[確かな愛を感じながら]
うす暗い部屋の中で、レアナはぼんやりと目を覚ました。時計を見れば、まだ夜明け前と言える時間で、起きるには随分と早すぎる時刻だった。
ふと横に目を向けると、見慣れた青年の寝顔が目に入ってきた。その青年―――バスターはレアナを抱きかかえて、静かな寝息を立てていた。レアナはそっと体を動かし、バスターと真正面に向き合うように体勢を変え、その寝顔を改めて見つめた。
バスターはいつもレアナよりも先に起きるため、レアナがこうしてバスターの寝顔を見ることが出来るのは、なかなかない機会だった。普段のクールで大人びた彼とは違う、安心しきった子供のような穏やかな寝顔―――バスターのそんな表情をこんなに間近で見られるのは自分だけ―――そんなことを思うと、レアナは自然と幸福な想いに包まれていた。
TETRAのクルーであるガイやテンガイ、それにクリエイタとは、最初に出会ったときから、レアナはすぐに打ち解けることが出来た。特に同年代のガイとはなにかとウマがあい、兄や弟がいたらこんな風なのかもしれないと感じていた。レアナ同様、実直で感情を隠せないガイの性格は、彼女とは相性が良かったのだ。
しかし、同じ年代にも関わらず、バスターはガイとは明らかに違っていた。明るくざっくばらんとした青年、それがレアナに対するバスターの第一印象だった。バスターとも他のクルー同様に難なく打ち解けられたが、同時にそこには何か「壁」があったように、レアナは感じていた。打ち解けたと言ってもそれは表面上で、本当の彼自身は胸の内に隠しているかのような印象が常に付きまとい、それが言動にも性格にも表裏のないレアナには理解出来ないことだった。この人は、どうして口から出す言葉の奥に「本当の言葉」を隠しているのだろう? どうしてそれを自分に見せてくれないのだろう? TETRAに配属された当初、レアナはバスターと接する度に、心のどこかでそんな思いを抱いていた。
そんなバスターとレアナの関係に変化が生じたきっかけは、些細なことだった。レアナが連邦軍の施設で実験的に育てられたことは、バスターのみならず、ガイやテンガイ、クリエイタといったTETRAのクルーの面々ならば、各々に多少の程度の差はあれど、周知のことだったが、レアナはある日、その詳細をバスターに話す機会を得た。両親が突然いなくなった日のこと、連邦軍の施設に移送されたときのこと、そして、父親と母親はまだ生きていると自分は信じているということを。
なぜ、そんな過去のことや、心の奥底に仕舞っていたことまで、バスターに素直に打ち明けることが出来たのか、レアナ本人にも分からなかった。今にして思えば、レアナの心の片隅にずっとあった切実な寂しさが噴き出したのかもしれなかった。
バスターはただ、じっと静かに聞いてくれていた。レアナが思わず涙をこぼしてしまっても、自分のバンダナをそっと差し出してくれて、レアナを心から思いやる優しい言葉もかけてくれた。
バスターが彼の父親と不仲だということは、そのときに彼の口から直接聞いて初めて知った事実だった。その事実を知らなかったレアナが軽い気持ちで言った言葉に激昂したバスターの姿は、普段の冷静な彼からは予想も出来ないもので、初めて見たそのバスターの姿に、レアナは軽い恐怖すら感じていた。けれど、我に返って落ちつきを取り戻したバスターの姿には、それまで彼の周りに存在していた「壁」が崩れたような雰囲気があった。
その後にバンダナを差し出してくれたときも、レアナが両親と出会えるといいなと言ってくれたときも、「壁」は感じられなかった。あのとき、自分は初めてバスターの内面に触れることが出来たのだろうと、後になってからレアナは思った。
それまでもバスターは、世間知らずのレアナに対し、時には彼女をからかいもしながらも、何気なく色々な物事を教えるように接してくれていたが、レアナがバスターをそれまで以上に意識したのも、異性への生まれて初めての「特別な感情」を抱いたのも、全てはこのときが何もかもの始まりだったのかもしれなかった。
あの日から約一年後。レアナがバスターを想っているように、彼もレアナを一人の女性として想ってくれていたと分かったとき。二人は一見すると正反対に見えたが、その内面では相通じるものがあったのだ。全く異なる存在でありながらも、同時に似た部分があったからこそ、二人はいつの間にか惹かれ合っていた。そして、惹かれ合う二人がお互いの想いを体と心で確かめあって結ばれたとき。レアナはバスターと共に、至上の幸福に心の奥底から浸っていた。
この人が――バスターが自分の「いちばん大切な人」で本当に良かったとレアナは思った。そしてその「大切な人」と同じ時間を愛し合って過ごせることは、比べられるものなどないほど、こんなにも幸せなものだったのだと、レアナは身も心もバスターの揺るぎない愛に包まれながら、その喜びを噛みしめていた。
今宵も、バスターは激しく、けれども優しく、心からレアナを愛してくれた。そして、今この瞬間も、誰よりもそばに居て、レアナを大切にしてくれている。
(あたし、こんな風に抱きしめられちゃって……なんだかぬいぐるみみたい……)
そんなことを思ってクスッと笑った後、レアナは彼女を抱いて眠り続けるバスターの胸に顔を寄せた。レアナの髪の毛がバスターの裸の胸に触れてくすぐったくないかと少し心配したが、バスターはまるで気づかずに眠っていた。それは愛する少女と――レアナと共に眠っていることで、バスターが心の底から安心しきっている証拠のように思えた。
バスターの嗅ぎ慣れた匂いと体温が直に伝わってくる中で、その匂いとぬくもりをいとおしく感じながら、レアナは静かに目を閉じた。ささやかな、けれども真摯な願いを心の中で呟きながら。
(バスター……大好きだから……誰よりもいちばん大好きだから……ずっとそばにいてね……)
あとがき
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