[その翼に包まれて]


 物心がついて間もない頃、私はひとりぼっちとなり、生きていく保証と引き替えにかごの中の小鳥となった。純粋なパイロットを育成するという実験の対象となって、外界から隔絶され、年相応の一般常識も教えられず、背中に生えていた白い翼も羽切りをされたも同然だった。

 かごの中の小鳥となってから十数年が流れて、私に外の世界を知る機会が巡ってきた。たとえそれが軍の目の届く範囲であっても、軍の施設というかごの中で育てられた私には見るもの聞くもの全てが新鮮なものだった。

 そこで私は優しい人達に出会った。言うまでもなくTETRAのクルー達だ。テンガイ艦長は頼れるお父さん、ガイはちょっと生意気な弟、クリエイタは穏やかで優しいお手伝いさん。そしてバスターは――少し意地悪なお兄さんだったはずなのに、いつの間にか私にとっていちばん大切な人になっていた。

 最初はその笑顔の下で何を考えているのか分からず、少し怖いとさえ思っていた。それがバスターの最初の印象だった。けれど一緒に過ごすうちに、いつの間にかお互いを想い合うようになるうちに、バスターが歩んできた過去が今の彼を――ひねくれているように見えて本当はほんの少し寂しがり屋な面があって、人にはそんな姿は決して見せないけれど勤勉な努力家で、そして本質は優しい彼を――作ったのだと分かった。バスターが生きてきた世界は、かごの中で生きてきた私が全く知らない世界だった。そしてバスターの背中には私からは奪われた翼が生えていた。たくましいけれど黒に近い灰色に染まった、どこか悲しげな印象さえある翼が――。

 あの「石のような物体」が現れたことで地球上の数え切れない人達が全て犠牲となり、皮肉にもそのおかげで私はかごの中に戻る必要はなくなった。状況は決して楽観的なものではなくむしろ悲観的なものだったのに、自由の身となった私はそれを喜び、同時に大きな罪悪感を抱えてしまった。

 その心の内をバスターに全て吐き出したとき、バスターは決して私を責めなかった。それどころか私を慰めてくれた。私には何の責任もないのだからと。しかも、たとえ「石のような物体」が現れなかったとしても、私をかごの中から助け出したかったと言ってくれた。その言葉がどんなに嬉しかったか。いま思い出すだけでも涙が出てくるほどだった。

 バスターと身も心も結ばれ、毎夜を共に過ごすようになってから、羽根を切り取られたはずの私の背中には再び翼が生えてきた。バスターが毎夜、私を愛してくれることで、そのたくましい体と力強い灰色の翼に包まれることで、私の背中の翼はもう一度生えてきたのだ。

 その翼の色は切り取られる前と同じく白かった。それは当たり前のことだったのかもしれないけど、私は少しがっかりした。むしろ、バスターと同じ灰色の翼が欲しかった。けれども、再び翼が生えてきたのは紛れもなくバスターのおかげだ。その事実は例えようもなく嬉しかった。

 今夜も私は彼に――バスターに抱かれて眠っている。穏やかに眠れるのも、バスターが私を翼ごと力強く、けれども優しく抱いて包んでくれるおかげだ。この時間がいつまでも続けばいいのに――バスターと愛し合って眠りにつく直前、私は毎晩そんなことを思っている。

 願わくばたとえ生まれ変わっても、もう一度バスターに出会いたい、いいえ、何度生まれ変わってもそのたびにバスターと巡り会って一緒にいたい、私はそんなことを願いながら、今宵も眠りにつく。そして思うのだ。バスターも同じように思ってくれていれば、どんなにか幸せだろうと。今、この瞬間だけでもじゅうぶんすぎるほど幸せなのに。

 地球があんな状況になった今、神様という存在がいるのかどうかは私には分からない。あの無慈悲な「石のような物体」がそうなのかもしれない。けれども、私はこの世界をもっと大きな視点から見守っているかもしれない存在に感謝するのだ。ささやかかもしれないけれど、子供の頃に奪われた幸福とは別の形の幸福をもう一度、授けてくれたことに。この世でいちばん愛しい人の腕の中で私の名前を――「レアナ」といとおしげに呼びかけてくれる声を聞いて、眠りにつきながら――。

 ――あなたが私を愛するように 私もあなたを愛するならば 死さえも二人を引き裂くことは出来ないだろう――。



あとがき


BACK
inserted by FC2 system