[Sleeping Beauty]


 暗い部屋の中で、レアナはふと目を覚ました。今が何時なのかを確かめようとベッドサイドに据えられている時計を見ようとしたが、身をよじろうとして体の動きを阻まれた。レアナがパチパチとまばたきをして薄暗い中で目を凝らすと、すぐ目の前にバスターの顔があった。
(あ、そうか……)
 レアナはバスターの腕の中にすっぽりと収まっていることに気づいた。もっとも、それはいつものことなので、レアナは体が自由に動かなかったことにもすぐに納得した。
(あたし、ぬいぐるみになっちゃったみたい)
 バスターはいつもレアナを抱き寄せて眠っていた。ちょうどレアナを抱き枕にでもしているかのように。それでも、レアナはそれを嫌だとはまるで思わなかった。嫌どころか、裸の細い足を彼女のほうから無意識のうちにバスターの足に絡めているほどだった。
 そんな按配なので体は大きく動かせなかったが、腕はかろうじて動かせたので、レアナは右手を伸ばしてそっと目前のバスターの赤い前髪を軽くつまんだ。だが、バスターが起きそうな気配はまるで感じられなかった。
(……起こしちゃわるいよね、やっぱり)
 そう考えてレアナは指を離し、バスターの寝顔を見つめた。警戒心もなく穏やかに眠っているその顔を見ているうちに、レアナは幸福な気持ちになっていた。自然とよりバスターのほうへ身を寄せて、心音を確かめるかのように、レアナはバスターの肌も露わな胸に顔をうずめた。
「ん……」
 バスターがくぐもった声を漏らしたため、レアナはバスターの胸から顔を上げ、彼の顔へ視線を向けた。バスターは何度か目をまたたかせると、自分を見つめるレアナと目を合わせた。
「……どうした? なにかあったのか?」
 レアナは起こしてしまったことに罪悪感を、けれども起きてくれたことに嬉しさを、それぞれ同時に感じながら、首を振って返答した。
「ううん、なんでもないよ。ちょっと目がさめちゃっただけなの……ごめんなさい」
「謝ることはねえよ。今、何時だ?」
 バスターはそう言って頭を上げ、先ほどレアナが確かめようとして確かめられなかった時計に目をやった。連邦標準時刻に合わせられたままのその時計は午前4時を指していた。
「4時か……起きるにはまだ早いな」
 そう言いながらもバスターは身を起こして手近に放ってあった寝巻きの上を羽織り、ベッドサイドのライトを点けてヘッドボードにもたれかかった。レアナもパジャマを纏った上体を起こし、剥き出しの足を組んでバスターの隣に座った。
「ごめんね、こんな時間に起こしちゃって」
「気にするなよ。そのうちまた眠くなったら寝ればいいだけの話だ」
「……こうしていてもいい?」
 レアナはさっきのように、バスターの裸の胸に寄りかかり、ボタンを外したまま肩に掛けられているだけの彼のパジャマの端を握った。バスターは特に異も唱えず、レアナの背中に手を回したが、不意に言葉をこぼした。
「ああ……そういうことか」
「なに? どうしたの?」
 不思議そうに尋ねるレアナに対し、バスターは彼女の髪をすくいあげながら、くくっと笑って答えた。
「俺が目が覚めた原因だよ。お前の髪が胸に直に触れてくすぐったかったんだ」
「え!?……やっぱり、あたしが起こしちゃったんだね。ごめんなさい」
 驚いてバスターから身を離してしゅんとなってしまったレアナを慰めるように、バスターは彼女の頭を撫でて体を引き寄せた。
「だから気にするなって。ちょうど眠りも浅かったんだろうしな」
「うん……」
 バスターもレアナもそれ以上は何も言わず身を寄せ合っていたが、その沈黙を破るかのごとく、バスターがふと口を開いた。
「なあ、俺が寝ている時の癖、いつ気づいたんだ?」
「え?」
「いや、だから、その……お前のことを抱きしめて寝ているってことにだよ」
 バスターはかなり恥ずかしげな表情で、照れ隠しなのか髪をしきりにかき上げていた。レアナはそんな様子にくすっと笑い、バスターの胸に顔を寄せたまま答えた。
「前にも2回くらい、夜中に目が覚めたことがあったの。そしたらいっつも、あたし抱っこされてるから……それでだよ」
「そうか……窮屈な思いさせちまって悪かったな。ただ、お前が横にいると思うと……自然とああなっちまっているんだ」
 バスターは更に顔を赤らめて告白した。だがレアナは頭を振り、目を閉じて返した。
「ううん。あたしもうれしいもん。それに……」
「それに?」
「……バスターといっしょだと、あったかいから。だから、ぜんぜんかまわないよ」
「そ、そうか……」
 バスターの顔は赤いままだったが、レアナの背中に回した手に力が籠るのがレアナにも分かった。
「お前のことを抱きついてくるのが好きみたいに言っておいて、これじゃ俺のほうがよっぽどひっつき虫だよな」
「でも、あたしはイヤじゃないよ、ちっとも」
「そんなこと言うと、俺はエスカレートするかもしれねえぞ?」
 バスターのおどけたような言葉を理解した瞬間、レアナもまた顔を赤らめたが、彼から離れようとはしなかった。
「そ、そんな……いじわるなんだから、もう」
「冗談だよ。またお前が口を滑らせてガイに知られたりしたらたまらねえしな」
「あ、あれは……! え、えっと……うん……」
 つい先日、自分がうっかり口を滑らせたためにガイに二人の秘密の一端を知られてしまったことを思い出し、レアナはますます顔を赤くして口ごもった。
「けど、ガイはそんなこと言いふらすような奴じゃないしな。言いふらすったって、艦長とクリエイタしかいねえけど」
「うん。でも……ガイも、艦長も、クリエイタも……みんないい人だよね」
「ああ。この船に乗ってる連中がみんな気持ちのいい奴で良かったって、本当に思うぜ。そうじゃなかったら……この一年近く、耐えられなかったかもしれねえしな」
「……あたしもだよ……でもね」
 レアナはバスターの胸から少しだけ頭を離し、バスターの顔を見上げた。
「……バスターがいてくれたことが、いちばんうれしいな」
 微笑みながらレアナはそう告げた。バスターはしばしレアナの笑顔を見つめていたが、何も言わないまま、レアナを再び抱き寄せた。レアナも満足した表情で、バスターの胸に寄りかかった。
 しばらくの間、二人はそのままだったが、いつしか静かな呼吸音が響き始めた。バスターが見下ろすと、レアナが彼にもたれたまま寝息を立てていた。その表情は先ほど彼に笑いかけたときのままだった。
 バスターはふっと笑みをこぼしながら体を滑らせ、片腕にレアナを抱いたまま横になった。もう片方の腕を伸ばしてスタンドライトを消す前に、バスターはレアナの寝顔を見つめて小さな声で囁いた。
「……俺もお前がこうやってそばにいてくれるってことに……どれだけ感謝しても足りないぜ、レアナ」
 レアナはその声に気づいた風もなく眠ったままだったが、バスターはそれで構わなかった。ライトも消えて再び暗くなった部屋の中で、バスターもまた眠りに落ちていった。ほんの数十分前と同じように、二人は寄り添いあい、互いの体温と――そして想いを――分かち合っていた。



あとがき


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