[魂の輪郭、そしてその熱]


「ねえ、バスターは……」
「ん? どうした?」
 バスターの部屋のベッドの上、バスターは仰向けになり、レアナは彼の体に寄り添って横になっていた。バスターはパジャマのズボン一枚、レアナはバスターのパジャマの上を羽織っただけ。もう夜のこの部屋では二人の姿はそれが当たり前のようになっていた。たとえそれがバスターのレアナへの独占欲の一端であったとしても。レアナもバスターの匂いのするパジャマを着ることを嬉しそうにこそすれ、嫌がる素振りなど一度も見せたことはなかった。
 バスターは火を点けていないタバコをくわえたまま、レアナのほうへ顔を向けた。バスターの腕に彼女自身の細い腕を回して彼に寄り添うレアナは、途切れた言葉の続きを口にした。
「バスターは……いつからあたしのことをこんな風に思うようになってくれたの?」
「……へ?」
 突然のレアナの問いかけにバスターは思わず口に挟んだタバコを落としそうになった。
「だ、だから……! いつからあたしのことを好きになってくれたの!?」
 まくしたてるようにそう言うと、レアナはバスターの腕にしがみつく力を更に込めて、顔を隠すように恥ずかしげにうつむいた。だがその耳たぶは真っ赤に染まっており、レアナがどんな顔をしているのかは容易に想像出来た。
「なんだよ、いきなり」
「だ、だって、気になるんだもん」
 バスターはそんなレアナの態度を愛らしく思い、空いているもう片方の腕を伸ばしてレアナの柔らかな髪を撫でた。
「そうだな……意識し始めたのは多分、あのときだな」
「あのとき?」
「まだ地上テストだった頃、ガイがテスト機を壊しちまって……いや、あいつはしょっちゅう壊してたから、それじゃいつのことかわからねえか」
 バスターはくわえていたタバコを離し、指先でくるくるともてあそんだ。
「俺の父親の話になって、お前がたしなめたのに俺が怒鳴ったことがあっただろう?」
 レアナは少し顔を上げると、こくりと小さく頷いた。
「あの後、家族なんだから俺の父親が俺のことをなんとも思ってないことなんてないはずだってお前が言ってくれただろう? あのときかな。お前を特に意識し出すようになったのは」
「特に?」
「……その前から、お前のことは気になっていたと思うんだ。ひどく子供っぽいかと思えば、いきなり鋭いところを突いてきたりするし。なんだろうな、俺がそれまで生きてきた中で出会ったことのない類の人間だったんだ、お前は」
「そうなの……」
 バスターは再びタバコを口にくわえると、空いた両腕でレアナを抱き寄せた。
「ま、それから後は気づかないうちにどんどん惹かれていって、今に至ってるって訳だ。お前は本当……魔性の女だよ」
「ましょう?」
「人をたぶらかす魔女だってことだよ」
 バスターが笑ってそう言うと、レアナはぷっと頬を膨らませて抗議した。
「ひどーい!」
「冗談だよ、冗談」
 レアナの膨らんだ頬に手をあてながら、バスターは相変わらず笑っていた。だが、口では冗談だと言いながらも、自分の身も心もここまで虜にしているレアナは自分にとってはやはり魔性の女だと思っていた。けれども、なによりも愛おしく大切な魔女だった。
「で、お前はどうなんだよ?」
「え?」
「俺ばっかりが告白したんじゃ不公平だろ。お前はいつ頃から俺を好きになってくれたんだよ?」
 レアナはまたも顔を赤くしたが、やがて恥じらいながらも口を開いた。
「えっとね……あたしもバスターと同じなの」
「同じ?」
「……うん。さっきバスターが言ってくれたでしょう? バスターのお父さんの話が出てきたときのこと。たぶん、あの頃からバスターのことが気になり始めたと思うの。だって、それまではバスターって少し怖かったんだもの」
「怖い? 俺が?」
 レアナの口から出た意外な言葉に、バスターは目を丸くした。
「だって、笑ってても本当のことを言ってくれなかったりしたし。この人は何を考えてるんだろうって思ってたの」
 レアナは顔を上げ、まっすぐバスターの顔を見た。
「でも、あの出来事でバスターが初めて本当の顔を見せてくれたときに分かったの。ああ、この人はただちょっと素直じゃないだけなんだって。おぼえてる? あたしのお父さんとお母さんがまだ生きてるといいなって言ってくれたよね? あたし、あのとき本当にうれしかったんだよ」
 それだけ言うと、レアナは自分を抱くバスターの体温を感じようとするかのように更に体を寄せた。レアナが言った言葉はバスターが無意識に口にしたものだったが、あの状況ではそこまで大きな力を持っていたのだ。バスターは言葉が時として持つ力の大きさを改めて噛みしめていた。
「あ、でも」
 不意にレアナが何かを思い出したように声を上げた。
「どうした?」
「あたしがバスターのことを好きになったきっかけって、本当はずっと昔のことだったのかもしれないの」
「ずっと昔?」
「うん。バスターはおぼえてる? グリーンプラントでのパーティーのこと」
 グリーンプラント。そこは植物の研究施設も兼ねた植物園であり、まだ子供だったバスターとレアナが初めて出会った思い出の場所だった。
「ああ、そういえば……けど、10年近く昔のことだぞ? お前もよく覚えてたな?」
「だって、バスターはケガしたあたしを助けてくれたし、いっしょに木に登ってくれたし、施設の先生たちにもあやまってくれたじゃない。あたし、同じくらいの年の子がどんな風なのか分からなかったけど、あのときのバスターはすごく大人のおにいちゃんに見えたの」
「ま、まあ、俺はマセた子供だったしな」
 レアナの話を聞くうちに照れ臭くなり、バスターは髪の毛をがしがしとかいた。
「あたし、またあのおにいちゃんに会えたらいいなって思いながら、パイロットになる勉強をしてたんだよ。だから、あのときからバスターのことをずっと好きだったのかもしれないよね」
 バスターはしばらく無言でレアナを抱きしめていたが、ふっとレアナの顔を覗きこんだ。その顔にはレアナだけに見せる優しい笑顔が浮かんでいた。
「そうか……そんな昔からか……俺はあのとき、もう一度あの子に……レアナ、お前に出会えるかどうかなんてとうに諦めていたのにな。でもお前がずっとそう願ってくれていたから、こうして会えたのかもしれないな……ありがとうな、レアナ」
 バスターの言葉と笑顔に、レアナは何度目か分からないほど顔を赤らめた。
「え、えっと……」
 そんなしどろもどろな状態のレアナの唇をバスターの唇が塞いだ。しばらくしてバスターが顔を離すと、レアナは顔を真っ赤にしていたが、この上なく愛しかった。
「お前に会えてよかったよ。そんなにも長い間、俺のことを思ってくれて、見つけ出してくれたんだな……こんなに嬉しいことはねえよ」
「あたしも……バスターに会えたから、バスターのことを大好きになれたから、いま、こんなにも幸せなんだもの……ありがとう、バスター」
 バスターもレアナもお互いを強く抱きしめていた。その様はまるで、バスターとレアナという二つの魂が一つの個体にならんとするかのようだった。それほど、その姿からは互いの魂が放つ熱が感じられていた――。



あとがき


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