[彼方の空]


 TETRAの格納庫に鎮座する四機のシルバーガン。予備の機体である一機を除いては、残りの三機はそれぞれバスター、レアナ、ガイが操縦を担当する機体である。
 シルバーガンはどれも搭乗ハッチが閉まった状態で、置かれている格納庫は冷え冷えとしていた。だが、青い一号機だけはエンジンが作動していることを示す動力ランプが灯っており、耳をすませば中からは若い男女が話す声が聞こえてきた。
「うわあ……こんなきれいな空だったんだ」
「もうずっと宇宙空間しか見てないものな。俺もただの青空がこんなに新鮮だとは思わなかったぜ」
 一号機のコクピットにはこの機体の主であるバスターが座り、その膝の上にはレアナがバスターの腕の中に収まるようにちょこんと座っていた。二人ともパジャマ姿だったが、どちらともなく身を寄せ合ってお互いの体温を感じて寒さを和らげているようにも見えた。
「シルバーガンにはこんな便利な機能があったんだね。あたし忘れちゃってた」
「シルバーガンに限らず、今どきの戦闘機にはみんなこの機能があるけどな。けど、だいぶ長いこと、この機能には触ってなかったし、忘れてても無理ねえさ。何にせよ、今の俺達にはありがたい機能だぜ」
 バスターが手元のコンソールをいじると、二人の目の前の全面ディスプレイに映し出されていた青空の景色がブゥンと音を立てて消え去った。バスターがさらにコンソールを操作すると、今度は赤く染まった夕焼けの景色がディスプレイいっぱいに広がった。
「わあ……! そういえばこんな一面が真っ赤な夕方にテスト飛行したこともあったね」
「最新鋭戦闘機なるもの、どんな状況にも順応していなければいけないってな。艦長が言ってたよな」
 バスターが笑ってそう言葉を返すと、彼の腕の中のレアナは顔を上げ、嬉しそうな笑顔でバスターを見つめた。
「バスター……ありがとう」
「そんなかしこまって礼を言われるような大したことじゃねえぜ?」
「ううん……こんな夜中に起き出して地球の空が見たいって、ちっちゃい子供みたいにこぼしたのはあたしだもん……。それなのにバスターはわざわざこんなに素敵な空を見せてくれて……本当にありがとう」
「まあ、タイミングが良かったのか知らねえけど、俺もきっちり寝付けなかったしな。シルバーガンに搭載されてるこの機能――過去に飛行した空間の映像をレコーダーに記録して自由に再生出来るってことを思い出して良かったぜ」
 そうやりとりを交わして笑顔で見つめ合うと、それが自然な流れであるかのようにバスターとレアナは顔を近づけた。だが、唇が重なり合おうとしたその時、コンソールを操作するバスターの指先が動いてディスプレイに映し出された光景に、バスターもレアナもハッと息を飲んだ。
「これって……! あの日の……!」
 ディスプレイには幾つものサーチライトで照らし出された地球連邦軍中央司令部が映っていた。周囲では多くの戦闘機が謎の飛行物体と交戦しており、レアナが思わず声を漏らした通り、紛れもなく西暦2520年7月14日のあの夜の光景だった。
「いや……!」
 レアナは両手で顔を覆い、バスターの胸に寄りかかって顔をそむけた。やはり顔をしかめたバスターが慌ててコンソールを操作すると、忌まわしい光景は消え去り、青空がディスプレイに再び広がった。
「……悪りい。手元が狂っちまった……けど、よりによってあんなものが映っちまうなんてな……」
 自分に寄りかかるレアナの体を片手で抱きしめながら、バスターは心底、申し訳なさそうに呟いた。しばらくの間、沈黙がコクピット内の空間を支配したが、やがてレアナが顔を上げ、ふるふると頭を振った。
「ううん……あの景色は確かに見たくないものだったけど……バスターは悪くないよ」
「レアナ……」
「もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「……あの日のことを忘れちゃいけないって、シルバーガンが警告してくれたのかもしれないね」
 ディスプレイに映る青空と同じ色の青い瞳でバスターを真剣に見つめてそうこぼしたレアナの表情は悲しげだったが、落ち着きを取り戻していた。そんなレアナの柔らかな淡い色の髪の毛を撫でながら、バスターもまた、真面目な口調で言葉を返した。
「そうだな……忘れたら駄目だよな……」
 目の前に広がる青空を見つめると、バスターは自分の膝の上のレアナをさらに抱き寄せた。そうやってバスターに抱きしめられるレアナもまた、素直にバスターの体にその身をいっそう寄せていた。
「また、こんな空が見られればいいな……いや、地球に降下したら……あの訳の分かんねえ奴らをまとめて絶対に片付けて……ゆっくりと空を眺めようぜ」
「……うん!」
 いつもの自信たっぷりのバスターの言葉に、レアナは笑ってうなづいた。そのままレアナは手を伸ばし、バスターの手に自身の一回り小さな手を置いた。
「でも……ねえ、バスターはあたしを一人で置いていったりしないって、前に言ってくれたよね」
「ああ……当たり前だろ、そんなの」
「あのね……あれからずっと考えてたけど……あたしもだよ」
「何がだ?」
 バスターが少々けげんな顔をしてレアナの顔を覗き込むと、そこにはこの一年の間に見慣れたものの、少しも見飽きることのない魅力的な愛らしい笑みが浮かんでいた。
「あたしが一人じゃないって言ってくれたのと同じ。バスターがあたしのそばにいてくれるように、あたしもバスターのそばを離れないから。バスターがあたしを守ってくれるって言ってくれたように、あたしもバスターを守るから……だからバスターも一人じゃないよ。ずっとずっと……いっしょだよ。いっしょに……こんな青い空を地球で見ようね」
 言い方こそ子供っぽかったが、バスターへの純粋無垢な愛に満ちた言葉に、思わずバスターは赤面したものの、レアナの華奢な体を抱きしめる腕に力を込め、レアナと改めて見つめ合った。
「そうだな……ずっと一緒だな」
「うん……!」
「今だって、こんな風にひとつにもなれるしな」
 バスターはそう言ってニヤッと笑うと、今度こそは逃すまいとするかのようにレアナの唇に自身の唇を素早く重ねていた。
「ん……」
 不意に唇を奪われたレアナはかすかに声を漏らしたが、バスターから離れようなどとはしなかった。決して広くはないシルバーガン一号機のコクピットの中は、強く抱き合って深いくちづけを交わすバスターとレアナ、二人の熱い想いで満ちていた。
 寒々とした暗めの格納庫で、一号機の中の小さな空間は外とはまるで対照的であり、その空間で仲睦まじく抱き合い、何度となく唇を濃密に重ねてお互いへの愛を求め確かめ合うバスターとレアナの姿は大胆だったが、同時に確かな幸福に包まれていた。
 ディスプレイに映し出されたままの真っ青な空は、そんな二人の幸せな姿をまぶしいばかりの光で照らし出していた――。



あとがき


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