[Sweetheart]


 自分のすぐ隣でもぞもぞと動く感触に気づき、バスターは目を覚ました。視線を横に向けると、バスターの左腕を腕枕にしているレアナとぴったりと目が合った。
「あ……バスター。ごめんなさい、起こしちゃって」
「……気にするな。それより、どうしたんだ? まだ……真夜中だろう?」
 ベッド脇の明かりを灯して時計を見たバスターがそう答えると、レアナはどこかバツが悪そうな表情をした。
「う、うん……えっとね……」
 その瞬間、ぐうっとレアナの腹が鳴り、レアナの顔はたちまち真っ赤になった。耳たぶまで赤くなり、黙り込んでしまったレアナの顔を眺めながら、バスターは口元を曲げて笑った。
「なんだ、腹ぺこで寝られなかったのか?」
 だがバスターの問いかけにはレアナは到底、答えられず、ブランケットを引き上げて顔を隠してしまった。そんなレアナの態度を見て、バスターはレアナをこの上なく愛おしく思い、自由な右腕を動かすと、なだめるようにレアナの頭を撫でた。
「そんなに恥ずかしがるなよ。仕方ないことだけど、夕食があれだけじゃどうしても夜は腹が減るよな」
 バスターが言った通り、TETRAの食糧の枯渇はどうしても避けられない問題であったから、一年前に衛星軌道上に退避して以降、一回の食事にもうけられたカロリーは成人の基本摂取量のギリギリのラインになっていた。
「でも……そんなこと言ったって、やっぱりはずかしいもん」
 まだ赤いままの顔をほんの少しだけ覗かせたレアナがぽつりと呟き、バスターはその朱に染まった頬をそっと撫でた。だが、不意にその手を止め、ふと何か思いついたような表情をバスターは見せた。
「もしかしたら……ちょっと待ってろ」
 そう言うとバスターはベッドを抜け出し、その横にしつらえられたライティングデスクの明かりをつけた。下半身にパジャマのズボンを履いただけの姿のまま、バスターはライティングデスクの引き出しを開け、黙ってがさがさと引き出しの中身を探っていた。ライティングデスクの明かりにバスターの鍛えられた裸の上半身が映える様を、レアナはベッドに入ったまま見つめていたが、やがてバスターが明るい声をあげた。
「お、あったあった」
 バスターは何かを片手で掴むと、ライティングデスクの明かりを消してベッドのレアナの元に戻った。バスターが握っていた手のひらをレアナの目の前で開けると、そこには一粒のバターミルク味のキャンディがあった。
「え……あめ……?」
 レアナが驚いた顔を見せると、バスターは笑ってキャンディをつまみ上げた。
「そうさ。前に袋ごと閉まっておいた奴があったんだ。袋の中身はこの一年で全部食べちまったんだけど、一つくらい引き出しの中に紛れてないかって思ったんだ……当たりだったな」
「バスターがあめが好きだったなんて、初めて知ったよ」
 意外そうな顔を見せるレアナに、バスターはキャンディの包装を引っ張って開きながら笑いかけた。
「特に好物って訳じゃないけど、テストパイロットは結構頭を使う仕事だからな。こういうものもたまには食べたくなってたのさ。ほら、口を開けろよ」
 言いながらバスターは包装を剥がしたキャンディをつまみ、レアナの口元に近づけた。
「え、でも……バスターが大事に食べてたのでしょう? しかも最後のひとつなのに……あたしが食べちゃっていいの?」
「そんなこと気にするなよ。今さっきに気づかなかったら、引き出しの奥で溶けちまってたかもしれないし。ほら」
「えっと……じゃ、じゃあ、いただきます……」
 大人しくあーんと開けられたレアナの口の中に、バスターは指でつまんでいたキャンディをそっと入れた。レアナの口が閉じられ、その中にキャンディの甘い味と香りが広がると、レアナは自然と笑顔になっていた。
「おいしい……! だけど……ごめんね、バスター」
「だから気にするなって。それに俺は……」
 そこまでの言葉を口にすると、バスターは何の予告もなく、レアナの唇を自身の唇で塞いだ。突然のバスターの行動にレアナは驚いたが、顔を背けるようなことはせず、バスターに唇を奪われたままになっていた。
 幾ばくか時が流れ、ようやくゆっくりとレアナの唇を解放すると、バスターはニヤッと笑った。
「……これで十分だからな。美味かったぜ」
 レアナはしばし呆然としていたが、にわかに先ほど以上に顔を赤くして、バスターに塞がれていた唇を両手で覆った。
「バ、バスターったら……!」
「いいだろう? 俺の取り分ってことで」
 けろっとした笑顔でバスターにそう言われると、レアナは何も反論出来ず、口の中の甘味を味わいながらもごもごと言葉を濁した。
「そ、そんな……その……うん……」
 そんなレアナの様子に満足気に笑ったバスターはベッド脇の明かりの光度を下げると、自分もベッドの中へと戻った。レアナに再び自分の左腕を腕枕として提供しながら、もう一度、右手でレアナの頭を優しく撫でた。
「ゆっくり食えよ。慌てたら損だしな」
「……う、うん」
 しばらくの間、レアナは赤い顔のまま口を静かに動かしていたが、やがてキャンディを舐めながら、笑って彼女を見守るバスターに向かって言葉を発した。
「バスター……」
「ん? なんだ?」
「……ありがとう」
 レアナの照れながらも率直な感謝の言葉に、バスターはより一層、優しさに満ちた目で彼女を見つめた。
「……こっちこそ、だ。俺のほうこそ、とびきり甘くて美味いものを貰ったからな」
「やだ、もう……」
 口ではそうは言いながらも、レアナも自然と笑ってバスターを見つめ返し、バスターの体に更にその身を寄せた。ぼんやりとほの暗い部屋の片隅のベッドの中、そこにはレアナが味わっているバスターのキャンディに勝るとも劣らない甘い空気が生まれ、身も心も寄せ合うバスターとレアナを包み込んでいた。



あとがき


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