[伝いあうぬくもり]


 軽級巡洋艦TETRA内居住区。深夜に目を覚ましたバスターは、ひどく喉が渇いていることに気付いた。あいにく自室の電気ポットの中身が空だったため、食堂まで行って喉の渇きを癒そうとベッドから体のバネを効かせて起き上がった。

 パジャマ姿のまま室内履き用スリッパを引っ掛けて食堂へ向かおうとしたとき、隣の部屋の扉の前に座り込んでいる人影に出くわした。誰あろう、その部屋の主であるレアナだった。自室の扉に寄りかかり、パジャマにお気に入りのひとつであろうぬいぐるみを抱えてうずくまって、足元は裸足だった。さすがに心配になり、バスターはレアナに声をかけた。
「おい、どうしたんだ?」
「え……きゃっ」
 急に声をかけられたレアナはバスターを見上げ、驚きの声を上げた。
「そんな格好でしかも裸足のままでこんなところに座りこんでいたら、体が冷えるだけだぞ」
「……ごめんなさい」
「別に俺に謝る必要はないさ。それより、こんな時間にこんな場所でどうしたんだ?」
 レアナはぬいぐるみに顔を半ばうずめ、曖昧な返答をした。
「うん、ちょっと……バスターは……?」
「喉が渇いちまってな。食堂へ行くところだ」
「そうなんだ……」
 覇気のないレアナの返答に、バスターは放っておけないものを感じた。
「お前も来るか?」
「え……?」
「食堂にだよ。こんなところにいたら、どっちみち風邪ひいちまうぞ」
「うん……」
 レアナはうずめていたぬいぐるみから顔を上げ、どこか不安げな表情で答えた。立ちあがろうとした際にバスターに引っ張られた手も冷たかった。

 自分用のコーヒーと、レアナ用のココアを入れたマグカップを厨房から運んでくると、室内履きこそ履いたものの相変わらずぬいぐるみを抱きしめたまま、レアナは食堂の椅子に頼りなげに座っていた。
「ほら、熱いから気をつけろよ」
「あ、ありがとう、バスター……」
 白い湯気が立つマグカップを受け取りながら、レアナは自分とバスターとのマグカップの中身の違いに気付いた。
「夜中にコーヒーなんか飲んだらねむれなくなるんじゃないの?」
「あいにく、俺はコーヒーも紅茶もいくら飲んでも熟睡できるタチなんでね」
「バスターったら」
 バスターの自信に満ちた返答に、レアナはくすっと笑い、バスターはそれを見逃さなかった。
「やっと笑ったな」
「え?」
「お前、さっきから通夜の席みたいな顔をしてたからな」
 コーヒーを飲みながらバスターがそう言うと、ココアで満たされたカップを傾けていたレアナの手が止まった。
「……この先のことで、急にいろんなことがこわくなったの」
 それだけ言って、レアナはココアを一口飲んだ。

 レアナの持つ様々な危惧――それらが何であるかは、言わずともバスターにはわかった。
 あの運命の日から半年以上、食糧や燃料の枯渇は時間の問題であったし、地球に無事に降りられる可能性はほぼ皆無、何より、自分達クルーの行く末はまるでわからなかった。

 バスターが神妙な面持ちで手元のコーヒーを見つめていると、思ってもいなかった言葉をレアナが口にした。
「だから、バスターに大丈夫って言ってほしかったの」
 バスターが顔を上げると、レアナは真面目な顔でバスターを見つめていた。
「どうして俺に?」
「バスターが自信たっぷりに『大丈夫だ』って言ってくれたら、どんなきびしい状況でも、心細い気持ちもどこかへいっちゃうんだもの。理屈とかむずかしいことはよくわからないけど、あたしにはいつもそうなの」
 理由を聞いたバスターは思わずククッと笑っていた。
「とんだ楽天家に見られたもんだな、俺も」
「ごめんなさい」
「気にするな。実際、そうなんだからな」
 バスターは変わらず笑いながらレアナをなだめた。
「……でもこんな時間だから、いつもならバスターが起きてるはずないじゃない。だから、部屋を出てはみたけどどうしていいかわからなくて、あんなところにすわりこんでたの」
 再度ココアを口にし、レアナは続けた。
「けど、偶然でもこうしてバスターに会えてよかった。すごくうれしい」
「まったくナイスタイミングだよな。だけどお前を安心させられるようなこと、俺はまだ別に言ってないぞ?」
「そんなことないよ。それにバスターとこうやって話していたら、不安なんてどこかへ行っちゃった」
「そうか?」
「うん」
 レアナは満面の笑みを浮かべ、両手で持ったマグカップのココアを飲み干した。
「おいしかった、ごちそうさま」
「どういたしまして」
 バスターがかしこまってそう返答すると、二人は顔を見合わせて笑った。

「バスター」
「ん? なんだ?」
 マグカップを片づけたあと、バスターのパジャマの袖を引っ張り、レアナは改まって感謝の意を言葉にした。
「……ありがとう」
「眠れそうか?」
「うん」
 あいづちをうつレアナの表情は明るく、バスターはフッと笑った。
「また怖くなったら、夜中でもなんでも俺のところへ来ればいい。遠慮なんてする必要ないぞ」
「え?」
「夜中に起こされるより、お前が辛い思いをしているのにのうのうと寝ているほうが、何と言うか、ずっと心苦しくて自分を許せないんだからな、俺にしてみれば」
「バスター……」
 バスターを見上げるレアナの瞳には、「ありがとう」の代わりに大きな涙の粒が浮かんだ。バスターは無言で、けれど優しい表情で、指で涙をぬぐってやった。
「本当、泣き虫だよな。お前は」
 レアナの涙が収まると、バスターは彼女の手を握り、二人は食堂を後にした。握られたレアナの手も、今はもう温かかった。
 食堂には、コーヒーとココアの香りが混じり合ってかすかに残っていた。



あとがき


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