[甘くとろける秘密の中で二人は]


「ねえねえみんな、あのね、今日はデザートがあるんだよ」
 昼食の席に現れたレアナは、笑みを浮かべて開口一番にそう言った。
「デザート?」
「どうしたんだよ、レアナ?」
 それぞれ自分の席に着いていたバスターとガイが怪訝な顔をして口々に問いかけると、レアナは後ろ手に持っていた小さなポーチを見せた。バスターとガイだけでなく、テンガイやクリエイタもレアナの手元に注目する中、レアナはポーチの中から小さな物体をコロコロと取り出した。
「なんだそりゃ……チョコか?」
 レアナの手のひらの中の幾つかの小さな物体を見たバスターがそう尋ねると、レアナは嬉しそうにテーブルに小さな四角い物体を置いた。
「えへへ、そうだよ。ひとつぶチョコ。さっき、ちょっと部屋に戻ったときにたまたま見つけたの」
「へえ、チョコなんて久しぶりだな……って、三つしかねえぞ?」
 テーブルの上のチョコレートに手を伸ばしたガイがそう言うと、レアナは笑みを浮かべたままガイの疑問に答えた。
「あ、それね、あたしはひとつ、もう食べたから。一年近く前のだから、大丈夫かなって思って。安心して、ちゃんとおいしかったよ」
「なんだ、そういうことか。じゃ、遠慮なく頂くぜ」
「うん。バスターと艦長も食べてね?」
「ああ。サンキューな、レアナ」
「礼を言うぞ、レアナ」
 ガイだけでなくバスターとテンガイも手を伸ばし、おのおの小さなチョコの包装を剥くと口に運ぶと、おのずとそれぞれの顔がほころんだ。
「うん、小さくてもやっぱり旨いもんだな。改めてサンキューな、レアナ」
 バスターが皆を代表するようにもう一度、感謝の言葉を述べると、レアナは満面の笑みを浮かべた。
「ううん、こんなに喜んでもらえてあたしもうれしいよ。よかった、みんなのぶんがあって」
「ミナサン ヨカッタデスネ」
 クルー達の様子を見ていたクリエイタも笑顔の表情を浮かべ、食堂には暖かな空気が広がった。

 昼食が済んで午後を迎え、シルバーガン1号機のコクピットでデータを解析していたバスターだったが、ふとコクピットを外からコンコンと叩く音に気づいた。
「誰だ?……レアナ?」
 バスターがコクピットハッチを開き、立っているレアナのほうへと右手を伸ばすと、レアナも右手を伸ばし、よいしょと声を出してコクピットに乗り込んできた。
「どうしたんだ? 確か艦橋でクリエイタと作業してたんだろう?」
「うん。でもそれももう終わったから。クリエイタは艦長のところに行ったし。ここにいてもいい?」
「そりゃ、別に構わねえけどよ。なんだ? 寂しくなったのか?」
 バスターがニヤッと笑ってからかうように言うと、レアナはほんのりと顔を赤らめた。
「そ、そんなわけじゃないけど……もう、バスターのいじわる……」
「悪かった悪かったって。ほら、ここに座れよ」
 バスターが自分の膝をポンポンと叩くと、レアナは赤い顔のままではあったが、素直にバスターの膝の上に腰を下ろした。
 膝の上のレアナを胸に抱く形で座り直したバスターがデータ解析作業に戻ると、レアナはバスターの胸に寄り添ってバスターと同じモニターのデータ画面を見つめていたが、不意にバスターに声をかけた。
「ね、バスター」
「ん?」
 モニターを見つめてコンソールを操作しながらバスターが返事を返すと、レアナはフライトジャケットの内ポケットから何かを取り出して手元を動かしながら、にっこりと笑って言葉を続けた。
「ちょっと、くち、開けて?」
「ああ?」
 バスターが不思議そうな顔をしながらも口を開けると、レアナの指がその中に茶色く四角い小さな物体を押し込んできた。
 バスターが驚いて口を閉じると、レアナの細く白い指がバスターの唇にそっと触れた。それと同時に、バスターの口の中にはほんの数刻前に味わったのと同じ甘さがほんのりと広がった。
「なんだ、これ……チョコか?」
 口の中で柔らかくなったチョコレートをバスターが噛みしめて飲み込んでそうこぼすと、レアナはバスターの唇に触れた指でそのまま自身の唇をなぞりながら微笑んでうなづいた。
「そうだよ。さっき、昼間に食べたのと同じの」
「え? だってお前が試しに食べたぶんも含めて、全部で四つだったんじゃねえの?」
「あのね、ちがうの……ほんとはぜんぶで五つ見つけたの」
「へ?」
 バスターがレアナの顔を見つめると、先ほどのようにうっすらと赤く染まっていた。
「中途半端な数だったからどうしようかなって思ったんだけど、それならバスターにふたつあげたくて……バスターはこの前の頭のケガも治ったばかりだし……。でも、ガイと艦長の前でバスターにだけひとつ多くあげたら、二人に悪いかなって思って……だから、いまあげたのもひみつね?」
 青い瞳でバスターを見つめながらそう告白したレアナの様子はあどけなく、同時にこのうえなく愛らしくバスターの目には映った。
 バスターはコンソールから手を離すと、片手でレアナの体を抱き寄せ、もう片方の手でレアナの顔を包んだ。
「ああ……もちろんさ。同じようにこれも……秘密な?」
 優しくそうささやくと、バスターはレアナに顔を近づけ、小さく柔らかな唇に彼の唇を重ねた。
「ん……」
 レアナはほんの少しだけ声を漏らしたが、逆らうことはなく、目を閉じてバスターと唇を重ね合った。
 長い時間、二人はそうやって深くくちづけを交わし続けた。ようやくバスターが唇を離すと、レアナは目を閉じたままバスターの広い胸にいっそう寄り添った。
「もう……いきなりなんだから……」
「嫌だったか?」
 ケロッとした表情と口調でバスターがそう尋ねると、レアナは顔を真っ赤にしてぶんぶんと頭を振った。
「そんなはずないじゃない……でも……」
「でも?」
 バスターがレアナの言葉を捕らえて問い直すと、レアナは目を開いてバスターの紫色の瞳を見つめた。
「バスターとのひみつって、いつもとろけちゃいそうに……甘いよね」
「そうだな。俺とお前と二人だけの……とびきり甘い秘密……な」
 そのままバスターはレアナの体を両腕で抱き寄せた。お互いの体温を感じながら、二人は寄り添いあった。心から愛しあう恋人達の甘い秘密の時間は、穏やかに過ぎていった。



あとがき


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