[分かち合う愛情]


 バスターが目を覚ますと、光度を下げて点けっぱなしにしていた枕元のライトが穏やかに辺りを照らしていた。視線を逸らすと、そのほのかな明かりの下で、レアナが穏やかな寝顔で眠っているのが見えた。
 喉が乾いたなとバスターは思ったが、自分に抱かれて眠るレアナを起こしたくなく、そのまま横になっていた。バスターの腕の中で、レアナはすやすやと眠っていた。ほんの幼い頃に理不尽に両親を奪われて悲しい過去を経験してきたはずなのに、レアナの寝顔にはこの世のどんな不幸も知らないようなあどけなささえあり、その様子がいっそうバスターには愛しかった。

 バスターには親に愛された記憶がない。記憶もおぼろげなうんと小さい頃には可愛がられていたこともあったのかもしれないが、物心がついた頃には一人で眠っていた。それに怖い夢を見て両親の寝室へ逃げ込もうにも、後に離婚した両親はそのとき既に不仲で、政治家の父親は滅多に家に帰らず、母親も連日、夜遅くまであちこちのパーティーを歩き回っており、幼いバスターは一人で恐怖を克服するしかなかった。

 家を出て、色々な職を転々としながら生きてきた頃には、女性と関係を持ってそのまま眠ることはめずらしくなくなっていた。だが、そのどれもが一晩か二晩だけの関係だったし、ゆきずりの女性と体の快楽を共有しても、心の奥底まで晒す気はバスターには毛頭なかった。行為の後に同じベッドで眠っていて女性のほうから体を寄せてきても、もはや用済みだと言わんばかりに、あからさまにそれを拒んでいたほどだった。

 それが、今では毎晩レアナを求め、大事な宝物のように彼女を抱いて眠っている。プライベートに踏み込まれることを病的なまでに嫌っていたはずの自分のそんな行動が信じられなかったし、それどころか、レアナが自分の腕の中にいない夜など考えられなくなっていた。
(俺も……突っ張っていただけで寂しがり屋だったってことなのかね)
 レアナの淡い色の絹糸のような髪の毛を撫でながら、バスターはレアナの胸元に目をやった。レアナが羽織っているパジャマは男物でもちろんバスターのものだったが、ボタンをちゃんと留めていなかったため、豊満な白い乳房の谷間が大胆に見えていた。その首元や肩口にはバスターがつけた赤い印が刻まれており、改めて自分がどれだけレアナに夢中になっているのかを思い知らされた。
(俺が一人の女にこんなにも溺れきるなんてな――)
 人間不信で最初にレアナに出会った頃には彼女の精神年齢のあまりの幼さを馬鹿にしたこともあったが、一見正反対に見えて実際は共通点も多くあったバスターとレアナは少しづつ惹かれ合いはじめ、こうして毎夜を共にするまでの仲になっていた。1年前の自分には思いも寄らないことだっただろう。
 そんなことを思っているうちに、やはり喉の乾きが強くなってきた。バスターは出来るだけそっとレアナから腕を離すと、サイドテーブルに置いてある水差しを手に取った。グラスに水を注ぎ、ゴクゴクと飲むと、ふうとため息が自然と出た。
「……バスター?」
 喉の乾きを癒してほっとしたところへ、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。声の方向へ顔を向けると、レアナが横になったまま、バスターを見つめていた。
「起きちまったのか、悪かったな」
「……ううん。お水飲んでたの?」
「ああ。喉がすっかり乾いちまっていたからな」
「……あたしにもちょうだい」
 そう言うとレアナはゆっくりと身を起こし、ベッドの上にぺたんと座り込んだ。豊かな胸が今にもこぼれそうなほど胸元が開いたままで、両の白い素足は剥き出しのままだったが、寝起きのレアナは今の自分の身なりには何も気づいていないようだった。だがそこには品のないはしたなさなどは一切なく、むしろレアナの無邪気な一面が覗いて見えた。
「落とさないように気をつけろよ」
 バスターがそう注意して水を満たしたグラスを渡すと、レアナはゆっくりと、こくんこくんと水を飲み干した。その様子をバスターはじっと見つめていた。
「はあ……おいしかった。ありがとう、バスター」
 レアナからグラスを受け取ったバスターはそれをサイドテーブルの上に戻すと、レアナの腕を引っ張り、彼女を強く抱きしめた。そして、まるでそれが当たり前であるかのように唇を重ねていた。
 レアナは少し戸惑ったような表情を一瞬だけ見せたものの抵抗は一切せず、ただバスターに抱かれて唇を奪われるままになっていた。バスターがようやく唇を離すと、レアナはバスターの背中に腕を回して、体を密着させるように自らも抱きついてきた。
「バスターってば、どうしたの? いつもそうだけど……今も、いきなりだからびっくりしちゃった」
「悪りぃ……ちょっと急に……な」
「バスターったら……」
 レアナはクスッと笑い、バスターの背中に回した腕を戻すと、彼のたくましい裸の胸に顔を寄せ、手を添えてもたれかかった。
「ねえバスター、あたし……こうしていられるだけで本当にうれしいよ。バスターと出会えて、本当によかった……」
 レアナの素直な告白に、バスターはドキリとしたが、同時にこの世で誰よりも愛する存在であるレアナにそう思ってもらえていることが、たまらなく嬉しかった。
「俺もだ……お前と出会えて、本当に……よかった。俺は神なんて信じちゃいないけど、お前と出会えたことだけは感謝の気持ちで祈りたいと思うぜ……」
「バスター……もう、素直じゃないのね」
「そうさ、今頃気づいたのか?」
「……教えてあげない」
 レアナはそう言ってまた笑い、その間もバスターの体に身を寄せたままだった。まるでお互いの体温を分け合おうとするかのように。お互いの鼓動を感じようとするかのように。バスターもそんなレアナを更に強く抱きしめ、離そうとはしなかった。
 二人の間に、もう余計な言葉は必要なかった。決して広くはないシングルベッドの上で抱き合いながら、バスターとレアナ、二人はお互いへの尽きることを知らない愛情を分かち合っていた。



あとがき


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