[「弟」の視線]


 TETRA内の医務室にやって来たガイは、扉を開けるなり先客がいることに気付いた。
「レアナ? どうしたんだよ?」
 レアナは右の手の甲に塗り薬を塗布されており、そこにクリエイタが冷却剤も兼ねた保護パッドを貼ろうとしているところだった。
「あ、ガイ」
 ガイの声にレアナは振り向き、クリエイタも保護パッドを貼りながら顔を上げた。
「ハイ。コレデイイデショウ。アシタニハ クスリノコウヨウデ ヨクナッテイルト オモイマスヨ」
「ありがとう、クリエイタ」
 レアナは引っ込めた右手を軽くさすりながら、ガイのほうに向き直った。
「お昼の準備を手伝ってたら、ポットのお湯をこぼしちゃって……ちょっとやけどしちゃったの」
「え!? 大丈夫なのか?」
「うん。やけどしたときにすぐに冷やしたし、明日には治るだろうってクリエイタもいま言ってくれたしね。心配かけてごめんね」
「俺様に謝ることじゃねえよ。ともかく、大事に至らなくてよかったぜ」
 ガイはそう言いながら、レアナが座っているのと同じ形のもう一つの患者用の椅子にどかっと座りこんだ。
「それに俺様より、バスターのほうがよっぽど心配するだろうしな」
 レアナはその名前を聞いた瞬間、ほんのりと顔を赤らめた。
「そ、そうかなあ……?」
「そりゃそうだって。お前のことをいちばんに思ってるのはバスターなんだからな」
「お、おおげさだよ……!」
 さっきよりも顔を赤くしてレアナは反論したが、ガイはニヤッと黙って笑って返した。レアナは所在なげに右手をさすっていたが、不意に思い出したようにガイに尋ねた。
「そういえばガイはどうしたの? お腹でもこわしたの?」
「そんなことあるかよ、ガキじゃあるまいし」
 まったく、こういうところは未だに子供だよな……ガイは心中でレアナの反応を微笑ましく思った。
「シルバーガンの整備をしてたら、ちょっと足場が滑ってとっさに腕をぶつけちまってな。ただの打ち身だろうけど、念のために診てくれよ、クリエイタ」
「ハイ。ワカリマシタ」
 クリエイタの言葉にガイがジャケットの袖をめくって左腕を差し出すと、手首に近い背側の部分がまだらに青く変色していた。それはガイの言葉からレアナが想像していた以上の状態だったので、レアナは驚きに近い声を思わずあげていた。
「うわ……痛そうだね」
 横で見ていたレアナが口調どころか表情まで痛みに耐えているような様になったので、ガイは思わず笑ってしまった。
「これくらいなんでもねえさ。ただ、ほっといて後々まで響くのは面倒だからな。クリエイタ、ちゃっちゃと処置してくれねえか?」
「リョウカイデス」
 レアナとガイのやり取りをニコニコして聞いていたクリエイタだったが、ガイの怪我を確かに打ち身だと診断すると、薬品棚から薬効成分を含んだ治療パッドを迷うことなく的確に選んで持ってきて患部に貼り付け、パッドを固定する包帯を巻いた。
「トリアエズ コレデイイデショウ。アシタニナッタラ パッドヲトリカエレバ ソレデナオルデショウ」
「サンキュー、クリエイタ」
「ドウイタシマシテ」
「よかったね、ガイ」
 レアナは自分のやけどのことをすっかり忘れて安心したように笑った。それを見て、ジャケットの袖を元に戻しながら、ガイも釣られて笑っていた。
「お前のやけどもな。後でバスターをちゃんと安心させてやれよ」
「もう。やだな、ガイったら」
 レアナは笑ったまま返答したが、レアナとガイの様子を見ていたクリエイタが間を見てそっと口を挟んできた。
「フタリトモ ダイジョウブデスネ。ワタシハ チュウショクノジュンビヲ サイカイシマスノデ」
「おっと、そうだったな。時間取らせて悪かったな、クリエイタ」
「イエイエ」
「あ、あたしも手伝うよ」
 そのレアナの発言に、ガイはパッドが貼られたレアナの右手を指差して制した。
「お前は今日はやめとけって。またやけどしたらどうするんだよ?」
「でも……」
「クリエイタ、ここか?……レアナ? その右手どうしたんだよ!?」
 レアナとガイが押し問答をしていたちょうどその時、昼食の時刻をとうに過ぎても食堂にクリエイタがいなかったため、バスターがクリエイタを探して医務室に入って来た。もっとも医務室を訪ねて来たのはクリエイタのことだけでなく、先ほどまで一緒に整備作業をしていたガイが腕を打って医務室に行ってくると告げていたことも、バスターの頭にあったからだろう。
 だが室内を見渡すと同時にレアナの右手に気付いたバスターは驚いて彼女に駆け寄り、パッドで保護された右手を見つめた。
「お昼ごはんの手伝いをしてたらやけどしちゃって……だからお昼の時間も遅くなっちゃってるの。ごめんなさい」
「そんなことより、大丈夫なのか? ちゃんと診てもらったんだろうな?」
「うん。クリエイタが診てくれたんだからだいじょうぶだよ」
「そうか……」
 バスターのその様子があまりにも自分が予想していた想像図とぴったりだったので、傍らで二人のやり取りを見ていたガイはククッと笑いを漏らしていた。
「な? 俺様が言った通りだっただろう? お前のことはバスターがいちばん心配するって」
「な、なな、何言ってんだ、お前は……!」
 ガイの言葉に含まれている意味を読みとったバスターはみるみるうちに顔を赤くして反論したが、普段の冷静さを欠いているためか、大した迫力はなかった。見れば、黙ったままのレアナもすっかり顔を赤くしていた。
「デハ ワタシハ ショクドウニ モドリマスノデ」
 3人のやり取りを全て見ていたにも関わらず常に平常心のクリエイタは笑顔を顔のモニターに映してそう言い残すと、すっと部屋から出ていった。ガイも椅子から立ち上がり、赤くなって固まったままのバスターとレアナにひらひらと手を振った。
「じゃあ、俺様も食堂へ行くとするか。お前らも頃合になったら来いよ」
 そう言い残してガイが出ていこうとした時、バスターがハッと何かに気付いたような顔をした。
「そういえばガイ、お前の腕は大丈夫だったのか?」
「ああ。ただの打ち身だってよ」
「そうか……よかったな」
 さっきのレアナに対する一連の態度には負けるとはいえ、バスターはガイの返答にもホッとしたようだった。バスターは人の情の分からない冷血な人間などではないし、ガイのこともかけがえのない仲間だと思ってくれているのだということを、ガイはこの一年間で学んでいた。だからこそ、バスターとレアナのやり取りを見ていても微笑ましい気分になっていたのかもしれないななどと思いながら、ガイは席を立った。
「俺様は頑丈に出来てるからな。それよりレアナをもっと心配してやれよな、バスター?」
 医務室を出る折にガイは笑ってそう言い残した。扉が閉まる瞬間に室内を振り返ったガイは、バスターとレアナが相変わらず顔を赤くしながらも、レアナの右手をバスターが手に取り、彼女をそっと抱き寄せている姿を目にした。
「まったく、素直じゃねえ兄貴と子供っぽい姉貴を持つと苦労するもんだぜ」
 ガイはそう呟き、知ってか知らずか口元には笑みが浮かんでいた。その口調は冗談めいていたが、二人の「兄」と「姉」の幸福をガイが心から祈っていることは、間違いなく確かな思いだった。



あとがき


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