[罪をもかき消すもの、それは愛]


 西暦2521年6月も終わりが近づいた深夜。バスターの部屋では、部屋の主であるバスターと、その伴侶であるレアナがベッドの上で抱き合っていた。レアナはいつものように、バスターのパジャマの上しか身にまとっていなかった。そして、パジャマのズボンを履いただけでやはり裸同然のバスターが姿勢を変えてレアナを包むこむように彼女の上になったとき、レアナがか細い声を出した。
「バスター……」
「?……なんだ?」
 自分の体重をかけたことが辛いと思ったのか、バスターはレアナの体から離れようとしたが、レアナのか細い腕がそれを制止した。
「離れないで……そばにいて……」
「……どうしたんだ? 急にそんなこと言って」
 そう言いつつもバスターは、レアナの懇願通りに再びレアナの体に身を寄せ、彼女を強く抱きしめた。レアナも細い腕で、バスターの背中に掴まるように、その指に力を加えていた。
「あたし……ひどい人間なのかもしれない……」
 まさかいきなりそんな言葉がレアナの口から出るとは思っていなかったので、バスターは何を言えばいいのか、わからなかった。だがそんなバスターを尻目に、レアナはバスターに抱きついたまま、更に言葉を続けた。
「だって……地球の人がみんな死んじゃったから、あたしたちはここにいるけど……でも、それでこうやって、あたしはバスターといっしょにいられるんでしょう?」
「まあ、それは……そうかも……しれないな」
「もし何も起こらずに平和だったら……戸籍もないあたしは軍に一生仕えなきゃいけなかったかもしれないんだよね……? それで、バスターやガイやクリエイタや艦長ともはなればなれになって……ひとりで生きていかなきゃいけなかったのかな……なんて、昨日から考え出しちゃったの……でも……なんてひどいんだろうね……地球が今、あんな状態になっちゃったから、あたしはこうして……バスターともいっしょにいられる……それを考えたら、あたしはなんて自分勝手なんだろうって……悲しくなったの……」
 レアナは仰向けになったまま、ぽろぽろと涙をこぼした。真珠の粒のように涙は落ち、レアナの髪の毛とシーツを濡らした。バスターは何も言わず、ただ、零れ落ちるレアナの涙を指で拭ってやっていた。だが、やがてレアナの頬に手を添えると、そっと彼女に口づけをした。長い間、そうして唇を重ねた後、レアナの唇を解放したバスターは優しく笑っていた。
「バスター……?」
「自分勝手だからなんだって言うんだ。お前のそばに俺はずっといる。だからもう、そんなことを考えるのはやめろ」
「だって……」
「だってもなにもない。今、こうしていることだって、何が悪いっていうんだ? 俺たちの想いが一緒だったからこそだろう?」
「うん……でも……」
「でも?」
 レアナは顔を横に向け、バスターの視線から顔を逸らした。
「平和な世界だったら……あたしはきっと一生、軍に強制的に属さなきゃいけなくて、結婚もできなったかもしれないでしょう? バスターのことを今みたいに好きになっても、こうなることも叶わなかったかもしれないって……それを思うと……やっぱり……」
「ばっかだなあ、お前は」
 横を向いていたレアナは仰向けに顔を戻すと、バスターが自分の顔を見て、不敵そうに笑っているのを目の当たりにした。頬に汗でくっついたレアナの髪を指ではがして梳いてやると、バスターは少し表情を緩めた。
「あの『石』が現れなくたって、俺とお前はこうなるはずだったんだ。きっとそうさ」
「だけど……」
「前に少し言ったろ? 俺は上昇志向が高いから、連邦軍でも上の階級に上り詰めてみせるって。それで、今さら、こんなことを話すのも恥ずかしいけどよ……俺が将校の地位にでもなったら、お前を自由にしてやるって、決めてたんだ。だって……惚れた女を一生、軍の奴隷みたいになんてさせておくものかって……な」
 それだけ話すと、バスターはレアナの髪をまた梳き、額にキスをした。
「で、でも、もしバスターが偉くなったとしても、あたしを自由にできるかはわからなかったでしょう?……そのときは、どうするつもりだったの?」
「決まってるだろ、駆け落ちさ」
「え?……か、かけおち?」
「俺の家、スラヴ系にイタリア系が混じってるんだ。だから、どっちかのエリアに逃げて、そこでピロシキ売りでもピザ職人にでもなって、暮らせばいいんじゃねえかって……ま、少しばかり楽観的だったかな? けど、お前が一緒なら、どうにだってなっただろうさ」
 バスターはまた笑った。それはさっきの不敵なものではなく、心からの優しさにあふれたものたっだ。
 レアナは心が震えていた。一人の男性が、自分のために全てを投げうとうとまで決意してくれていた。純粋にレアナを愛して。その事実がどうしようもなくレアナの心を揺さぶった。レアナは先ほど以上に涙を流しながら、バスターに抱きついていた。
「ありがとう……バスター……あたし、前にも同じようなことをグチっちゃったけど……そのときもこんな風になぐさめてくれたよね? あたしと一緒に生きてくれるって言ってくれたよね? それが本当にうれしいの……ありがとう……」
「礼なんて言う必要、ねえさ……お前がそばにいない人生なんて、何の意味もないんだからな……」
 レアナを気遣うだけでなく、自分自身にも言い聞かせるようにそう呟くと、バスターもまた、先にも増してレアナを強く抱きしめていた。

 二人が地球の死んでいった人々の誰よりも互いを愛していることは、レアナが言ったように罪深きことだったのかもしれない。バスターとレアナが抱いて生まれた原罪であったのかもしれない。それでも、その罪さえ霞むほど、二人の愛は一途だった。後に「最初の二人」として生まれ変わる「最後の二人」にとっては―――。



あとがき


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