[涙はもう拭い去って]


 シルバーガン格納庫から戻ってきたバスターがTETRAの通路を歩いていると、不意に後ろから声をかけられた。
「バスター チョット イイデスカ?」
 聞き慣れた声にバスターが振り返ると、そこには手に何かを持ったクリエイタがいた。
「どうした? クリエイタ?」
「レアナ ノ コト デ オタズネ シタイ コト ガ アリマシテ……」
 クリエイタの口からレアナの名前が出たことに、バスターはどきりとしたが、冷静をよそおって聞き返した。
「レアナが……どうしたんだ?」
「サッキ レアナ ト アイマシタラ メ ガ ヒドク ハレテ イマシタノデ……カンチョウ ヤ ガイ モ シンパイ シテ イマシタシ……ナニカ ココロアタリ ハ アリマセンカ?」
 レアナを自分の愚かしい言葉で傷つけてひどく泣かせたというもっとも触れてほしくなかった事実を突きつけられたバスターは、すまなそうな顔をして頭をがしがしとかいた。
「そ、それか……。隠すのも卑怯だから話しちまうが、俺が原因なんだ……」
「ソウ デシタカ……」
「レアナ本人にも聞いたんだろう? 俺のことは言っていなかったのか?」
「エエ。デスガ ワラッテ 『ナンデモナイ』 ト シカ イワナカッタ ノデ……」
「そうなのか……」
 レアナが自分をかばっていることに、バスターの胸はチクリと痛んだ。バスターの表情はますます曇ったが、そんなバスターを気遣うようにクリエイタが言葉をかけた。
「バスター レアナ ハ アナタ ノ コト ヲ オモッテ コソ ソウ イッタノダト オモイマスヨ キニ シナイデ クダサイ」
「すまねえな、クリエイタ……」
 人間以上に相手を思いやれる心を持っているロボノイドの温かな言葉が、バスターの心に沁みこんでいった。
「じゃあ、俺はこれで……」
 バスターがそう言って場を去ろうとしたとき、クリエイタが声をかけて、それを止めた。
「バスター スミマセン」
 バスターがクリエイタのほうを見ると、クリエイタは手に持っていたものをバスターに差し出してきた。
「コレ ナノデスガ……」

 バスターは足を伸ばしてレアナの個室へと向かい、インターホンを押すと、レアナの明るい声が返ってきた。
『はあい。だあれ?』
「俺だ。ちょっといいか?」
『バスター? うん、いいよ』
 レアナの返答を聞いたバスターが扉を開けて部屋に入ると、中から扉を開けてバスターを出迎えようとしていたのか、レアナがすぐそこに立っていた。
「バスター、どうしたの?」
「いや、クリエイタに頼まれごとをされてな……お前にこれを渡しそびれたからって……」
「クリエイタから? なんだろ?」
「ほら……これで目元を冷やしておけよ」
 バスターが右手をレアナのほうへ差し出すと、その手には濡れてよく冷えたタオルが握られていた。
「え、これって……」
「こうやって改めて見てみても分かるけどよ、まだ目元が腫れてるだろう? 冷やしておかないと腫れっぱなしになるぜ?」
 レアナはバスターからタオルを受け取ると、両手で持って困ったように笑った。
「あはは……。クリエイタだけじゃなく、ガイや艦長にもどうしたんだって聞かれちゃったの。だから、こうやって自分の部屋に閉じこもってたんだけど……みんなに迷惑かけちゃったね」
「お前は悪くなんかねえよ……。俺が悪かったんだ。本当にすまなかった」
 そう言って、またすまなそうな顔をしたバスターの体に、レアナがよりいっそう近づいて身を寄せてきた。レアナはバスターの体に目を閉じて身を寄せ、タオルを持っていないほうの手である右の手のひらをバスターの胸に当てて、バスターを真正面から見つめた。
「バスター……もう、そんなにあやまらないで……。あたしはもう平気だよ……」
「レアナ……」
 バスターも自分の体に身を寄せるレアナの体に両腕を回し、彼女を自然と抱きしめていた。
「クリエイタにも気を遣われちまったよ……。ガイや艦長も俺を問いつめたりしてこねえし……本当にこの船に乗ってる奴らは……いい奴ばかりだな」
「うん……みんな、いい人だよね……。バスターだって、そうだよ……?」
「俺もか……? お前を……愛してる女を……泣かせちまうような男だぜ……?」
「そんなの関係ない……。あたしはバスターのことが大好きだもの……」
「レアナ……」
 バスターとレアナは二人の周りの時間が止まったかのように、そのままその場で抱き合い続けていた。密着した体から伝わってくるレアナの心臓の鼓動が、バスターには何よりも心地良かった。



あとがき


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