[Present for You]


「ケーキ、おいしかった? バスター?」
 バスターの部屋のベッドの上。パジャマ姿のレアナは彼女の膝に頭を載せて横たわっているバスターの顔を覗き込み、無邪気に尋ねた。
 同じくパジャマ姿なもののボタンを幾つか外して少しラフに着ているバスターは腕を伸ばし、彼の顔を見下ろすレアナの頬に触れると、笑って答えた。
「ああ、美味かったぜ」
「それならよかった」
「お前とクリエイタが作ってくれたんだよな。前に約束してくれたもんな、俺の誕生日には特製ケーキを作ってくれるって。ま、クリエイタっていう指南役がいるんだからそもそも失敗するはずはないけど……お前の腕前も上達したってことかな?」
「やだなあ、もう」
 レアナは笑いながら膝の上のバスターの赤い髪をさらさらと撫でた。そうやって見つめあう二人の姿は、幸福そのものだった。

 西暦2521年7月に入ってすぐの日。この日にはTETRA内で「バスターの誕生日」というちょっとしたイベントがあった。地球上への再降下は時間の問題というところまでTETRA内の食料問題が深刻化していたため、小さめのバースデーケーキ以外は大したご馳走と言えるものは作れなかったが、それでも単調になりがちなTETRA内の日常の中では特別なイベントであったし、仲間達が心から自分の誕生日を祝ってくれたことは、バスターにとって嬉しい出来事だった。バスターは19年間生きてきたが、こんなにも嬉しい誕生日は初めてだったのではないかと思ったほどだった。

「お前の腕前ももちろんあるんだろうけど、ケーキなんて豪勢な菓子も久しぶりだったから、余計に美味かったのかもな」
 バスターがそう言うと、レアナは少し困ったような顔をしたが、思い切ったように口を開いた。
「あのね、艦長は黙ってろって言ってたんだけど、本当はね……」
「『ケーキを作ってやれ』って言ってくれたのは艦長だってことだろう?」
「……え!? バスター、気づいてたの!?」
「お前やガイのときだってそうだったんだ。すぐに気づくに決まってるだろう?」
「そういえば、そうだけど……」
「それに艦長の性格を考えたって分かることさ」
「……そうだね。艦長は厳しいけど……このTETRAのお父さんみたいな人だもんね」
 レアナはニコッと笑い、バスターの髪をもう一度撫でた。
「ガイがくれたプレゼントも、可愛かったね」
「ああ、そうだな」
 バスターは手を伸ばし、ベッド脇のサイドテーブルに置いてあった小さな模型を手に取った。それはバスターが駆る青いシルバーガン1号機のミニチュアだった。ガイのお手製で、メカに精通した彼が作っただけあって小さいながらも精巧に出来ており、翼を動かすこともコクピットを開くことも出来るほどだった。
「あたしのときはちっちゃいクリエイタをくれたんだよね」
 バスターがミニシルバーガンをいじるのを見ていたレアナが、誕生日の思い出を懐かしそうに語った。
「そうだったな。お前が前に見せてくれたやつだろう?」
「うん」
 レアナは笑って嬉しそうに頷いた。
「バスターがくれた指輪もきれいだよね、ほら」
 レアナはそう言って左手をバスターの目の前にかざした。それはレアナの誕生日にバスターがプレゼントとして渡した指輪だった。特に謀った訳でもなかったのだが、ぴったり合う指が左手の薬指であったため、バスターがすっかり気恥ずかしくなってしまったものだった。
 だが、レアナとあの時以上に深い仲になった今では、レアナの左手の薬指にこの指輪がはまったことは、確実に嬉しい事実となっていた。
「あれからずっとはめてくれてるんだろう?」
 レアナと共に夜を過ごすようになってから、彼女の左手には常に見覚えのある指輪が光っていることに気づいてはいたが、改めて確認するかのようにバスターは尋ねた。
「うん。いつもはグローブで隠れるから他のみんなは気づいてないみたいだけど……あたしとバスターとのひみつだね」
「いや、そうでもないかもしれないぜ?」
「そう?」
 不思議そうな顔をしたレアナに対し、バスターは口元を緩めた。
「艦長は鋭いし、クリエイタも細かいことによく気がつくほうだしな。ガイは……まあ、大丈夫か」
「バスターったら」
 バスターの言葉に釣られてレアナもクスッと笑った。
「けど……ありがとうな。そんな風に大事にしてもらえているのなら、俺は本当に嬉しいよ」
 バスターは先ほどよりも優しい笑みを見せ、レアナの左手を握った。
「バスター……ううん、あたしこそ、こんなすてきなものをもらえて幸せだよ」
 レアナは上半身を曲げて屈みこみ、バスターの額にキスを落とした。これまでレアナはバスターが彼女にすることに抵抗したことなどなかったが、逆にレアナのほうからそんな行為をすることもなかったので、バスターは少なからず驚いた。
「なんだ? 今日はやけに大胆だな?」
 冗談めかしてバスターがそう言うと、レアナは顔を赤くして唇を押さえた。
「きょ、今日は特別な日だからだよ……!?」
 その様子があまりにも可愛く、バスターはニッと笑うと弾みをつけて上半身を起こした。
「そうか。じゃあ……こうしてもいいよな?」
 そう言った次の瞬間、バスターはレアナを抱きしめて押し倒し、唇を塞いでいた。このままでは息が出来なくなるのではないかというほどの時間を経て、バスターはレアナをようやく解放した。身を起こしたレアナは先ほど以上に顔を真っ赤にして唇を押さえていたが、やがて聞こえるか聞こえないかというほどの小声で呟いた。
「バ……ち」
「?」
「バスターの……えっち」
 その様は先ほど以上に可愛らしかったが、バスターは必死に自分の理性に働きかけ、レアナの肩にポンと手をおいた。
「お……おいおい。これくらいで『えっち』なのかよ? そりゃ、いきなり押し倒したりしたのは悪かったかもしれないけど、キスくらい、いつもなら当たり前……」
「だ、だって……そんなこと言ったって……急にあんな風にするなんて……」
 真っ赤なままのレアナから顔を逸らすと、バスターは髪をがしがしと掻きながら軽口っぽく言った。
「参ったなー。俺、これじゃあ、お前に甘えられないじゃねえか」
「え……? 甘える……って、何を……?」
 レアナがそう言うや否や、バスターは彼女の腕を引っ張って耳元にすっと口を近づ、小声でなにやら呟いた。すると、レアナの顔がこれまで以上にボッと火が点いたように赤くなった。
「バ、バスター……そんな、えっと……」
「ダメか?」
 レアナはほんの少しの間、俯いてもじもじとしていたが、ゆっくりと顔を上げて返答した。
「……う、ううん……いい……よ?」
 レアナがこくりと頷くと、バスターは彼女を抱きしめ、スタンドランプの淡い明かりだけを残し、部屋の照明を消した。バスターの腕の中でレアナはまだ恥ずかしげな表情を浮かべていたが、バスターにとっては何よりも愛らしいものだった。
 そんなレアナにバスターがもう一度口づけを落とそうとした時、レアナが不意に片手を上げ、バスターの頬に触れてきた。
「……どうした?」
「バスター……」
 レアナは手を下ろすとそのままバスターの胸に顔を近づけ、両手を当てて体を寄せてきた。そして、小さな声で少し恥ずかしげながらも、嬉しそうにこう呟いた。
「生まれてきてくれて……ありがとうね。バスターと出会えて、こうして一緒にいられて……あたしは本当にうれしいし……幸せだもの。バスターがいない世界なんて……考えられないよ」
 レアナのその言葉に、バスターは何も言えなかった。ただ、今こうして互いの呼吸や体温を感じられるほどすぐそばにいる少女が、たまらなく愛しかった。
「まいったな……」
 ようやく絞り出した言葉には、レアナの言葉への照れと、それ以上のレアナへの愛しさが詰まっていた。
「レアナ……」
 バスターはレアナの名前をささやくと、彼女の唇に唇を重ねた。今度はレアナも何も抵抗しなかった。息が止まるのではないかというほどの時間、二人はそうしていたが、やがてバスターが唇を離すと、レアナはほんのりと頬を赤らめて微笑んでいた。そんなレアナの様子は先ほど以上に愛おしかった。
 バスターはレアナをより一層強く抱きしめた。レアナもバスターの胸にぴったりと寄り添い、二人の鼓動は共鳴し合っていた。
「ありがとう……俺も、お前がそばにいてくれるだけで……それだけで……他は何もいらねえよ……」
 レアナが何の裏心もなく示してくれた自分への愛の言葉のひとつひとつに胸が詰まり、日頃の雄弁な様はどこかへ消えてしまっていたバスターだったが、ようやく絞り出したその言葉にはレアナへの想いの全てが込められていた。同時に、レアナという存在が自分の腕の中に今こうして在るという奇跡に、ただひたすらバスターの心は震えていた。西暦2521年、バスターにとって最高の誕生日となった夜だった。



あとがき


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