[久遠の光]


 バスターが目を覚ますと視界は暗かった。もっともここが宇宙であり、しかも軽級宇宙巡洋艦TETRA内というある種の密室である以上、昼も夜も関係なく点灯しない限り船内は常に暗いのだが、バスターは自身の体内時計から判断して、今がTETRA内で設定されている連邦標準時でまだ真夜中であることに気づいていた。
 すぐ隣から伝わってくるぬくもりを心地よく感じながら、バスターは右手を上げて頭を掻いた。
「一服でもするか……」
 そう呟き、身を起こそうとして左半身がぎゅっと引っ張られる感覚を覚えた。バスターが右手を伸ばしてベッドサイドの灯りをつけてそちらを向くと、レアナがバスターの左腕にしがみつくように腕を回し、左の肩に頭を載せて眠っていた。
「まったく……」
 口ではそう言いながらもバスターは笑っていた。そのままもう一度横になると、改めてレアナの穏やかな寝顔を見つめた。バスター自身もつい先ほどまではレアナを抱きしめて眠っていたのだから文句は言えない。そもそも、この状況でレアナに文句を言おうなどという気はバスターには微塵もなかったが。
 更に自分達が着ているものを見てみると、バスターは自分のパジャマのズボン、レアナはバスターのパジャマの上を着ていた。二人が身につけているものはそれらが全てだった。
 その現実を顧みて、バスターはどこか気恥ずかしいような気持ちになった。
「俺ってこんなに独占欲が強かったのかな……」
 自分では飄々と生きてきて、何かに執着したりしないほうだと思っていたが、その実、大切なものはそばに置かないと気が済まないタイプだったらしい。その「大切なもの」は今はバスターの隣で寝息を立てている。バスターはそんな自分に思わず苦笑していた。
 特にレアナのパジャマはちゃんとベッド脇にあるのに自分のパジャマを着せているあたり、自分は自身で思っているよりもずっと独占欲が強かったのではないかとバスターは少々思い悩んだ。
 そんなことを思いながらレアナの寝顔を見ているうちに、バスターは自然と空いている右手をレアナの背中に回していた。そうやって彼女を抱き寄せると、その腕には知らず知らずのうちに強く力が込められていた。
「う……ん……」
 急に自分の体を抱く力を強く込められたせいか、レアナがくぐもった声をあげた。そして小さく体を身じろぎさせると、静かに目を開けた。
「あれ……どうしたの? バスター?」
 自分を抱くバスターの表情に何かを感じ取ったのか、レアナは左手を伸ばし、バスターの額にかかった赤い前髪を指に絡めるようにしてそっと額の上に上げた。いつもは幼い印象ばかりが目立つレアナだったが、彼女のその行為にバスターは不意にドキリとし、レアナの青い瞳を見つめた。
「どうしたの? ねれないの?」
「い、いや、そういうわけじゃねえけど……ちょっと目が覚めちまったもんでな」
「そうなの? でも、それならよかった」
 レアナはニコッと笑い、上げた左手を離してバスターの左腕に抱きつき直した。
「不眠症とかだったら大変だもんね」
「まあ、そうだな」
 バスターは自身に身を寄せるレアナの淡い色の髪を撫でながら、彼女に釣られるように笑った。だが、ふと、レアナが笑うと自分はいつも自然と喜びを覚えていることにバスターは気づいた。
(どうして……)
 馬鹿にされたのでもない限り、人が笑っていることで不機嫌になどはならない。それは当り前のことなのだが、レアナの笑顔はバスターにとってこの上なく特別だった。彼女の笑顔を目にするたび、バスターの心の奥底からは嬉しいと思う気持ちがこみ上げていた。
 笑顔だけではない。レアナの、愛しい者の体温をすぐそばで感じるたびに体を走る喜び。レアナと出会うまで知らなかった感情。
(ああ、そうか……)
 バスターはレアナの髪をそっと撫でながら、見えなかった答えに辿り着いていた。
「いつの間にか見つけていたんだな、俺は」
 バスターは心の中で呟いたつもりだったが、知らずのうちにその言葉を口に出していた。
「見つけた? 何を? バスター」
 バスターの言葉を聞いたレアナは不思議そうな表情でバスターを見つめ返した。その青い瞳を捉え、バスターはレアナを優しく抱きしめた。
「俺は見つけたんだ、俺の光を……レアナ、お前という光を」
 抱きしめたレアナの耳元でバスターはそう呟いた。
「たかだか19年しか生きてないのに大げさかもしれないけど、ほんのガキの頃を除けば、俺の行く先は人の心が生んだ闇ばかりだった。けど、その闇の中から俺を照らし出してくれたのはお前なんだよ、レアナ」
 バスターは大切なことは無暗に口にしないと自身で以前に言っていたはずだった。だが、今夜のバスターはレアナへの止められない溢れる想いからか、信じられないほど自分の気持ちに正直なうえ、いささか饒舌になっていた。
 最初はほんの小さなともし火だった。けれど、レアナを意識し愛するようになるうちに、その明かりは大きなかがり火となっていた。レアナはバスターが生きてきた中でようやく、そして初めて出会った、まばゆいばかりの、けれども暖かな光だった。
 バスターが自分にしがみつくレアナの顔を覗き込むと、その頬は朱色に染まっていた。だが、レアナは顔を上げ、バスターの紫色の瞳を見据えた。
「……あたしにとってもバスターは同じだよ。今だってお日様みたいにあったかくて……こんなにやさしいんだもの」
「レアナ……」
「あたし、こうやってバスターと会えたことが本当にうれしいの。もしも会えていなかったら……なんて考えられないし、考えたくもないよ……それくらい、バスターのことが大好きなんだもの」
「俺もだよ。お前が存在しない人生なんて……考えられない」
 バスターはレアナの頬を優しく撫でると、顔を近づけて彼女の唇を自分の唇で塞いだ。レアナの桜色の小さな唇は熱病にかかったように熱かった。
 舌を絡ませ、熱い息を交わし合い、しばらくして唇を離すと、レアナは先ほど以上に顔を赤くしていたが、恥じらいからか、顔を隠すかのようにバッと勢いよくバスターのたくましい胸に抱きついてきた。
「バスター……あたしたち、ずっといっしょだよね?」
 そんなレアナの様子がたまらなく愛しく、バスターはレアナの体をさっきよりも更に強く抱きしめて答えた。
「ああ、もちろんだとも」
「……約束だよ?」
「ああ、約束だ。絶対に破ったりしない……今この場で誓うよ。絶対に、な」
 そうやって二人は抱き合ったままだった。バスターは愛しい者が今この腕の中にある幸福を、レアナは愛する者に抱かれている安らぎを、それぞれ全身で噛みしめていた。
「レアナ……俺はお前を離したりしない」
「バスター……」
 寄り添う二人をベッドサイドで照らす灯りは暖かく、優しかった。それはまるで、この今世ではもちろん、二人が同じ時代、同じ大地に再び一緒に生まれ落ちてまた巡り会っても、二人の約束が破られることは決してないだろうと、遠い未来までも見守っているかのようだった。



あとがき


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