[心を包むもの]


 夕食の時間だとレアナがバスターを彼の私室まで呼びにいくと、バスターはベッドにうつ伏せになっていた。
「バスター、どこか具合悪いの?」
「……ひっかかったな」
「え? きゃあ!」
 バスターはうつ伏せのまま左腕を伸ばしてレアナの右腕を掴み、起き上がって彼女を抱き寄せた。
「もう、いっつもいきなりなんだから……どうかしたの?」
 バスターは返答せず、無言のまま、レアナの髪に鼻先をうずめた。

 バスターは最近、こんなふうに前触れなくレアナを抱きしめることが多くなった。レアナと接するとき、包み込むようなと優しさと温かさをバスターは彼女から感じとっていた。そんな類の情とは縁遠く生きてきたバスターにとって、だからこそ、それらは彼が時折レアナの世間知らずで純粋すぎる言動に困惑しながらも、一方で彼女に強く惹かれる一因だった。レアナを抱きしめてしまうのも、彼女の穏やかさやぬくもりを常に感じていたいとバスターが無意識に願っているからだった。
 抱きしめられる側のレアナはと言えば、最初のうちこそ面食らっていたが、これがひねくれ者のバスターの本来の不器用な好意のひとつなのだと気付いてからは、彼のなすがままになっていた。

「お前、結構髪が伸びたな。毎日見てるのに、気付かなかった」
 レアナの細い髪に指を絡ませて梳きながら、バスターはやっと口を開いた。
「毎日だから慣れちゃってたんじゃない?バスターの髪もずいぶん伸びてるよ」
「そうだな、鬱陶しいって言えば鬱陶しいな。前髪くらいだからな、俺が自分でまともに切れるのは」
「あたしが切ってあげようか?」
「お前が? 出来るのかよ?」
 半信半疑のバスターに対し、レアナは少しだけむっとした様子で答えた。
「あたし、自分で髪をそろえてるんだよ?」
「へえ……」
 確かにレアナの髪は伸ばしっぱなしではなく、比較的綺麗に切りそろえられていた。
「失敗して切りすぎると恥ずかしいから、長めに切ってるんだけどね」
「そうか……考えておこう」
「即答はしてくれないんだ?」
「ま、ある意味で大事なことだからな。失敗したら俺が恥ずかしい目に遭っちまう」
「バスターったら、もう」
「……と、ちょっとばかり話し込んじまったな。メシメシっと……」
 抱きしめたままだったレアナを解放すると、バスターは何事もなかったかのように立ち上がった。
「行こうぜ、レアナ」
「あ、う、うん」

「遅いぞ、二人とも」
 食堂へ二人が顔を出すと、大方の予想通り、ガイが文句をぶつけてきた。
「悪い悪い。ちょっとな」
「……ちょっと? ふーん、ま、俺も野暮なことは聞かねえよ。安心しな」
 腕組みをしてニヤニヤ笑うガイに対し、バスターは軽くいなした。
「野暮なことってなんだよ。まったく」
 対してレアナは黙ったままだったが、赤く染まった頬が彼女の内心を代弁していた。
「レアナはわかりやすいなあ。素直がいちばんだぜ」
「野暮はなしって言っただろうが。気にするな、レアナ」
「バスター、ガイ。今は食事の時間なのだがな」
 収まりそうもない若者達のお喋りに、テンガイの大槌が降り下ろされた。怒ってこそいないが、静かながらも迫力満点のテンガイの言葉に、舌論を交わしていたバスターとガイはあっという間に大人しくなった。
「何があったのか知らんが、食事の時間にはなるたけ遅れるな、バスター」
「りょ〜かい」
 何も知らないと言いながらも、テンガイは本当は何もかも知っているのかもしれないなとバスターは思いつつ、テンガイにいつもの調子で敬礼した。
 間もなく夕食がクリエイタの手で運ばれてきた。限りある材料でつましいながらも工夫をこらした夕食は、食堂に温厚な雰囲気をもたらしてくれた。



あとがき


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