[共に在り続けるもの]


 ベッドサイドの明かりを点けただけのうす暗い部屋の中で、バスターは自分の腕の中で眠るレアナの寝顔を見つめていた。こんなにも純真で可憐な少女が何もまとわずに自分と共にあることが、バスターには奇跡のように思えてならなかった。

 バスターはこのTETRAに乗っている三人のシルバーガンのテストパイロットの中で、唯一、実戦経験があった。文字通り死線をくぐり抜ける体験をしてきたわけだが、そのころのバスターには何もかもがどうでもいいいことで、自分の命すら惜しいとは思っていなかった。もし戦闘で負けて死んだとしても、単に運が悪かっただけだろうとしか思っていなかった。

 だが、このTETRAにテストパイロットとして配属され、レアナと出会ったときから、バスターの考えは変わっていった。最初はあまりに低い彼女の精神年齢から、馬鹿にするようにからかうことも多かったが、レアナの精神年齢の低さが軍の施設で実験的に育てられたからだと知り、彼女が国の政治的陰謀によって両親を奪われたにも関わらず、今もその両親の生存を信じている純粋さに触れた頃から、バスターの中にはいつしか、レアナを想う感情が生まれていた。そしてその感情は「愛」という明確な名前を持つものとなっていた。

 いつの間にかレアナを愛していたことが、バスター自身は信じられなかった。人生の裏街道を歩み、人間の汚い一面を嫌というほど見てきたバスターはすっかり人間不信になっていたし、女性と関係を持っても一夜の快楽を得るためだけだった。異性を愛することなど自分とは無関係だと思っていた。
 そんなバスターが自分でも気づかないうちにレアナを愛しいと想っていたのだ。この未だに幼い一面を持ちながらも、それゆえに純粋そのものであった少女を。

 レアナと結ばれた夜から、バスターの中でレアナは彼の一部となっていた。そして、共に生きたいと願うようになっていた。かつての自分は自分自身の命さえ大事に思わなかったのに、レアナと結ばれ、彼女も自分を愛してくれていると知ったことで、レアナと共に生きることは、ささやかだけれども大切なバスターの願いとなっていた。世界でただ一人のレアナと共に生きたい、だからこそ、自分も自身の命を粗末にはしたくないと。レアナはまさに、バスターの人生への考え方を変えた運命の少女そのものだった。

 そして、バスターがホッとしたことが一つあった。それはレアナは人間を相手にした実戦を経験していないことだった。シルバーガンの試験飛行成績を見ても、レアナの操縦センスは男性パイロットのバスターやガイにも負けず飛び抜けており、実際、あの運命の日――2520年7月14日に「石のような物体」が引き起こした戦闘でのレアナの戦いっぷりを振り返ってみても、彼女は抜群に優秀なパイロットだった。
 だが、それは同時に、もし相手が人間ならば、レアナが敵とはいえ大量の人間を殺すキリング・マシーンとなることを意味していた。バスターはレアナをそんな存在にはしたくなかった。ただでさえ、レアナは軍が実験的に育てたモルモット的に見られている側面があり、悪意のある好奇心に晒されていることも少なくなかった。そんなレアナが人の姿をした大量殺戮兵器とならなかったことに関しては、バスターは「石のような物体」の出現に感謝すらしていた。
 「石のような物体」が人類に対して起こしたことを思えば、それが不謹慎な考えであることはバスターはもちろん分かっていたが、それでもレアナがその手を血で汚さずに済んだことには安堵せざるを得なかった。

 バスターは両腕でレアナを抱きしめていたが、片方の右腕を離すと、その柔らかで繊細な髪の毛をそっと撫でた。撫でられたレアナの髪の毛から流れ出た爽やかな香りがバスターの鼻腔をかすめた。そんな微かなことも含めて、バスターはレアナへの愛おしさを実感していた。

「やれやれ……俺は死ぬまで一人で生きていくと思っていたんだがな……お前がこんなにも俺を夢中にさせちまった責任、取ってくれよな?」

 バスターは小さな声でそう呟くと、レアナの額に軽く口づけを落とし、右腕をもう一度、レアナの体に回すと、ぎゅっと彼女の体を抱きしめた。バスターもまた、裸のままだったので、二人の間を邪魔するものは何もなく、レアナの体温が直に伝わってきた。レアナの命の証とも言えるその熱が、バスターにはこの世の何よりも大切なものに思えた。

 片腕を伸ばしてベッドサイドのランプを消し、ほぼ完全に暗くなった部屋の中で、バスターは眠りに落ちていった。彼にとってこの世界でもっとも大事な宝物であると言える少女を、彼に人を愛し愛される喜びを教えてくれた少女を、決して離すまいとするかのように強く、けれども優しく抱きしめながら――。



あとがき


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