[Trouble Shooter]


「だから! なんでさっさと降りねえんだよ!! いつまでこんなところで待ちぼうけ食わされなきゃならねえんだ!?」
「わかんねえ奴だな! お前だって長官の命令は聞いてただろうが! そんなことも忘れちまったのかよ!!」
 バスターの言葉に、ガイは一瞬、顔を曇らせたものの、すぐに大声で反論した。
「お、親父の……親父の言ったことを忘れたりするわけねえだろ! だけど! 親父は、親父はもう……」
「長官がいない今……俺達の最高責任者は艦長なんだ! この衛星軌道上で待機していることにだって、何か艦長の考えがあるはずだろ!?」
「じゃあ、ずっとこのままこんな宇宙に居ろってのかよ!?……もう半年になるんだぜ!? 一体いつ、俺達は地球に降りられるんだよ!?」

 きっかけは些細なことだった。2520年7月14日に地球上の全ての人類が一瞬にして消滅させられてから半年。軽級宇宙巡洋艦TETRAのみは、地球連邦軍最高司令官・五十嵐=剛の最後の命令に従って、かろうじて衛星軌道上に退避したものの、それ以来、テンガイ艦長以下、バスター、レアナ、ガイ、そしてクリエイタ達を乗せたまま、TETRAは衛星軌道を漂い続けるままになっていた。
 その生活がいつまで続くのかと業をにやしたガイが、同年代であり同性でもあるバスターに食ってかかるように不平を漏らしたこと、それがこの2人の喧嘩の始まりだった。

「相手がとんでもない奴だってことぐらい、お前にだって分かるだろう!? 今だって、ただ衛星軌道を回っているだけじゃない。少しづつだけど出来る限りの地上のデータは採取・分析してるんだ。たとえそれがどんな小さなデータでも、知らないよりは知っているほうがマシだろうが!!」
「俺だって、それぐらい分かってるに決まってんだろ! なんだよ、その言い方は!!」
「あ、あの……2人とも……どうしたの……?」
 バスターが振りかえると、そこにはレアナがおずおずとした表情で立っていた。バスターと対峙するガイにしてみれば、目線を少し動かせば、レアナがバスターの後方から歩いてきたことは、レアナが声をかける前から分かっていたはずだが、口論に夢中のあまり、他のことには一切、気が回らなかったらしい。バスターはガイのほうを視線で差し示しながら、投げ捨てるように言葉を吐いた。
「どうもこうもねえよ。こいつがバカなこと言いだしやがったから、つい頭に血が上っちまっただけだ」
「バカとはなんだよ! 大体な、バスター! そう言うお前こそ、何かいい案でもあるのかよ!? 何の考えもなしに説教するなよな!?」
「説教だと!? 何が説教だ! 艦長は長官の意思を継いだうえで、こうして軌道上にいるんだろ!? その艦長の考えを無視するなんてことは……長官の……お前の父親の意思を無視するってことだろうが!! そんなこともわからねえのか!!」
「なんだと! この野郎……!!」
「やめてぇ!」
 次の瞬間、レアナは尻餅をついたバスターの上半身に倒れこむようにしてしゃがみこんでいた。彼女が眼前にかざした両の掌は赤味を帯びていた。
 バスターもガイも、一瞬、何が起こったのか分からなかった。だが、数秒の後、バスターを殴ろうとしたガイの拳からレアナがバスターを守ろうとしたこと。2人の間に割って入ったレアナがガイの拳を掌で受けとめたこと。そして、その衝撃で彼女もろともバスターが倒れ込んだのだということを、ようやく2人は理解できた。
 ガイは呆然とし、己の拳に黙って目を落としていた。バスターもまた、ただ座り込んだままだった。その静寂を破ったのは、レアナのか細い声だった。泣くのを必死で堪えているような、いや、もうすでに数滴の涙が床に零れ落ちていた。
「だめだよ……ケンカなんかしちゃ……仲間なのに……大事な仲間なのに……」
「レアナ……お前、俺をかばって……」
 バスターもガイもどうすればいいのか解らなかった。バスターはレアナの肩に手を置こうかとも考えたが、身を呈してかばってくれた彼女に対して、自分にそんな権利があるのかと問い詰めると、どうしても手を動かすことは出来なかった。ガイは思ってもいなかった事態だったとはいえ、レアナに対して手を上げてしまったという罪悪感に苛まされ、ただただ目線を足元に落とすばかりだった。
「バスターの言ってることも、ガイの言ってることも、どっちもわかるよ……でも、でも、だからってこんなケンカなんてしたら……なんにもならないじゃない……」
「そう……だよな……」
 レアナの言葉に力なくガイが答えると、レアナは目元を拭いながら立ちあがり、バスターの手も引っ張って彼を起き上がらせた。バスターは一瞬躊躇したものの、ゆるゆると自分の手を差し出した。彼に対して差し出されたレアナの小さな手は、うっすらと熱を帯びていた。
「……じゃ、仲直りしようよ。ね?」
 レアナはもう片方の手でガイの手を持ち上げると、そのままバスターの手にガイの手を重ね合わせた。そして、2人の手を上下から覆うように自分の手を被せた。
「ね? もうこれでおしまい。いいでしょ?」
「あ……ああ」
「お、おうよ」
 レアナの調停の言葉に、バスターとガイはぎこちなくも返事をした。その返信に満足したかのように、レアナはにこっと笑った。
「……よかった……じゃあ、あたし行くね。クリエイタのお手伝いする約束してるの」
 2人の重ねられた手から自分の両手を離すと、レアナはまだ少し涙が残る目元をこすりながら、けれども笑顔で、その場を去ろうとした。そのとき、咄嗟にバスターが声をかけた。
「おい、レアナ……その……ありがとうな」
「や、やだな……そんな……」
 レアナは頬を隠すかのように両手で顔を覆った。その隠れた頬は掌と同じように赤く染まっていた。
「お、おい。俺も……いくら手のひらでも、殴ったりなんかして悪かったよ……許してくれ、すまねえ」
「そんな、謝らなくたっていいよ。全然たいしたことないもん」
「で、でもよ。クリエイタに一応、診てもらえよな。冷やすとかさ」
「ありがと、ガイ。でも……バスターとガイが仲直りしてくれて、本当によかった……すごく嬉しい」
 そう言い残すと、レアナは2人に背を向けて去っていった。その場に取り残された2人はしばし呆然としたように突っ立っていたが、バスターがやれやれといった風情で口を開いた。
「おい、考えてみりゃ……俺達がここで殴り合いの喧嘩おっ始めても、艦長に雷を落とされるのは確実だよな。それか、今日みたいにレアナを泣かせちまうか……後味が悪いったらねえぜ」
 バスターはまるで自分の顔を殴られたかのように、目線を落とした。ガイもまた俯いたままだったが、やがて顔をあげて言葉を発した。
「……なあ、もし、レアナがお前をかばわなかったら、俺、お前を殴ってるとこだったんだよな……悪かったな」
「そんなことは、お前がレアナにさっき謝ったことでじゅうぶんだよ……ったく、あいつ、なんて無茶しやがるんだか……」
「お前、さっき後味が悪いって言ったけど、後味が悪いのは俺も一緒だよ。女に手を上げるなんて……親父が生きてたら思いっきり殴られてるところだぜ」
「そうするだろうな、五十嵐長官なら。艦長もそうかもしれねえし。でも、もしレアナの掌じゃなくてあいつの顔にでもお前のパンチが直撃してたら、俺は確実にお前を殴り返すところだったぜ?……多分、レアナに必死で止められただろうけどな。あいつ、いつも自分よりも他人の心配しやがるんだから……もしも俺とお前の立場が逆転していても、その時はお前を助けていたと思うぜ……そういうやつなんだよ」
 バスターは相変わらず視線を落としたまま、そう呟いた。ガイはその言葉に同意するように頷いたが、数秒後、ニヤリと笑った。
「ま、レアナは博愛精神の塊みたいなもんだしな。お前が言うように俺が殴られる立場でも止めに入っただろうってことはわかるぜ。色男のお前じゃなくてもな」
「な、なな、何を言い出しやがるんだよ! 俺とレアナとはなぁ、別にまだそういう……」
「はいはい。今は”まだ”そういうことにしておいてあげますぜ」
 バスターは耳まで真っ赤になりながらも、髪をかきあげ、ガイの方へと再度、手を差し出した。
「そ、それはおいといて……改めて謝るぜ。すまなかったな、大人げなくて」
「そりゃ、俺も一緒だ。悪りいな」
 ガイもまた手を差し出し、バスターとしっかりと握手した。2人は握手を交わしたまま、にっと笑った。
「でもよ、そもそも俺達……つまんねえことで派手に喧嘩したもんだよな」
「ああ。そういや……そうだよな」
「まあ、喧嘩の原因なんてそんなもんか」
 ガイの言葉にバスターはうんうんと頷き、言葉を漏らした。
「だろうな、それが個人であれ、もっと大きな組織であれ。争いなんて昔っからそんなもんさ……全く……バカだよな、さっきまでの俺達ってよ」
「だよなあ。ホントにバカだったぜ」
 バスターとガイは顔を見合わせると、共に笑い声をあげた。その場に居たらきっとレアナも一緒に微笑んだであろう、心地良い笑みを。



あとがき


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