[確かなる祝福を]


 なんだってんだ? ガイはしきりに頭をひねっていた。

 どうもバスターとレアナの様子がおかしい。ガイがそう気づいたのは今朝の朝食の席だった。食事のとき、バスターとレアナはいつも隣同士に座り、ガイはその向かい側に座る。だから正面にいる二人の様子がすぐにわかるのだが、レアナがなんだかもじもじとしていて、フォークをカチャカチャ言わせていた。
 そんなレアナの様子にバスターも気づいたようで、ガイはてっきりレアナのことをからかうんだろうと思ったのだが、レアナと目があった途端、バスターは顔を逸らしてしまった。しかもバスターまでがもじもじとした様子になってしまった。
 レアナはと言えば、フォークを持ったまま固まってしまい、顔も赤くなっていた。
(……何かあったんだろうな、これは)
 ガイは朝食を口に運びながら内心で呟いた。ガイ自身は恋愛経験は乏しく、いつも懐にしのばせているロケットペンダントに収められたあの少女との思い出くらいなものだったが、それでもバスターとレアナが想い合っている仲であることにはいつ頃からか気づいていた。それがどの程度の関係なのかまでは知らなかったが、さすがにそこまで首を突っ込むのは野暮というものだろうとガイも自重していた。
(俺様は出歯亀になるのはごめんだしな)
 同席しているテンガイは気づいているのか分からなかったが特に二人に注意するでもなく泰然自若としていたし、クリエイタもいつも通りニコニコしているし、ガイはとりあえず目の前の食事を腹に収めることにした。

 朝食の後はクルーはスケジュールに沿った作業をこなす。それはあの運命の日が起こった約1年前から定められていることだった。TETRAの運行軌道のチェック、船内設備の保守点検、シルバーガン各機の整備……そうこうしているうちに午後になり、クルーが自由に時間を使えるフリータイムとなった。
 ガイが日課にしている筋トレのためにトレーニングルームに向かうと、既にバスターがいた。
「よう、精が出るな」
 ガイはいつものように声をかけたが、返事がなかった。怪訝に思ったガイが改めて見てみると、バスターは黙々と、しかし猛烈な勢いでベンチプレスをこなしていた。
「おい、バスター」
 ガイがすぐ横にまで近づいて再度声をかけると、さすがに気づいたバスターがバーベルを持ち上げたまま止まって振り向いた。
「……ああ、ガイか」
「誰だと思ったんだよ。レアナとかか?」
 ガイはほんの軽口のつもりだったのだが、その途端、がちゃり!と大きな音が部屋中に響いた。バスターが持ち上げていたバーベルが滑り落ちて下に設置されていた固定台にぶつかった音だった。
「な……危ねえな〜! おい、バスター! 大丈夫か!?」
 ガイが叫んでバスターのほうに目をやると、当のバスターは腕を伸ばしたまま、固まってしまっていた。が、ぱちぱちと何度か瞬くと、額の汗を拳で拭いながら身を起こした。
「あ、ああ」
 そう答えたものの、バスターは依然として心ここにあらずといった様子だった。
「お前、もう今日はやめておけよ。これ以上危ねえ目に遭ってたらこっちの心臓が持たねえぜ」
「……そうしておくか」
 見かねたガイの言葉に反論もせず、バスターは立ちあがってトレーニングルームを出ていった。
「なんなんだ?……こりゃあ、レアナと何かあったのはますます間違いねえな」
 思い切って問いただして見ればよかったか。ガイはそう思いながら、日課のトレーニングをこなしていった。

 トレーニングを終えたガイが自室に戻って来て入ろうとしたとき、隣室の扉がすっと開いた。見てみると、その部屋の主であるレアナが手に何か抱えて出てきたところだった。
「あ……ガイ、トレーニングはおわったの?」
「おう。ついさっきな」
「あの……バスターも?」
「バスター? バスターならだいぶ前にトレーニングルームから出ていったから、他に用でもなけりゃ自分の部屋にいると思うぜ?」
「そうなの……ありがとう」
 ガイが改めてレアナの手元を見ると、ヘアブラシや整髪剤、理容用のハサミなどが透明なプラスチックの箱に入っているのが分かった。
「どうしたんだ? そんなもん持って」
 ガイが何気なしに尋ねると、レアナは急に頬を赤らめて答えた。
「あ、あの……バスターの髪を切ってあげるって約束したから……」
 そういえばバスターの髪がだいぶ伸びていて、さっきもトレーニングの邪魔にならないように後ろで縛っていたなとガイは思い返した。
「そうか。でも髪を切るくらいでなんでお前、赤くなってるんだ?」
 ガイにしてみれば率直で当然な疑問を投げかけただけだったのだが、レアナはますます顔を赤く染め、うろたえた風になってしまっていた。
「う、うそ!? あたし、赤くなんてなってないよ!」
「いや、だってお前……」
「じゃ、じゃあね!」
 レアナはそう言い残すと、走り出してすぐ横のバスターの部屋に駆け込んでしまった。取り残されたガイはしばし呆然としていたが、ノックもせずに扉を開けて飛び込んだのだからバスターはさぞ驚いたことだろうと気を取り直して思った。
「……やっぱりあいつら、何かあったんだな」
 ケンカした訳ではないことは違いない、ならば……その逆か?とガイは頭を凝らした。
(逆ってことは……二人してあそこまでおかしいし……つまり……そ、そういうことか!?)
 ガイの顔は知らぬ間に耳まで真っ赤になり、思わず首にかけていたタオルでわしゃわしゃと髪を掻きむしっていた。
(お、落ち着け、落ち着け……あいつらだって子供じゃねえんだし。確かバスターが18でレアナが17、いや、俺様が今年で17なんだから、19と18か)
 ガイの脳裏にバスターとレアナの顔が浮かんだ。2歳年上で実際ガイから見ても年齢より大人びて見えるバスターはともかく、ガイより1歳上とは言え子供っぽくて到底年上には見えないレアナのことを考えると、ガイは何やら複雑な心境になった。
(けど、そう考える以外に納得いかねえしなあ……まあ、めでたいこと……だよな)
 ガイははあっとため息をついた。そしてもし自分に兄なり姉なり年上のきょうだいがいて、彼や彼女らが結婚することになったら、弟としてはこういう心境なんだろうかなどと考えていた。

 その日の夕食の後、ガイは通路でバスターを呼びとめた。
「どうした?」
 声をかけられたバスターが振り返ってそう尋ねると、ガイは腕を組んで改まって答えた。
「その、なんだ……よかったな」
「へ?」
「俺様は別に突っ込んだこと訊く気もねえけど……レアナのこと、今まで以上に大事にしてやれよ」
 ガイのその言葉で全て悟ったのか、バスターの顔が一瞬で赤くなった。そうして突っ立ったままのバスターの肩をぽんぽんと軽く叩き、ガイはにっと笑った。ようやく我に返ったバスターはさっぱりと短くなった髪の毛をしきりに掻き上げた。
「……そんなの、当たり前だろうが」
 それだけ言うと、バスターはさっさと歩いていった。
(相変わらずだな……でも、ま、お前らなら大丈夫か)
 去ってゆくバスターの後ろ姿を見つめながら、ガイは戦友の幸せを改めて願っていた。



あとがき


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