ってはひねくれてるけど、そういうやつだよな。そのバスターのほうの作業は終わったのか? お前と一緒に中央電算室でTETRAの航海データの処理作業だったんだろう? そっちもお疲れさまだな」
「うん。もうこっちも終わったよ。でもね、シルバーガンの模擬戦訓練のときや、機体データを扱うときもそうだけど、バスターってああいう仕事がすごく速いんだよ。さっきだって、あたしはもっぱらお手伝いだったんだから」
「いいじゃねえか、お前がさっき言ったように、サポートだって立派な仕事だぜ?」
 レアナの言葉に、ガイはコーヒーを飲む手を休めて笑った。
「そっかな。あたし、もっとバスターと同じくらいに仕事ができるようになりたいよ。船外作業みたいな男の人のバスターやガイや艦長にはできるのに、あたしにはできない仕事ってこのTETRAにはたくさんあるんだもの。せめて何かこの仕事は得意って言えるようになりたいよ」
「お前はじゅうぶん、役に立ってくれてたぜ」
 急に背後からかけられた声にレアナが驚いて振り向くと、そこにはいつの間にやってきたのかバスターが立っていた。
「おう、バスターも来たか。ありがたくコーヒー、頂いてるぜ」
 ガイがマグカップを掲げて笑って声をかけると、バスターは同じように笑った。
「船外作業、お疲れさんだったな」
 ガイにそう言葉を返すと、バスターはレアナに近づき、自然な動作でレアナの肩を抱いた。
「いまさっきも同じことを言ったが……このTETRAの中でお前はじゅうぶん、役に立ってくれてるさ。特にシルバーガンの操縦技術に関しちゃ、俺だって舌を巻くときがあるんだしな。それにさっきのデータ処理作業だって、俺から見ても随分な速さと正確さでこなしてたぜ?」
「……そう? でも……それならよかった。あたし、ちゃんとみんなの役に立ててるんだね」
「そうさ。だからさっきみたいにしょげたりするなよ。お前にあんな顔は似合わねえからな」
 予想外のいきなりのバスターの発言に、レアナはの顔はかあっと赤く染まった。
「え……? や、やだ! バスターってば! てれちゃうじゃない!」
「本当のことなんだから当たり前だろう?」
 そう言うとバスターはレアナの髪をくしゃっと撫でた。その仕草もまた、自然な親愛の情がこもっていた。そうやってレアナの髪を撫でたあと、バスターはすぐそばのガイに言葉をもらした。
「しかし、俺だって別に船外作業に回ったってよかったのによ。クリエイタのサポートがあるとはいえ、お前と艦長だけに重労働を任せるのはどうも気がひけるぜ」
 バスターの言葉を受けたガイは、笑いながらも大げさなほど両手を振った。
「ダメだダメだ! お前は程度は軽くてもこの前にケガをしてそれが治ったばかりなんだからな。もしものことがあったらどうするんだよ? もう少しの間はおとなしくしてろよ」
「俺自身は全然、大丈夫だと思うんだがなあ……」
 バスターが頭をかきながらぼやくと、レアナがそんなバスターのジャケットの袖を引っ張って反論した。
「ダメだよ! バスター! ガイが言ったみたいに、うっかりして何かあったらどうするの! おねがいだから……」
「わかったわかったって。だからそんな泣きそうな顔もするなよ……」
 バスターはもう一度、今度は先ほど以上に優しくゆっくりとレアナの髪を撫でた。その間ずっと、レアナは心から嬉しそうにバスターの紫色の瞳をじっと見つめていた。
 そんな仲睦まじい様子の二人を、ガイとテンガイ、それにクリエイタは口を挟むこともなく、暖かなまなざしで見守っていた。二人の仲睦まじさはそれほどまでに微笑ましく周囲の目に映るものだったのだから。
 TETRAの日常は今日も安泰に過ぎていた。



あとがき


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