[家族たる盟友]


「バスター、今日は妙にご機嫌だな」
 無重力の宇宙空間では筋肉や骨格の衰えを防止するのは必須事項であり、それゆえに地球軌道上を回っているTETRA内でも日課となっている筋力トレーニングの合間の休憩時、ガイはバスターにそう言って声をかけた。
「え? 俺がか?」
 タオルで汗を拭っていたバスターは、少し意外そうな顔をガイに向けた。
「ああ。なーんか、朝から嬉しそうな顔をしてるって言うか……レアナと何かあったのか?」
「な、なに言ってんだ、お前は」
 悪戯めいて笑うガイを尻目に、バスターは努めて平静に振る舞おうとしていたが、焦ったような口調や朱に染まった頬から、バスターの動揺は明らかだった。バスターは普段は笑顔の仮面を被って本心を隠してポーカーフェースを装っている。しかしだからこそ、その仮面の隙間から時たま漏れるこんな口調や顔の変化は、1年近くを共に過ごした者ならば――たとえそれが相手の態度に無頓着な性質のガイであっても――「レアナと何かあった」と確信させるにはじゅうぶんだった。ガイはニヤッと口元を緩め、大げさにかぶりを振った。
「へいへい、ごちそうさまだな」
「だから! 別にそういう訳じゃ……!」
 めずらしく分かりやすく感情を表に出すバスターの様子に、ガイはそれがますます面白くて仕方がなかった。
「へえ、じゃあどういう訳なんだよ?」
 バスターは観念したようにため息を一つつくと、手近な床にあぐらをかいて座った。
「……一年前に、俺がお前に五十嵐長官のことを聞いたの、覚えてるか?」
「親父のこと?」
「長官がもし汚職に関わっていたらどうするって言ったんだよ」
「な……あ、ああ、思い出したぜ。なんでそんなあり得ないことを聞くんだって頭来たしな」
「あのときは変なこと聞いてすまなかったな」
「いや、俺様だって今まで忘れてたんだし、別に謝ることねえよ。それより、それが今のお前に何の関係があるってんだ?」
 バスターはこころなしか視線を下に落とし、半ば呟くように答えた。
「俺の父親は……汚職どころか、それに絡んでレアナの両親が殺された事件に関わっていたんだ」
「な……!」
 まったく予想もしていなかったバスターの告白に、ガイは思わず声を失った。
 ガイの反応は予想していたのか、バスターは特にガイのほうを見ようともせず、下を向いたまま、言葉を続けた。
「俺はその真実をレアナに伝えるべきか迷ったよ……色んなことが怖くてな。でも結局レアナには隠しきれなくて、全部言っちまった。けど……」
 一呼吸を置いてバスターは口を開いた。
「あいつは俺を許してくれたんだ。俺は何も悪くないってな。格好悪い話だが……俺はそのとき、泣きそうになってたよ」
 ガイは何も言わず、下を向いたままのバスターを見つめ続けていた。バスターとレアナの仲が親密で今は寝起きすら共にしていることはついこの前に知って驚いたものだったが、出会って間もなかった一年前から既に二人は惹かれあっていたのだという事実を、胸中で再確認していた。
「……でもよ、それは一年も前の話だろ? 今のお前とどう関わってるんだ?」
 ようやく口を開いたガイの問いに、バスターは目線をガイのほうへ移した。
「……ゆうべ、夢に父親が出てきたんだ。そして……信じられねえけど、夢の中で俺は子供になっていて、親父が死んだことを悲しんで泣いていたんだ……最低の父親なのにな」
 バスターは握っていたドリンクケースから水を一口飲み、更に続けた。
「それで俺は傍から見るとうなされていたらしい。レアナがそう言ってたからな。そのレアナに……俺はまた救われたんだ。一年前と同じくな」
 バスターはそこまで言うと口を閉じたが、ガイはそれ以上は追及はしなかった。バスターにとってレアナがどれだけ大きな存在であり、大切な対象であるかは、もうじゅうぶん分かっていたからだった。
「なるほどな。けどまあ……レアナがいてくれて良かったぜ」
 ガイは再びニッと笑った。
「俺様じゃあ、レアナの代わりにはなれねえからな」
 ガイの言葉に、バスターはぷっと吹き出した。
「そりゃそうだ。レアナがお前と万事同じ調子だったら、俺の繊細な神経が耐えられねえよ」
「おいおい、そんなこと自分で言うかあ?」
「本当のことなんだから仕方ないだろう? 第一、お前は男だろうが。男同士で薔薇の道を歩けってのか? 俺はごめんだぜ」
 ガイはすっかりいつもの口調に戻ったバスターと軽口を叩き、お互いに笑いあった。
「ま、この前も言ったけどよ、レアナをせいぜい大切にしてやれよな」
 バスターはまた少し顔を赤くしたが、ふっと笑って答えた。
「ああ、言われるまでもねえさ、そんなこと」
「そうだったな、悪りぃ悪りぃ」
 バスターの肩をぽんぽんと叩きながら、ガイも笑い返した。

 最初に顔を会わせたときは多少いけすかないとも思ったが、今ではガイとは実の兄弟同然の親友となったバスター。そしてガイにとって時には姉のようであり時には妹のようでもあるレアナ。そんなバスターとレアナがこの状況下でささやかな、けれども確かな幸せを見つけ出したことは、やはりガイにとっては自分のことのように嬉しく思えていた。TETRAという船の中の家族の幸福は、ガイにとっても幸福であったのだから。



あとがき


BACK
inserted by FC2 system