[昼下がりに愛を重ねて]


 連邦標準時で正午を迎えようとしており、午前の時間も終わろうとしているとき、TETRAの通路を歩いていたバスターは、後ろからやはり歩いてきたガイに声をかけられた。
「よう、バスター。食堂に行くのか?」
「ああ、もうじき昼食の時間だしな」
「だよな。もう腹ペコだぜ」
 そのまま二人はなんとなく並んで歩き始めたが、やはりなんとはなしにガイが言葉をかけてきた。
「なあ、バスター……」
「なんだ?」
 バスターは何気なく答えると、ガイは頭をかきながら、バスターが思いも寄らなかったことを口に出してきた。
「その……レアナのことなんだけどよ。あいつ、昨日、目を腫らしてただろう?」
 まさかレアナのことが、しかも昨日の彼女のことが話題に挙がるとはバスターはまるで思っていなかったので、バスターはうっすらと顔を赤らめた。だが、なるたけ平静をよそおって返事を返した。
「あ、ああ……。そうだったな。あれは……」
「いや! お前にどうこうってわけじゃねえんだ!」
 ガイはバスターの言葉をさえぎると、咳払いをして自分の言葉を続けた。
「そ、そのだな……レアナ本人は『なんでもない』って笑ってたけど、俺様はお前のことを問いただそうかとも思ったんだ。けど、艦長にも相談してみたら、艦長は男女のデリケートな問題に首を突っ込むなって言うし……俺様もお前らのあいだのことに、やたらと首を突っ込みたくなんてねえし……黙って静観することに決めてたんだが……」
 そこまで話すと、いったんガイは言葉を区切った。ガイは顔を赤くして、頭を何度となくわしわしとかくと、言葉の続きを口にし始めた。
「けど、あの通り、レアナは今朝から昨日以上にめちゃくちゃ機嫌がいいし……何があったのかなんて聞かねえけどよ……お前らのあいだで円満に解決出来たみてえで……その、よかったな」
 ガイの言葉に、バスターの脳裏にはレアナと過ごした昨夜の熱い情事の数々が一気によみがえり、バスターの顔はまたたく間に真っ赤に染まった。そんなバスターの様子に、ガイは驚いて慌てて声をかけた。
「お、おい!? どうしたんだよ、バスター!?」
 まさかレアナが上機嫌な理由は昨日、特にゆうべの自分とのやり取りが大いに関係しているなどとも言えず、バスターはただ赤い顔を伏せるばかりだった。
「い、いや、なんでもないんだ。本当になんでもないんだ……」
「なんでもないったって、急にそんなに顔が赤くなって……あ……」
 ガイはバスターとレアナが毎晩、共に過ごしている事実を思い出し、バスターと同様に真っ赤になっていた。
「わ、悪かった、バスター……。俺様はまた、お前らのしごくプライベートな問題に首を突っ込んじまうところだった……」
「ガ、ガイ! その……俺はだな……」
 ガイに言い訳しようとしたものの、バスターはすっかりしどろもどろになっていて、一言も言うことすら出来なかった。バスターとガイが共に顔を赤くして通路に立ち止まっていると、後ろから二人のあいだの話題の中心人物の声が聞こえてきた。
「あ! バスター! ガイ! こんなところで二人ともどうしたの?」
 バスターとガイの姿を見つけたレアナは駆け寄ってきて、二人に明るく声をかけた。バスターとガイに近づくと、レアナは当たり前のようにバスターの腕に自分の腕を絡ませて身を寄せた。レアナのその一連の動作があまりにも自然だったので、バスターとレアナの予想以上に親密な様子を目の当たりにしたものの、ガイは何も言えなかった。レアナの目元の腫れも、いまは綺麗に引いていた。
「い、いや、その……」
 バスターがなんとか言葉を口にしようとしたが、ろくに喋ることも出来ず、しかもバスターとガイの顔を間近で見たレアナは驚いたように問いかけてきた。
「あれ……? 二人とも真っ赤じゃない。どうかしたの?」
 まさかレアナが二人が赤面している理由の核に直接絡んでいる当の本人であるなどとはバスターもガイも言い出すことなど出来ず、二人とも口ごもってしまった。そんなバスターとガイの様子を不思議そうに見つめながら、レアナは首をかしげた。
「二人とも、変なの……。もうすぐお昼ごはんの時間だし、あたし、先に食堂に行ってるね」
 そう言うとレアナはバスターから身を離し、嬉しそうにハミングしながらその場から去っていった。バスターとガイはホッとして、お互いの顔を見やった。
「……ったく、あいつには未だに調子を狂わせられちまうよ」
 バスターが赤い髪の毛をかきながらつぶやくと、ガイはそんなバスターを見て、笑い声を漏らした。
「ハハッ、お前はレアナが相手だと調子が狂うって、前から言ってたもんな」
「ああ……まったく、その通りだぜ……」
「けどよ……それでも、レアナのこと、本気で惚れてるんだろう?」
 ガイの思いもかけない言葉に、バスターはむきになった子供のように反論しようとした。
「ガ、ガイ……!」
「ハハハッ、悪りい、悪りい。お前らが新婚ホヤホヤすぎて、つい、からかいたくなっちまったんだ」
「し、新婚って……!」
 いまやレアナとは事実上の愛し合う夫と妻であるバスターは、まさに図星を突かれて戸惑ってこれ以上ないほど顔を赤くしたが、逆に冷静さを取り戻したガイは笑いながらバスターの肩を叩いた。
「ほら、俺様たちも食堂へ行こうぜ。ちょうど昼飯なんだしよ」
「お、おう……」
 普段の自分を取り戻したガイとは対照的に、バスターはいつもの彼のように反論も出来ず、ガイの言葉に素直なまでに相づちを打った。バスターとガイは並んで、食堂のほうへと通路を歩き出した。

「バスター!」
 昼食を済ませたバスターが食堂から出て通路を歩いていると、不意に後ろから名前を呼ばれた。バスターが振り返ると、レアナが小走りで駆けてくるところだった。バスターのすぐそばまでレアナが追いつくと、バスターはいささか怪訝な顔をして彼女に尋ねた。
「レアナ……どうしたんだ?」
「どうしたんだじゃないよ……。さっきのお昼ごはんのとき、ずっとぼーっとしてたじゃない。お皿をひっくり返しそうになったり、コーヒーをこぼしかけたり……本当にどうしたの? お昼ごはんの前にも、ガイといっしょに真っ赤な顔をしてたし」
「そ、そのだな……レアナ!」
「え? バスター?」
 バスターはレアナの腕をつかむと、二人で身を隠すかのように、エスケープハッチへと繋がる手近の非常用通路へと連れていった。細い通路の中でバスターはレアナの華奢な体を引き寄せると、そのまま抱きしめて、目を閉じて唇を重ねていた。
「バス……ん……」
 突然のバスターの行動にレアナは驚いたが、何も抵抗はせずに自身も目を閉じてバスターの鍛えられたたくましい体にすがりつき、素直に彼のくちづけを受け入れていた。
 随分と時間が過ぎた頃、バスターがようやくレアナの唇を解放すると、レアナは顔を赤らめてはいたが、バスターにすがりついたままだった。
「バスター……あんまり、いきなりすぎて……びっくりしたじゃない……」
「嫌だったか?」
 バスターが少し意地悪そうな笑みを浮かべてそう問いかけると、レアナはますます顔を赤くして、思いきり頭を横に振った。
「いやなわけないじゃない……バスターのいじわる……」
「いまが夜だったら、このままお前を抱き上げて俺の部屋へ直行するところなんだがな……」
 バスターの大胆な発言に、レアナの顔はさらに赤くなった。
「バ、バスター……! もう……いつも、そうやってあたしをからかうんだから……!」
「からかいなんかじゃなく……本気だとしたらお前はいいのか?」
 バスターがレアナの顔のすぐそばでそうささやくと、レアナの顔は赤い絵の具で塗りつぶされたようにいよいよ真っ赤になった。
「そ、そんな……だって……まだ昼間なのに……」
 恥じらいを見せるレアナの頭を撫でながら、バスターは打って変わって優しく微笑んだ。
「冗談だよ……。いくら俺だって、真っ昼間からそんなこと、したりしねえよ」
「もう! バスターってば……!」
 レアナが怒って赤い顔のままでバスターをにらむと、バスターは神妙な顔つきになって謝罪した。
「悪かったって……。お前になんて返答したらいいのか分からないまま、急にお前を抱きしめて、唇まで奪いたくなって……自分でも自分を抑えられなかったんだ……」
「バスター……」
 レアナが彼女よりかなり背の高いバスターの顔を見上げると、バスターは再び微笑んで彼女を見つめ返した。
「けど……お前をこうして抱きしめているだけでも……こんなにも幸福な思いになれるんだな……」
 バスターがそう言って、もう一度、目を閉じてレアナの体を強く抱きしめると、レアナも目を閉じてバスターの体にいっそう身を寄せて抱きつき、幸せそうな微笑みを浮かべた。
「……でしょう? あたしもすごく幸せだよ……」
「レアナ……お前がいとおしくてどうしようもなくなって……強引にキスまでしちまって……すまなかった」
「バスター……。いきなりだったから、びっくりしちゃったけど……強引でも……あたし、うれしかったよ……。だって……ほかの誰でもないバスターとのキスなんだもの……」
「レアナ……」
「バスター……大好き……」
「愛している……レアナ……」
 そのまま二人は自然とゆっくりと顔を近づけて、もう一度、唇を重ねた。狭く薄暗い通路の中で、バスターとレアナは固く抱き合い、先刻以上に深く重ねた唇を通して、ただひたむきに愛し合っていた。地球の衛星軌道上をめぐるTETRAの午後は、何事もなく過ぎていった。



あとがき


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