[Coffee Time]


「お?レアナ、お前ひとりか?」
 もはやほとんど休憩室と化したブリーフィングルームに足を踏み入れ、ガイはレアナに声をかけた。レアナは備えつけの椅子にのんびりとした様子で腰を下ろし、温かなココアを飲んでいた。
「うん。でも、さっきまでバスターもいたよ。最近体がなまってるからトレーニングルームに行くって言って、先に出てったの」
「へえ……そういや、俺様も随分なまっちまってるな。後で行くか」
 自前のカップにコーヒーパウダーとお湯を注ぎ、クリームと砂糖をかき混ぜながら、ガイは呟いた。
 TETRAが衛星軌道上に退避して食料を厳重な管理下に置くことになってからも、コーヒーや紅茶といった嗜好品は度を越さないという条件付きで自由に飲めるようになっていた。そこまで制限してしまってはクルー達の精神衛生に影響を及ぼすとテンガイが判断したからだった。幸い、嗜好品も食料と同様に多めに積みこまれていたため、無駄遣いしなければ1年は持つだろう量があった。
 熱いコーヒーカップに気を配りながらガイが適当な椅子に座ると、レアナの手前のテーブルに見慣れた空のカップが置いてあるのが目に付いた。テンガイは自前の酒を飲む代わりにコーヒーなどはほとんど飲まないし、ここに立ち寄ることもほとんどない。そうなれば、カップの持ち主は誰でもすぐに気付くことだった。
「なんだよ、バスターのやつ、自分のカップも洗わずに行っちまったか?普段は俺様のカップもついでにって言っても『ボランティア精神はねえぞ』って洗ってもくれねえのによ。勝手だな」
「ちがうの!あたしが『一緒に洗っておくからいいよ』って言ったの!だからバスターが押しつけたわけじゃないの」
 ガイの批判めいた言葉に対し、レアナは慌てたように理由を説明した。ガイはその説明を聞き、思わずにやりと笑った。
「な〜んだ、そうだったのかよ。で?何を『貸し』にされた?」
 面白がるようなガイの問いに対し、レアナは「え?」といった様子で首をかしげた。
「『貸し』って?別になんにも……今度はバスターがあたしのぶんも洗っておいてやるっては言ってくれたけど」
「へ?それだけかよ?あいつ、やっぱり俺様とお前じゃ差別してるよな〜」
「差別って?」
「別に〜。なんでもねえぜ」
「秘密にするなんてずるーい!ねえねえ、なんのこと?この間だって、『男の約束』って教えてくれなかったし」
「『男の約束』を女のお前に教えられるわけねえだろーが」
「そんなのずるいよー!」
 なおも食い下がらないレアナに対し、ガイは頭を抱えるような仕草をした。
「そんなんじゃねえってー!誰にだって秘密の約束とかあるだろーが?お前だって、バスターと何か秘密のこととか持ってるんじゃねーの?」
「え!?え、えっと、あたしは……あの、その、バンダナとか……ううん!何でもない!」
 レアナはみるみると顔を真っ赤にし、頬に手をあてて俯いてしまった。
(ほんっと、分かりやすい奴だよなー、こいつは……)
 レアナの様子に目をやりながら、ガイは内心で呟いた。バンダナがどうとか聞こえたが、これ以上詮索するのは可哀相にもなってきたので、黙ってコーヒーを啜った。
「な?あいつ、お前には甘いのに、俺様には厳しいんだからなー。まったくよお」
「そんなことないよー?さっきだって、あたしがブラックコーヒーはお腹に悪いんだよって言ったのに、ぜんぜん耳を貸してくれないんだもん」
「あいつがブラックが好きなら、それでいいんじゃねえの?」
「よくないよ!いつかお腹こわしちゃっても知らないんだからー!」
 レアナがバスターに忠告をしたのは、彼の身体を思ってのことだろう、それぐらいはガイにだって分かる。ガイは残り少なくなったコーヒーを飲み干すと、呆れたような表情で言葉をこぼした。
「なんか……段々ノロケを聞いてる気分になってきたぜ」
「え?なに?『ノロケ』って?」
「お前とバスターは本っ当、仲がいいなってことだよ」
「な、何言い出すのー!?あたしはバスターだけじゃなくて、ガイとも艦長ともクリエイタとも、みんなと仲良しでいたいよお?だって、そのほうがみんな気持ちいいじゃない。……それに、バスターはたまに優しいときもあるけど、でもからかってくるときもあるし……」
 先ほどにも増して真っ赤になってしまったレアナの様子に、ガイは「そういうのもノロケって言うんだよ」という言葉を胸にしまっておいたままにした。口にしたら、それこそトマトピューレ並にレアナがますます赤くなってうろたえてしまうことは容易に予想出来たからだった。
「でもまあ、俺様とバスターの間に秘密の約束があるように、お前とバスターの間にも秘密の約束があるみたいだしよ。おあいこだろ?」
「うん……それはそうだけど……もう!ガイのいじわる!」
「おいおい、俺様はいつでも博愛精神に満ち溢れているぜ?さてと、休憩も済んだことだし、俺様もトレーニングルームに行くとするか」
 空のコーヒーカップを片手に持つと、ガイは跳ねあがるように立ちあがった。コーヒーカップを洗おうと備えつけの小さめのシンクにガイが足を運ぼうとしたとき、不意にレアナが声をかけた。
「あ、ガイ、ガイのぶんも洗っておくからいいよ。そこに置いておいて」
 振りかえってみると、レアナは両手でそれぞれ自分のカップとバスターが残していったカップを持って立っていた。ガイは遠慮なく、その申し出を受けることにした。
「そうか?なんか悪いな……でも、せっかくだから頼んだぜ!ありがとな!」
 ガイはシンクの縁にカップを置き、ブリーフィングルームを出ていった。多分、さっき言っていたように、バスターが訓練しているトレーニングルームに直行して、バスターをレアナ同様にからかうつもりででもいるのだろう。レアナはシンクに3つのカップを置き、洗いながらぽそりと呟いた。
「もう、本当にガイってば、からかうのが好きなんだから……あたしのほうがいっこだけでもお姉さんなのに……バスターに言いつけちゃおうかな……?」
 カップを洗い終えると、レアナもまた同様にブリーフィングルームを後にした。なお、この日、バスターとガイの間で一悶着があり、テンガイのお説教を食らうはめになったことを記録しておく。



あとがき


BACK
inserted by FC2 system