[その腕の中の体温]


 バスターがふとまぶたを開けると、うす暗い天井が目に入ってきた。部屋はあまり暗くはなく、うっすらと明るかった。それで、ベッドサイドの小さな明かりがつけっぱなしなのだということにバスターは気づいた。
(うっかり消し忘れちまったんだな……節電、節電と……)
 バスターがそう思いながら右腕を伸ばそうとしたとき、体の左側にかかる重さに気がついた。自分の左半身にバスターが目をやると、レアナがぴったりとくっついて眠っていた。
(やれやれ……すっかりこいつの習慣になっちまったな)
 バスターが何も身につけていないのと同様に、レアナも何も衣類は着ていなかった。裸のレアナの体温が、同じく裸のバスターの体に直に伝わってきた。ベッドサイドの小さな明かりが点ったままなのも、二人が愛し合ってそのまま眠ってしまったからだということにようやくバスターは気づいた。
 バスターは前にレアナが自分にぴったりとくっついて眠ることについて、少々、彼女をからかったことがあった。

『そんなにくっついて寝なくてもいいだろう?』
『でも……』
『でも?』
『バスターの心臓の音や……体温が伝わってくると……安心できるんだもの』

 レアナはそう言うと、バスターの胸に顔をうずめた。その仕草があまりにも愛しく、バスターは無意識のうちに彼女の唇を奪っていた。そんな甘酸っぱいやりとりを、バスターは思い出してククッと笑った。
(なんでこいつは……こう……いちいち俺の心をくすぐってくるんだろうな)
 そんなことを思いながら、バスターはレアナの体を抱き寄せた。素裸のレアナの体温が、バスターの手のひら越しに心地よかった。レアナの心音も、彼女がぴったりとくっついているバスターの胸を通して聞こえてきた。それは規則的で、どこか懐かしく、バスターに安らぎを与えてくれる音だった。
(やれやれ……)
 バスターはレアナを抱きしめる左腕に力を込めながら、天井をもう一度見上げた。
(これじゃあ、俺だってレアナのことを子供っぽいだとか言えねえな……けど、それもいいか)
 左腕でレアナの細い体を抱きしめながら、バスターは右手でレアナの髪を撫でた。バスターは自分でも気づいてはいなかったが、そうやって彼女のさらさらとしたまっすぐな髪に愛撫するように触れることで、彼自身も安心と満足感を得ていた。
(こいつが……レアナがいなかったら……今の俺は確実になかっただろうな)
 バスターはそう心の中で呟くと、彼にくっついて穏やかな寝息を立てるレアナの顔をのぞき込んだ。レアナは安心しきった様子ですやすやと眠っていた。その表情はバスターにとっては穢れのない天使そのものだった。
「俺は……何もかもどうでもいいような生き方をしてきたけど……レアナ……お前に出会って……お前をこうして愛するために……生きてきたんだろうな、きっと……」
 レアナの顔を見つめながら、小さな声でそう告白すると、バスターはレアナの髪を撫でていた右手を離し、その右腕も彼女の体に回して、両の腕でレアナを抱きしめた。ベッドサイドの明かりを消そうかとも思ったが、少しでもレアナの寝顔を見つめていたくて、そのままにしておくことにバスターは決めた。我ながら子供っぽいことかともバスターは思ったが、レアナのあどけない寝顔の前にはかなわなかった。
 先ほど以上にレアナの体温が、そして心音が大きく伝わってくる中で、その体温と心音の持ち主の――レアナの寝顔を見つめながら、バスターは再び眠りに就いていった。この世界でいちばん愛しいその命が、自分自身の両腕の中で生きている証を全身で感じながら。



あとがき


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