[求め合う幸福]


 自分の体が何か窮屈な感覚に捕らわれていることに気づいてレアナが目を覚ますと、彼女がすっかり親しみ慣れた匂いに包まれ、抱きしめられていることに気づいた。夢の中だけの感覚ではなく、実際にバスターに抱きしめられていたのだ。それも今日はいつもより少々がっちりと。
 だから窮屈に感じたのだったが、原因が分かればレアナはそれを嫌だとは思わなかった。バスターにはレアナを抱きしめて眠るという普段の大人びた彼からは少しばかり想像し難い癖があり、だからこそ今宵もレアナはバスターに抱きしめられているのだった。
 だがレアナはそれを嫌だと思ったことは一度もなく、もはや、二人の間ではもうめずらしくもない毎晩の約束事だった。

 こんな風に誰かに抱かれて眠った記憶はレアナにはない。両親が生きていた頃でも、両親とレアナは別々の部屋で眠っていたし、もしかしたら赤ん坊の時には母親と一緒に眠ったこともあるのかもしれないが、ともかく、覚えている限りではレアナの記憶にはなかったし、バスターに抱かれて眠っているのだということに最初に気づいた時には戸惑いもあった。
 けれども、今では何もかも当たり前になっていた。バスターの心音をこんな間近で聞くことも、規則正しい呼吸を感じることも、そして、バスターの匂いに包まれることも、レアナにはいつの間にか当たり前のことになっていた。当たり前の幸福になっていた。
(なんだか変なの……さっきのバスターは怖いくらいだったのに……)
 毎夜、レアナの全てを求めるバスターの姿を、レアナは時には少しだけとはいえ怖いと思うこともあったが、どんなバスターの姿を見ても、レアナのバスターへの想いは変わらなかった。
 レアナにとってバスターは常にかけがえのない愛する人であり、彼女を求めてくる激しい一面ですら、自分を愛してくれている証拠なのだと思うと、レアナはいとおしいとさえ思っていた。
「バスター……」
 少しかすれた声でバスターの名前を呼ぶと、レアナは手を伸ばしてバスターの頬を撫でた。すべすべのレアナの頬とは全く違う、ざらざらとした男性の頬だったが、それさえもレアナには愛しかった。
「……大好き……バスター……」
 レアナはそう呟くとバスターの唇にそっと自分の唇で触れた。バスターの唇は少し乾燥して硬かったが、レアナは構わなかった。だが、唇に感じる違和感に気づいたのか、バスターはくぐもった声を漏らし、パチパチと目をしばたたかせた。
「レアナ……? どうした……?」
「あ……ううん、何もないよ。ごめんね、起こしちゃって」
「……いいさ。その代わり、睡眠の代償は払って貰わないとな」
「だいしょう? え? んん……」
 バスターはレアナの腕を引っ張って一緒に身を起こすと、間髪入れずレアナを抱き寄せ、先ほどのレアナの行為が子供の戯れに思えるほどの深い口づけでレアナの唇を塞いだ。どれくらい時間が経った頃か、ようやくレアナの唇を自由にすると、バスターはニヤッと笑った。
「……これが代償さ。最高に美味かったぜ」
「や……も、もう……! バスターってば……!」
「仕方ないだろう? お前が俺を起こしただけでなく、誘惑までするから悪いんだぜ?」
 バスターはしれっとした様子で笑い、レアナは顔を赤くして反論した。
「ゆ、誘惑なんてしてないもん!」
 だが、バスターは笑いながら更に言葉を続けた。
「お前がここにこうしているだけで、おれにとっちゃとんでもない誘惑なんだよ」
 バスターの言葉に、レアナはぽかんとした表情で聞き返した。
「……そ、そうなの?」
 レアナが問いただすと、バスターは頭をぼりぼりと掻いた。
「心の底から惚れた女が隣で無防備に眠っているのに何とも思わない男なんていないと思うぜ?……って、おい、あんまりこんなこと言わせるなよ。だいたい……こんなにも俺の心をすっかり占めちまっている女なんて、お前が初めてなんだからな」
「本当?」
「本当に決まってるじゃねえか。こんなこと……面と向かって言わせるなよ。恥ずかしいだろう」
 バスターの顔はすっかり赤くなっていたが、彼の告白を聞かされたレアナも負けじと赤くなっていた。しかし、その愛らしい口元には明らかな笑みが浮かんでいた。
「バスター……あたしもうれしいよ。こんなに人を好きになったのなんて、バスターが初めてなんだもの。そんな人にこんな風に言ってもらえるなんて、あたし……ん……」
 レアナの唇はまたもバスターの唇によって塞がれていた。しかし、さっきのように熱烈なわけではなく、バスターは軽くレアナの唇に唇を重ねた後、すぐに彼女の唇を解放した。
「バスター!……もう、いっつも、いきなりなんだもの……」
「悪りぃ、悪りぃ。つい、な……それに……」
「……それに?」
「……頭のてっぺんから爪先まで、お前がどこもかしこもあんまり可愛いからさ」
「え?……え? ええ!?」
 レアナはバスターのあまりにストレートな台詞にしどろもどろになり、羽織っている男物のパジャマの胸元がはだけていることにも気づいて慌てて胸元を手で隠したが、剥き出しの白く細い素足はパジャマの裾を引っ張ったとしても隠しようがなく、その顔は既に真っ赤だった。
 そんなレアナの様子をバスターはしばし、面白そうに見ていたが、やがてまたレアナの腕を引っ張ると、先刻のように力強く抱きしめ、共に身を横たえた。
「バスター……あんまりからかわないで……」
 赤い顔でバスターに抱かれるままになりながらも、レアナはやっとの様子で言葉を絞り出した。
「悪かったって……けど、俺は冗談なんか言ってないからな? それは分かってくれよ?」
「……うん」
 バスターに抱かれたまま、レアナは微かな声で返答した。その声は小さかったが、バスターには確かに聞こえていたので、それで充分だった。
 バスターの裸の胸に身を寄せて抱かれながら、レアナは想い人に愛される喜びに浸っていた。そしてそれはレアナを抱くバスターも同様だった。互いを想い合う二人の邪魔をするものなど、何も存在しなかったし、存在出来るはずなどなかった。



あとがき


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