[溶けあう二つの想い]


 わずかに生温かくも冷たい感触を覚えた自分の腕にバスターが目を覚まし、枕元の明かりを音もなく点すと、彼の腕を枕にしてすぐ横で眠っているレアナの目から涙がこぼれているのが、薄暗い部屋の中で確認出来た。
 レアナは眠っていたが涙をこぼすその表情は悲しげで、バスターは放っておけず彼女の裸の肩に手を置いて体を揺すった。
「おい、レアナ……レアナ?」
「ん……」
 体を揺すられたレアナは微かに声をあげ、ゆっくりと瞳を開いた。心配げな表情で自分を見つめるバスターをその青い瞳に捉えると、レアナはぽろぽろと涙を更にこぼしたが、両の手の甲で懸命に目をこすって涙を拭うと、目の前のバスターのほうへ手を伸ばした。
「バスター……」
「どうしたんだ? また怖い夢か?」
 伸ばされたレアナの手を安心させるかのようにしっかりと握りしめると、バスターはもう片方の手でレアナの瞳に残る涙を拭ってやった。そしてレアナの肩に再度、手をやると、一緒に体を起こしてベッドの上で二人は向き合って座り込んだ。
「……うん」
 レアナはしきりに赤くなった目尻をこすりながら、バスターの問いかけに短く答えた。バスターもレアナも何も身につけずに眠りに就いたため、バスターのがっしりと鍛えられた肉体も、レアナの華奢な白い裸体も、隠すものは何もなかった。
 それゆえにレアナの形の良い豊満な乳房も露わになっていたが、レアナは己のそんな無防備すぎる姿を隠すことも忘れているようだった。
「お前が独りになる夢か? このTETRAの中や、それとも地球降下後に――」
「ううん……どっちとも違うし、ただ怖いっていうのともちょっと違ってた……」
 レアナは目をこすりながらそう答え、バスターはそれ以上問いつめることもなく、辛抱強くレアナの次の言葉を待った。
「夢の中ではあたしはまだ小さい子供で、周りには誰もいなくて……」
 レアナの涙はようやく止まったが、目元は赤く腫れていた。
「おまけに周りがぼんやりしていてまるで霧の中にいるみたいで……その中から誰かが近づいてきたの……バスターだった。夢の中のあたしと同じくらいの……小さいおにいちゃんのバスター……」
 そこまで話すと、レアナは顔を上げ、バスターと目を合わせた。
「夢の中のバスターは笑っていて……でも霧の中に溶けるみたいにだんだん見えなくなって……あたし、必死になって追いかけようとしたら転んじゃって……バスターはどんどん見えなくなるし、なかなか起き上がれないし……それで心細くなって泣いちゃったの」
 レアナはそこまで話すと、彼女と同じように裸のままのバスターのたくましい胸にもたれかかって自分の体を委ねた。
「……だから、目が覚めたら今度は大人のバスターがすぐそばにいてくれたから……すごく安心して……すごくうれしかった……バスターはちゃんとここにいてくれるんだって……」
 自分にしがみつくレアナの背中に腕を回しながら、バスターはどこか安心したような口調で口を開いた。
「なんだ……随分とまた……懐かしい夢を見たもんだな」
「……え?」
「だって、まるで俺とお前が子供の頃に一度だけ出会ったときみたいな夢じゃねえか。覚えてないか? パーティー会場の外れでお前が転んでケガしていて、そこに俺が出くわして――」
「うん……そうなんだよね。夢の中では悲しかったけど、でも、こうして目覚めてみると、すごく懐かしい夢だったなあってあたしも思う……」
「だろう? だから、お前がいま言ったように懐かしい夢だなって俺も思うぜ。まあ、現実とはちょっとばかり違うシチュエーションだったみたいだけどな」
「そうだね……転んでケガしたあたしを手当てしてくれたんだよね。バスターは……あの頃からやさしかったね」
「よせやい。照れるじゃねえか」
 バスターは照れ隠しのように赤い髪をわしわしと掻き上げると、改めてレアナの体を抱き寄せた。
「まあ……お前が独りぼっちになる夢を何度も見ちまうってのは……俺達がいま置かれた状況だけでなく、お前の生い立ちを考えれば無理もないのかもしれねえけどな」
「生い立ち……あたしの……」
 バスターはそのまま何も言わなかったが、レアナはそれがバスターの優しさだと彼に抱かれたまま気づいていた。二人はそのまま、長い間、黙ったままぴったりと裸の体を寄せ合っていた。
「落ち着いたか?」
 レアナを抱きしめたまま、バスターがそう呟くと、レアナは彼の腕の中でこくりとうなづいた。
「うん。ありがとう、バスター」
「そうか、それなら良かった」
 バスターはそう言うと、レアナの頬に片手で触り、目を閉じて顔を近づけてレアナの唇に自身の唇を重ねた。
「バスター……あ……ん……」
 レアナは声を漏らしたものの、バスターに抱きしめられるまま何も抵抗することもなく彼の唇を受け入れていた。それはお互いの存在が重ねられた唇を通してひとつになったかのように感じられるほど、深く熱いくちづけだった。
 永劫にも思えるほどの永い時間が過ぎてバスターが唇を離すと、レアナの顔はすっかり上気し、今にもとろけそうな濃艶な表情をしていた。そんなレアナの様子をバスターは愛しげに見つめ、優しく笑って声をかけた。
「なあ……もう何度も言ってきたことだが、俺はお前を独りで置いていったりしない。それでもお前が怖い夢を見ちまうのは仕方がないことかもしれねえが……俺はこうやってお前と一緒にいる。だから……安心しろよ。俺まで悲しくなっちまうだろう?」
「バスター……」
 バスターを見つめるレアナは深いくちづけの残照でぼうっとした表情を見せていたが、次第に瞳の焦点が定まって戻ってくると、はっきりとした明るい笑みがその顔には浮かんでいた。
「そう、そんな風に笑ってくれよ」
 バスターもまた笑顔のまま、レアナの髪をそっと撫でると、もう一度、熱を帯びた自身の唇で彼女の唇に軽く触れた。
「お前の笑顔に敵うものなんて、俺は知らないんだぜ?」
 バスターの言葉にレアナはいっそう顔を赤らめたが、戸惑いを振り切るかのようにバスターの体に勢いよく抱きついた。
「バスター……!」
 自分に抱きつくレアナをバスターもまた強く抱きしめ、二人は抱き合ったままベッドに倒れ込んだ。
「レアナ……愛してる。何度この言葉を繰り返しても足りないくらい……レアナ……!」
「バスター……あたしも……バスター……!」
 愛の言葉と共にこの世の何よりもいとおしいお互いの名前を呼び合いながら、固く強く、生まれたままの姿でバスターとレアナは抱き合い、静かに、だが先刻にも負けないほど深く唇を重ねていた。純粋に愛し合ってお互いを求め合う二人はまさに身も心もひとつに溶け合っていた。
 レアナが見た悲しい夢の痕跡は、もはやうっすらと赤い彼女の目元に残るだけだった。今のレアナは悲しみなど忘れ、ただひたすらに幸福の中にその身を沈めていた。彼女を一途に愛してくれる愛しい存在――バスターとひとつになって溶け合うほどに愛し合える幸福の中に。



あとがき


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