[幸福のまなざし]


 TETRAの通路に設けられた大きな窓。そこから窓の外の宇宙を眺めていたレアナに、声をかけてきた人物がいた。
「よう、レアナ。どうしたんだ?」
 レアナが声の方向を振り返ると、そこにはガイが立っていた。トレーニングウェア姿で、首にはタオルをかけており、手には水の入ったボトルを持っていたことから、日課となっている筋力トレーニングを終えてきたのだろうとすぐに分かった。
「ガイ……ううん、なんでもないよ。ちょっと外の景色を見てただけ」
「そっか。けど、この一年で見飽きた景色だろう?」
「そうかもしれないけどね。でも、改めて見てみると、なんだかやっぱりきれいだなあって……ほら、地球も見えるでしょう?」
 レアナが指差すほうをガイが見てみると、確かに窓から見下ろすように青い地球が見えた。
「ああ……そうだな」
「あんなにきれいなのに……きっと地上は敵だらけだよね?……どうしてこんなことになっちゃったのかな」
 どこか気落ちしたような口調で呟いたレアナの様子に、ガイはこの自分より年上にも関わらず子供っぽい一面が目立つ少女をほうっておけず、明るい声を出した。
「そんなに深く考えるなって。敵だらけなら地球に降下したときに俺達がやっつけちまえばいいんだからよ。違うか?」
 ガイの楽天的な言葉に、レアナは顔を上げ、くすっと笑った。
「ガイらしいね。でもまた一人だけ先に飛び出しちゃって、敵に捕まってましたってのは無しだよ?」
 一年前の無謀な行動を指摘されてしまったガイは、バツが悪そうに頭をかいた。
「ま、まあ、あれは俺様も油断していたっていうか……お前らにも迷惑かけちまったけどよ……今度はそんなことはないぜ!?」
「本当かなあ。ガイは頭に血がのぼると、何も考えないで飛び出しちゃうんだもの」
「だーいじょうぶだって! 今度は冷静に行動してみせるからよ!」
 そう言ってびしっとサムズアップをしてみせたガイの様子に、レアナはまた笑いをこぼした。
「ガイったら。でも、本当、気をつけてよね? 艦長やクリエイタもそうだけど、あたしやバスターだって心配したんだから」
 バスターの名前が出たことで、ガイはもしかしたらレアナはバスターの帰りを待っていたのではないかと気がついた。レアナの姿をよくよく見れば、パジャマ姿にカーディガンを羽織っており、いつも見慣れたパイロットスーツ姿以外のその姿は、ガイには新鮮に見えた。
「バスターもか……まあ、あいつはああいう態度のくせに仲間思いだもんな、素直じゃねえけど。ところで、お前、もしかしてバスターのこと待ってるのか? バスターならまだトレーニングルームにいたぜ?」
 ガイのその言葉に、レアナは顔をさあっと赤らめた。その様子に、レアナはとことん人をごまかせない素直すぎる性格だなとガイは思った。
「え、えっと……べ、別にそ、そういうわけじゃないんだけど……」
 しどろもどろになってしまったレアナの様子に、ガイはしまったと反省した。二人が寝起きを共にしていることをガイは知っていたが、そのことでバスターをからかったことは何度かあっても、そういえばレアナをその事実でからかったようなことはほとんどなかったことに気づいた。バスターは同じ男同士ということや彼の性格もあって、からかっても上手く流されていたが、素直すぎるレアナはガイの言葉を真に受けすぎてしまっていた。
 ガイは次の言葉をどうしたものかと迷ったが、ここは下手に取り繕うより、率直に言ってしまったほうがいいだろうという結論に達した。それに自分の性格を考えても、取り繕うような発言をするのは不得手だった。
「な、なあ、こんなところで突っ立ってても寒いし、トレーニングルームに行ってみたらどうだ? お前が待ってるって知ったら、バスターも頃合いを見て引き上げるだろうしさ」
 ガイの言葉に、レアナの顔はますます赤くなったが、素直にこくりと頷いた。
「うん……そうしてみる。でも……あたしが行ってじゃましちゃ悪くないかな……?」
「そんなことねえって。バスターがお前を邪険にするようなこと、するわけねえだろ?」
 それはこの一年の間、二人を見てきたガイの本心から出た言葉だった。バスターはレアナをからかうようなことはあっても、決して彼女を邪魔にするようなことはしなかった。
 ガイがそう言うと、レアナの顔は赤いままだったが、どこか安心したように見えた。その後、レアナはボタンをかけていないカーディガンの前を両手で合わせ直した。
「……そうだね、バスターはそんな意地悪じゃないもんね。ガイ……ありがとう」
「俺様は別に礼を言われるようなことは言ってねえよ。そんなこと気にするなって」
「ううん、ガイはやさしいよ。それじゃあ、あたし、バスターのところに行ってみるね。おやすみなさい、ガイ」
「あ、ああ。もうそんな時間だったな。おやすみだな」
 レアナに釣られてガイが就寝のあいさつを返すと、レアナはパタパタと足音を立ててトレーニングルームのほうへ小走りに走っていった。その後ろ姿を眺めながら、ガイはバスターとレアナ、二人の幸せな姿を思うと自分の心もどこか暖かくなることに気がついた。それは二人が自分の家族同然の仲間であるからということにも。
「……ったく。俺様も人がいいのかね。けど……地球があんなことになって、今がこんな状況でも……せめてあいつらには幸せになってほしいからな……」
 一人でそう呟くと、ガイは窓から見える地球を改めて見た。青い地球は先ほどと同じく、静かに光り輝いていた。



あとがき


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