[歌姫]


「バスター、レアナヲ ミカケマセンデシタカ?」
 西暦2520年も終わりに差しかかったころ、綺麗に折りたたまれた洗濯物を両手に抱えたクリエイタが、TETRA通路内で偶然でくわしたバスターに尋ねた。バスターはそういえば今日はあまりレアナの姿を見ていないな、と思いながら返答した。
「いや、見かけてねえぜ。レアナがどうかしたのか?」
「イエ、キョウハ アマリミカケナイデスシ、センタクモノガ コノヨウニ センタクシオワッタノデ……ソレニユウシュクノジカンモ チカイデスカラ。ハイ、バスター、アナタノブンデス」
「お、ありがとうな。レアナは俺が探しといてやるからさ。お前はガイやテンガイ艦長にその洗濯物、届けてやれよ。レアナの分は、クリーニングルームにまた戻しておけばいいと思うしよ」
「ソウデスカ。ジャア、アリガトウゴザイマス」
 クリエイタはまだ山ほどある洗濯物を抱え、去っていった。バスターは自分に渡された洗濯物を自室に投げ入れると、レアナを探す為に再び自室を後にした。
 レアナの自室、ブリーフィングルーム、トレーニングルーム……どこにもレアナの姿はなかった。もしかして格納庫か?とバスターが格納庫のほうへ足を向け、格納庫に近づいていくと、澄んだ歌声が聴こえてきた。

 つらいことがあっても前を向いて生きて行こう
 霧が晴れるみたいに君の前の道は広がる
 深い森のどこかで足を止めちゃ迷うだけさ
 ずっと夢を見ながら歩き続け出口を探そう

 格納庫をそっと覗いてみると、赤い機体であるシルバーガン2号機のハッチをあけたまま、レアナが座席に膝を抱えて座っており、どこか遠くの情景でも見るような眼差しで歌っていた。その声は格別に上手いという訳ではなかったが、澄んだ声色とどこか哀しげな歌い方が、レアナに声をかける行動をバスターに止めさせた。

 過去のことなどそこに置いて行こうよ
 全て捨てても君の人生は先がある
 連れてってこのままどこでも
 あなたと一緒に……

 どうやら歌い終わったらしく、レアナは視線を遠くから膝元に移した。そのとき、バスターの姿がレアナの目に飛び込んできた。レアナは途端に真っ赤になり、その表情を隠すかのように膝元にうずめた。
「バ、バスター!?いつからそこにいたの!?」
 普段ならばレアナの様子に吹き出しそうになるはずであるバスターだったが、先ほどまで「歌姫」だったレアナの姿を思い返すと、何故だかそんな気分にはなれなかった。
「いや、いま歌っていた曲の最初のほうからだと思うけど……なんだ?そんな恥ずかしがることないじゃねえか」
「だって、だって……やっぱり恥ずかしいもん」
 バスターはレアナが座っているシルバーガン2号機のハッチのところまでやってくると、ひとつの疑問を問いかけた。
「それにしても、お前が結構歌が上手いなんて思わなかったぜ。でも、なんでこんな所で歌ってたんだ?」
 レアナは相変わらず顔を赤くしたままだったが、顔を上げ、バスターの問いに素直に答えた。
「えーとねえ……2号機の整備をしていたら、なんだか急に寂しくなっちゃって……そのときにね、施設にいた先生のひとりが教えてくれたこと、思い出したの。悲しいときや寂しいときは歌を歌いなさいって。そうすれば悲しさも寂しさも少しは吹き飛んでくれるからって。この歌も、その先生に教えてもらったの」
「そうか、そういう理由だったのか……他には知ってる曲はあるのか?」
「えっと、ちょっとだけ……でも……知っててもバスターの前でだなんて歌えないよ!」
 レアナはますます顔を真っ赤に染め、膝に顔をうずめてしまった。その様子にバスターは笑みを漏らしたが、ふと、「あの」7月14日直後のことを思い返した。自分やガイ――特に彼の落胆ぶりは見ているだけで辛いものだった――が落ちこんでいたとき、彼女はひとりでこの歌を歌ったりしながら、明るく振るまおうとしていたのかもしれない。レアナはひとりぼっちのときにさっきの歌を歌いながら自分を元気づけていたのかもしれない――そう思うと、レアナの健気さにバスターの心は揺れていた。
「じゃあ、いつか秘密でなら歌ってくれるか?お前、歌が上手いんだしさ」
「秘密で…?」
「俺の部屋とかさ。俺の部屋はお前の部屋を挟んでるから、ガイや艦長には聴こえねえよ。お望みならテーブルで特設ステージも作ってやるぜ?」
「特設ステージだなんて恥ずかしいよー!……でも、そんな風に言ってくれるのなら……いいよ」
 レアナは最後のほうは恥ずかしげに呟いた。そんな彼女の様子にバスターは思わず笑みを漏らした。
「あ、そうそう。洗濯物、全部乾いたみたいだぜ。あと、もうじき夕食だから、そろそろ戻ってこいよな」
「待って、あたしも一緒に行く。そっか、もうそんな時間なんだね」
 レアナはコクピットから降りてハッチを閉めると、格納庫入り口のバスターのところまで急いで走ってきた。そのまま2人が並んで歩いているとき、バスターは不意に口を開いた。
「レアナ。さっきの歌、歌詞も良かったけど……えーと、その……お前の歌声も良かったぜ」
「そ、そう!?えと、あの……ありがとう……」
 2人は互いに思わずそっぽを向き、顔を赤くしながら通路を歩いていった。

 TETRAには「歌姫」が乗っていたという、非公式記録が明かになった日だった。



あとがき


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