[心と体、震わせる感情]


 バスターが喉の渇きを感じて目を覚ますと、部屋の中はうすぼんやりとした闇に包まれていた。普段はベッドサイドの明かりの照度を落としてそのまま眠ることも多いが、この晩は明かりをすっかり消していた。ただ、窓のブラインドは閉めていなかったため、星々の明かりが微かに入り込み、部屋はぬばたまの暗闇には完全には覆われていなかった。
 隣に眠るレアナを起こさないよう、そっとバスターは身を起こすと、ベッドサイドのテーブルに置いていた飲料水が入ったボトルを手に取り、ゴクゴクと飲んだ。
 喉の渇きが癒えると、バスターは自分の横で眠っているレアナに目をやった。レアナが身を横たえているシーツはぐしゃぐしゃになっており、それは先刻に二人が激しく愛し合った痕跡だった。レアナの白い肌のところどころにも、バスターが唇で刻み付けた赤い愛の証が咲いていた。
 レアナはいつもバスターに体を寄り添わせて眠るため、レアナの静かな寝息もバスターには聞こえていた。そんなレアナが愛しく、バスターがレアナの乱れた髪を直すように撫でると、その感触に反応したのか、レアナは微かに声を漏らし、ゆっくりと目を開けた。
「悪い、起こしちまったな」
 バスターがレアナの髪に触れたまま謝ると、レアナは二、三度ぱちぱちと瞬きをしたが、笑みを浮かべてバスターを見つめた。
「ううん……バスターのせいじゃないよ。たまたま起きただけ……」
「本当か?」
「うん。ねえ……そっちに座っていい?」
「ここにか? 別にいいぜ」
 バスターも笑って自分の鍛えられて引き締まった太腿を叩きながら言葉を返すと、レアナは上半身を起こし、バスターの両足の間に足を伸ばして座り込んだ。ブランケットを引っ張り上げて裸の胸を隠し、バスターのたくましい胸に寄りかかると、レアナは再び目を閉じた。
「あったかい……こうしていてもいい?」
 レアナの表情は幸福そのもので、バスターにはそんなレアナが先程以上にいとおしかった。レアナの剥き出しの肩に片手を置き、もう片方の手で彼女の体を抱きしめると、バスターは優しく答えた。
「もちろんいいぜ。俺も……あったかいしな」
 二人はしばらくの間、その体勢のまま寄り添い合っていた。静かに愛し合う喜びを、体に直に感じる相手の体温から感じ合っていた。
 ふと、レアナは自分の肩に置かれたバスターの手に自身の片手を重ねた。バスターの手よりも一回り小さなその手は細く、薄闇の中ではほんのりと白く輝くように見えた。
「どうした?」
 バスターが優しい口調で尋ねると、レアナは嬉しそうに言葉を返した。
「バスターの胸も……手も……あたしよりずっと大きくって……それにあったかい……あたし……こんなに幸せでいいのかなって……」
 レアナの言葉に、バスターは自身の心が震えるのを確かに感じた。感激だとか、感動だとか、そんな言葉に似た感情がバスターの心と体を貫いていた。レアナの体を抱く腕に更に力を込めると、バスターはレアナの首筋にそっと口づけを落とした。
「あ……バスター……くすぐったいよ……」
 そうは言いながらも、レアナの表情も口調も喜びに満ちたままだった。レアナはほんのわずかに体を動かしたが、バスターの唇から身を離そうとはしなかった。
「こっちなら……くすぐったくないだろう?」
 バスターは唇を離してそう言うと、レアナの体に両手を添えて彼女の体を自分のほうへ向かせ、すぐさま今度は、唇を奪った。
「ん……」
 ほんの少しだけ声を漏らしたものの、レアナはバスターと同じように瞳を閉じ、その口づけも拒まなかった。むしろ自分から両腕をバスターの背中に伸ばし、体もぴったりと密着させるほどだった。レアナの胸を隠していたブランケットはとうの昔にシーツの上に落ちており、レアナの華奢な裸身は露わになったままだった。深く長い口づけで、二人は体だけでなく、心の底まで結ばれていた。
 長く遠い時間が過ぎた後、バスターがようやくレアナの唇と体を解放すると、レアナの顔は首すじからすっかり上気して、ほんのりと朱に染まっていた。レアナは閉じていた瞳を開けると、そっとバスターの顔を見た後、またバスターの体にしがみついた。
「バスター……」
「……なんだ?」
 自分にしがみつくレアナの体を同じように抱きしめながら、バスターは穏やかに尋ねた。レアナはバスターにしがみついたまま、呟くように返答した。
「……こんな……こんな幸せな時間が……一秒でもいいから、感じられること、あたし、うれしいの……バスターは……? いや……?」
 片腕でレアナを抱きしめ、もう片方の手の指先でレアナの髪を梳きながら、バスターはレアナの耳元でささやいた。
「馬鹿だな……嫌なわけないだろう……? 俺だってこんな時間を過ごせること、夢みたいなんだからな……」
「うれしい……ありがとう……バスター」
「礼なんて言うことねえさ。礼を言うのは……俺のほうだよ……こんなにも幸福な想いに包まれるなんて、俺の生まれてきた意味は今この瞬間のためにあったんだなって……そう思ってるんだからな」
「バスター……あたしも……きっと同じだよ」
 そのまま二人は共に両腕に力を込め、お互いを更に強く抱きしめ合った。沈黙が部屋を支配したが、それは決して重苦しいものではなく、甘く切なく、そして強くも優しいものだった。
 お互いを想う激しい想いに包まれながら、バスターとレアナは愛というこの上なく震える感情を、心と体、両方で感じ合っていた――。



あとがき


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