[未来の夢、普遍の魂]


 夕食の時間が終わって食堂も片付いた後、厨房でクリエイタはごつい湯のみに熱いほうじ茶を入れ、その湯のみの持ち主であるテンガイの元へと向かった。テンガイはこの時間、いつも自室で今日一日のTETRAの日誌をつけているはずだった。
「カンチョウ ヨロシイ デショウカ?」
 クリエイタがクルーの自室に備え付けられているインターホンを押してテンガイに声をかけると、インターホンからはテンガイの野太い声が返ってきた。
「おう、構わんぞ」
 テンガイの返答に従ってクリエイタはスライド式の扉を開けると、テンガイの自室の中に入っていった。趣味が酒というだけあって部屋の中の至るところには様々な酒が置かれていたが、今夜はまだアルコールは飲んでいないようだった。
「オチャ デス コチラ ニ オイテ オキ マスネ」
 テンガイが向かっている机の上の、邪魔にならない場所にクリエイタは熱いお茶を置いた。
「ナニカ オテツダイ シマショウカ?」
 クリエイタが声をかけると、テンガイは片手を掲げてクリエイタのほうを向いた。
「いや、大した作業でもないし、ワシ一人で大丈夫だ。すまんな、クリエイタ」
「ソウ デスカ」
 だが、クリエイタは両手で空のトレーを持ったまま、テンガイの部屋から立ち去ろうとはしなかった。いつもと違うクリエイタの様子に気付いたテンガイは日誌を書く手を止め、クリエイタのほうへ向き直った。
「どうした、クリエイタ?」
 クリエイタは頭のアンテナをクルクルと回しながら、極めて控えめにテンガイに質問をぶつけてきた。
「カンチョウ……キカイ ノ ワタシ モ ユメ ヲ ミル ノデ ショウカ?」
 まるで予想もしていなかったクリエイタの問いかけにテンガイは面食らったが、少しずれたゴーグルの位置を直すと、腕組みをしてクリエイタを見つめた。
「なんだ? 藪から棒に」
「イエ……スコシ キ ニ ナリマシタ ノデ……」
 テンガイは腕組みをしたまま、少し考え込むそぶりを見せたが、やがて、クリエイタを真正面から見つめ直した。
「お前は自分のスペックをもちろん把握しているはずだが、人間的な思考とカオスを取り入れたことで感情を持つことに成功した最初のロボノイドだからな。そんじょそこらの旧型ロボノイドとは頭脳のレベルは段違いだとワシが保証する」
 そこまで言うと、テンガイはクリエイタが持ってきた熱いほうじ茶をすすった。
「もちろん、駆動系もワシが限界までチューニングを施しておるから、同型ロボノイドと比べても、その点でも初期状態のままの個体よりも遥かに高性能だぞ」
 そう言ってほうじ茶をさらに飲むと、机の上に湯のみを置き、テンガイはクリエイタの頭にトンと無骨な手のひらを置いた。
「ワシはお前なら人間同様に夢を見てもおかしくなどないと思うぞ。もっとも……機械が夢を見るかどうかということは、その頭脳の性能などとは関係はないかもしれんな。たとえ知能レベルが低い骨董品並のコンピューターであっても、そのコンピューターが夢を見ないなどとは誰も言い切れまい?」
「ソウ デスネ カンチョウ モウ ヒトツ オキキ シテモ イイ デスカ?」
「ああ、構わんぞ。なんだ?」
「ワタシ ニハ……タマシイ ハ アル ノデ ショウカ?」
 クリエイタの更なる哲学的な問いかけに、テンガイはまた少し驚いたような顔を見せたが、すぐにそれは威厳と優しさを同時に兼ね備えた笑顔に変わった。
「魂? そりゃあ、もちろんだ。八百万の物には魂が宿る、それがたとえ小さな針の一本であってもな。ましてやお前は人間と同じように物事を考えることが出来るし、感情も理解出来るんだ。機械と言えど、立派な生命体だ。そんなお前に魂がないはずがなかろう?」
「ソウ デスカ……カンチョウ アリガトウ ゴザイマス」
 クリエイタはそう礼を言うと、テンガイの自室から退出した。部屋を出たあとで、クリエイタは昨晩、バッテリー充電中のスリープモード時に見た「夢」の内容を思い返していた。

 自分――クリエイタの目の前にいるのは、バスターの腕にしがみついて泣きじゃくるレアナ。バスターも涙こそ流してはいなかったが、険しく曇った表情を見せていた。そこにはガイとテンガイの姿はなく、バスターとレアナが悲しみに捕らわれている理由をクリエイタは直感的に感じ取っていた。

 次に目の前の現れたのは、目元を赤く泣き腫らしてはいても、バスターに抱きついていつもの彼女らしく屈託なく笑うレアナと、そんな彼女を抱きしめて愛しげにその髪を撫でながら、やはり同じように笑っているバスターだった。

 その次に現れたシーンでは、クローン培養カプセルの中でバスターとレアナに生き写しの男女が眠っている光景。クローン培養カプセルに入っていることから考えても、その二人はバスターとレアナのクローンであろうと察しがついたが、クリエイタにはなぜかこの二人はオリジナルのバスターとレアナと同一の存在に見え、単なるクローンには思えなかった。クリエイタ自身はボロボロの体で自分自身の命はもうあとわずかだと悟っていたが、その心は穏やかだった。

 さらにその次に見たものは、バスターとレアナのクローンが――正確にはクローンという形でこの世に再び生を受けた二人の生まれ変わりが――クローン培養カプセルから出てきてすぐにお互いを認めて嬉しそうに言葉を交わし合って、裸のまま固く抱き合っている姿だった。二人が共に悲運の最期を遂げてからの20年の歳月の空白を満たさんとするかのように。

 最後には、バスターとレアナがひとしきり抱き合った後、二人がクリエイタの亡骸を丁重にいとおしそうに扱う様を、当の本人であるクリエイタは二人の頭上から見ていた。まるでそれは遺骸から解放されたクリエイタの魂が空中に浮かんでいるかのようだった。

 テンガイに自分は「夢」を見るのかと尋ねたあの日から20年後。あのときに見たすべての「夢」の意味を知った今、クリエイタの魂は浄化され、まさに召天する途中だった。
 自分のこの世での最後の仕事が、新しく歴史を一からやり直す全人類の父と母としてバスターとレアナを蘇らせる使命だったこと、それはクリエイタにとってはあまりにも嬉しく、幸福に満ちた行いだった。
 それと同じくらい、自分にも魂が存在していたのだと分かったことも嬉しかった。生まれ変わったバスターとレアナに一言さえも声をかけられなかったのは少しだけ寂しかったが、最期の時を迎えた後もなお、今こんな風に二人を見守ることが出来たことは――クリエイタには間違いなくこの上ない喜びであった。
 そして自分にも魂はあると断言してくれた亡きテンガイへの感謝の思いも、その胸にあふれていた。

「バスター……レアナ……ドウカ フタリ デ コノ セカイ デ サイショ ノ カゾク ト ナッテ シアワセ ニ イキテ クダサイ ソシテ マタ ミライ デ……コンド コソ ハ ヘイワ ナ ミライ デ……オアイ シマショウ モチロン ガイ ヤ カンチョウ トモ……」

 最後にそう呟くと、クリエイタの魂は静かに、ゆっくりと遥か彼方へと昇り、この世界から消えていった。TETRAのクルー達と死に別れてからは寂しい思いも随分と味わったし、クリエイタの約20年の一生は決して長くないものではあったが、悔いなく生きることが出来た満足感と幸福感と共に。



あとがき


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