[繰り返す絆]


 さして広くはない部屋のシングルベッドの上で、バスターは仰向けに横たわり、レアナはそのたくましい体の上に自分の華奢な体を乗せてうつ伏せになっていた。
 つい先ほどまで激しくお互いを求め合っていたとは思えないほど部屋の中は静まり返っていたが、二人の体はまだ熱を帯びていた。バスターはパジャマのズボンを履き、レアナはバスターのパジャマの上だけを羽織っていた。二人ともそんなほとんど裸と言ってもいい姿で身を寄せ合い、先ほどまでの激しさの残響を感じていた。
 バスターが自分の体に乗っているレアナの髪の毛を愛しげに撫でていると、レアナが不意に口を開いた。
「ねえ、バスター……あたしたち、ずっと一緒だよね?」
 レアナの思いがけない言葉にバスターは少なからず驚いたが、首を傾けてレアナのほうへ視線をやると、笑って言葉を返した。
「なに言ってんだ。当たり前だろう?」
「でも……地球に降りたら……」
 レアナの言葉に、バスターは少なからずびくりとした。エネルギーや食糧の枯渇で近い時期のTETRAの地球降下は免れない。それはバスターもレアナもよく分かっていた。だが、バスターは本心は微塵も見せずに、真面目な表情で答えた。
「そんなことは考えるな。大丈夫、なるようになるさ」
「バスターってば……」
 愛しい恋人の軽口には慣れていたが、それでもレアナはクスッと笑った。そんなレアナを見てバスターは安心し、彼女を抱きしめた。バスターに抱かれるままになっていたレアナだったが、また、ふっと口を開いた。
「でも……こうしていると、いつも不思議な感覚になるの」
「何が不思議なんだ?」
 バスターが問い返すと、レアナは顔を上げてバスターを見つめて答えた。
「あのね、バスターとは初めて会ったときから、どこかなつかしい気持ちがしたの。それに……バスターのことはずっと昔から知っていたような気がするの」
「俺達、子供の頃に会ったことがあるからじゃねえか?」
 バスターがそう言うと、レアナは軽く頭を振った。
「ううん、それとも違う気がするの。それにね、子供の頃にバスターに出会ったときにも、このおにいちゃんのこと、あたし知ってるのかな?って思ったの。まるで……もっともっと昔……生まれる前からバスターのことを知っていたような気がするの」
 突拍子もないレアナの発言にバスターは面食らったが、それを馬鹿にしようとはまるで思わなかった。なぜなら、バスターもまた、レアナの心情が分かったからだった。
「なんだそりゃ……けど、言われてみると不思議だな。俺もお前と軍で出会ったとき、初対面に思えなかったんだ。まあ、子供の頃に出会っていたから厳密には初対面じゃなかったんだが……でも、そういや、子供の頃に初めて会ったときも、なぜか初対面だとは思わなかったんだよな。なぜだかは分からないけど……お前の顔を見たとき、前から知っていたような気がしたんだ」
「バスターも同じなんだ……うれしい……」
 レアナはバスターの胸に顔をうずめ、バスターはまたレアナの髪を指で梳いた。
「なんだろうな……それこそ赤い糸ででも結ばれているのかね?」
「バスターったら、ロマンチストなのね」
「でも、悪くないだろう?」
 バスターが口の端を曲げてニッと笑うと、レアナも顔をほころばせた。
「うん……あたしたち、何か不思議な糸みたいなものでつながっているのかもね……」
 そう呟くと、レアナは自分からそっと唇を重ねてきた。バスターはレアナと唇を重ねたまま、彼女を抱きしめ直すとごろりと転がり、レアナを自分の体の下に組み敷いた。二人はそのまま、時が過ぎることも忘れたかのように唇を何度も重ね合い、再びお互いを強く求め合った。

 それから時は飛び、20年後でもあり、紀元前10万年でもある時代。かつての地球連邦軍司令部の残骸の地下に安置された二つのカプセルの中で、若い男女がひとりづつ目を覚ました。カプセル内の培養液がカプセルの中からポンプで押し出された後、二つのカプセルは同時に開き、中にいた男女はそれぞれゆっくりとカプセルの外に歩み出た。そして目の前にいる相手を見ると、自然と相手の名前が口から漏れ出ていた。
「レアナ……?」
「バスター……?」
 バスターとレアナ、二人の髪の毛からクローンを作った際、創造主であるクリエイタはクローンの二人に自分の名前を始めとした基本情報のほか、外界で生きていくために必要な知識などもインプットしていた。そして、最も大切とも言える情報も与えていた。
 今ここにいるバスターとレアナには身も心も含めて全身で愛し合った記憶も経験もない。けれど、お互いを想う感情は存在している。クリエイタは可能な限り、オリジナルの二人の想いをもクローンの二人にもインプットしていたのだから。
 だが、それだけではとどまらない、互いをただ想う以上に強く求め合う気持ちが、このクローンの二人の中にはあった。
「レアナ……だよな?」
「うん……あなたも……バスターだよね?」
 互いの名前を再度確認すると、二人は生まれたままの姿で近づき、まずそれぞれが差し出した右手を絡み合わせた。そして、バスターの左手がレアナの頬に触れると、二人はひしと抱き合った。それはまるで、幾星霜もの間、離れ離れだった恋人が再会したかのような熱い抱擁だった。
 二人は長い間、そうやって抱き合っていたが、ふと自分達の足元に倒れている物体に目をやった。
「クリエイタ……」
 バスターが懐かしい友人の名前を呼ぶようにその物体――壊れたロボノイドの名前を呟いた。
 二人は知っていた。二人をこうしてもう一度、出会わせてくれたのがこのクリエイタという名前のロボノイドであることを。クリエイタが二人の大切な仲間であったことを。クリエイタは自身に関する情報はクローンの二人には何もインプットしなかったのに。
 二人はしゃがみこむと、ボロボロのクリエイタの亡骸を大切な宝物のように撫でた。
「ちゃんと埋葬してやらないとな……」
「そうだね……」
 バスターがクリエイタの倒れていたボディを起こすと、レアナはクリエイタの剥き出しの頭部をいとおしそうに抱きしめた。

 20年の――あるいは10万年の時を超えて再会したとも言えるバスターとレアナ。この先、人類が何度ループを繰り返しても、そしていつかループから抜け出すときが訪れても、二人の絆が失われることはないだろう。二人を結ぶ愛の絆は――永遠なのだから。



あとがき


BACK
inserted by FC2 system