[二人の絆は強く結ばれて]


 TETRAの格納庫の中に鎮座する四機のシルバーガンのうち、青色の一号機のコクピットの中だけが明るく光っていた。その中では、一号機のパイロットであるバスターだけでなく、彼と会話を交わすレアナの声も聞こえていた。
「……よし、これで終わりだな」
「これで一号機の点検もすんだし、練習機もふくめて全部のシルバーガンの点検が終わったね。バスター」
「そうだな。これだけ長いこと外を飛んでいなくて、人間で言えばうっぷんが溜まってるだろうに、まるでエラーが見つからないんだからな……大したもんだよ。さすが最新鋭機だ」
「ガイもさっき、三号機を点検し終わったあとに同じことを言ってたよ。やっぱり、艦長も開発に関わってるだけあるよね」
「そうだな……」
 バスターは自分の膝に座らせていたレアナの体を抱き寄せると、おもむろに彼女の唇を奪った。唇を不意に奪われたもののレアナも何も抵抗はせず、二人はそのまま、くちづけを交わしていた。
 どれくらいの時間が過ぎた頃か、バスターがようやくレアナの唇を解放すると、レアナは幸福に満ちた笑みを浮かべてバスターの胸に身を寄せた。そんなレアナを抱きしめながら、バスターはふと、ぽつりとつぶやいた。
「なあ、レアナ……。こんなに深い関係になった相手が俺で……よかったか……?」
 バスターの言葉を聞いた瞬間にレアナは彼の胸からサッと身を離し、信じられないことを聞いたようなこわばった顔で、目の前のバスターを見つめた。
「バスター……なに言い出すの……」
 蒼白になったレアナの表情を見たバスターは自分の失言に気づいてハッとなったが、目を伏せて言い訳めいた言葉を続けて口にしてしまっていた。
「いや……。いきなり変なことを聞いたりして悪かった……。お前はひねくれて飄々としている俺よりも、単細胞だけど情にもろい一面があるガイとウマが合うところも多かったみたいだし……もしかしたら別の未来もあり得たのかもって思ってな……」
 バスターがもう一度、レアナのほうへ視線を戻すと、レアナは大粒の涙をぼろぼろとこぼしていた。レアナは泣きながらバスターの胸にすがりつくと、バスターを真正面から見据えて叫ぶように彼に抗議した。
「バスター……! そんなこと……もう言わないで……! バスターは毎晩、あたしをうんとたくさん愛してくれて……あたしのこともバスターのお嫁さんにしてくれたんじゃなかったの!? それにあたしを……絶対に離さないって言ってくれたじゃない……!」
 肩口で切りそろえた髪を振り乱して泣きながら訴えるレアナの様子に、バスターは自分の軽率な発言を心底、後悔していた。
「レアナ……本当に悪かった。そうだよな、俺達はもう結婚したも同然だったんだ。お前はもう俺の愛する妻で、何があっても……ずっと一緒だって誓ったんだ。頼む、そんなに泣かないでくれよ……」
 バスターの言葉を受けてもレアナはしゃくりあげて両手で涙をぬぐいながら、なおも彼に抗議し続けた。
「あたしがバスターを好きな気持ちと、ガイと気が合うことは……全然ちがうのに……! それなのに……どうして、そんなこと言うの……!」
 バスターは泣きやまないレアナの頭を撫でようとしたが、すんでのところで思いとどまって、謝罪の言葉を述べた。
「すまない……。俺は生まれてこのかた、一人の女とこんなに深い仲になったのはお前が初めてで、お前だけだから……そのお前とこうして一緒に過ごせる日々があまりにも幸福すぎて、ふっと不安になっちまって……魔が差しちまったんだ」
 バスターの謝罪の言葉を聞いてもレアナの涙は止まらず、レアナは依然として泣きながら、バスターを非難するように訴えた。
「どんな理由でも……もう二度とあんなこと言わないで……! あんなこと……理由がなんであっても、あたしは聞きたくない……!」
 泣きやまないまま、レアナはバスターの胸にしがみついて顔をうずめた。レアナのしゃくりあげる声を聞きながら、バスターは勇気を振り絞ってレアナの頭に右手を置き、ゆっくりと彼女の頭を撫でた。
「レアナ……。軽はずみなことを言ったりして悪かった……。許してくれ……」
 レアナはバスターの胸に顔をうずめたまま、ただひたすらに泣いていたが、やがて、まだ少ししゃくりあげながらとはいえ顔を上げた。そして、泣き腫らした目でバスターを見つめた。
「あたしはバスターじゃなきゃいや……。バスターはあたしの大好きな特別な人なんだから……! 誰でもないバスターだから……こんなに好きになったんだもの……!」
 レアナの心の底からの告白を聞いたバスターは何も言うことが出来ず、ただ紫色の瞳でレアナの青い瞳を見つめていた。レアナは片手でこぼれる涙をぬぐいながら、もう片方の手で自分の腹部をさわり、少しだけ落ち着いた様子でつぶやいた。
「あたしがもし赤ちゃんを産むとしても……その子のお父さんはバスターだけだよ……。あたしがこのお腹にほしい赤ちゃんは……あたしの大好きなバスターの赤ちゃんだけなんだから……」
 レアナの大胆すぎる告白を聞いたバスターは、彼女が以前に思いつめて想像妊娠にまで陥ったことを思い出していた。さらにいま、レアナの口から発せられた自分の子供がほしいという言葉に、バスターは衝動的に湧きあがったレアナへの激しい愛と共に彼女の体を抱きしめて、愛しいその名前を何度も求めるように呼んでいた。
「レアナ……! レアナ……! 俺の……レアナ……!」
 やっと涙が止まって落ち着きを取り戻したレアナもまた、自分の体を抱きしめるバスターの体にしがみつくように抱きついて懇願した。
「バスター……。あたしのなにもかもはみんな、バスターだけのものなんだから……。このまま、離さないで……」
 レアナの言葉を聞いたバスターは、レアナを抱く腕にさらに力を込め、固く強く彼女を抱きしめた。
「ああ……離すものか……。レアナ……俺だけの愛しいお前を……」
「バスター……。あたしの大好きな……大切な人……」
 シルバーガン一号機のコクピットに座ったまま、二人は固く抱き合っていた。短くはない時間が過ぎた頃、バスターはレアナを抱く腕をゆるめると彼女の瞳を正面から捉え、真剣な口調で彼女に誓った。
「レアナ……。俺はもう、二度とあんなくだらない馬鹿げたことは口にしないし、もちろん、露ほども思ったりもしない……。絶対にだ……」
 レアナもバスターと正面から真剣に見つめ合いながら、彼の右手を両手で握って答えた。
「絶対にだよ……約束だよ……。バスター……」
 自分の右手を握りしめるレアナの一回り小さなほっそりとした手を握り返しながら、バスターはなおも真剣に彼女の問いかけに返答した。
「ああ……絶対に破られたりしない約束だ……。レアナ……俺はお前を愛することをもう決して迷ったりしないし……お前の気持ちを疑うような愚かしい真似も、もう金輪際、しでかしたりしない。俺達は……あんなにも愛し合える喜びと幸福を……毎晩、分かち合ってるんだからな」
「バスター……! バスターがそう言ってくれて……あたし、本当にうれしい……。大好きなバスターがあたしのことを愛してくれていて、そんな大切な人といつもあんなに愛し合えることが……それが、どんなにうれしくて幸せなことなのか……わからないくらいなんだもの……」
「レアナ……愛している……。誰よりもいとおしい俺の妻のお前を……レアナ……」
「バスター……。あたしの……バスター……」
 バスターはレアナの体を再び抱きしめ、レアナもバスターに抱かれるままに彼の体に身を寄せた。そのまま自然な流れで、もう一度、二人は唇を重ねて、先ほど以上に深いくちづけを交わしていた。
 絶対に離さないというバスターの言葉を体現するかのように、二人は静かに、けれども熱くくちづけを交わし続けていた。重なった唇を通して愛し合う二人の絆は、いっそう確かなものとなっていた。
 シルバーガン一号機の閉じられたコクピットの中で、確固たる愛を分かち合うバスターとレアナの姿は、何よりも熱く、何よりも揺るぎないものだった。



あとがき


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