[陽だまり]
「……それでね、あたし、クリエイタといっしょに転んじゃうところだったの」
「そりゃまるで、いつかのガイだな。危機一髪ってところか」
ははっとバスターは笑い、正面に座っているレアナを見た。そのレアナも「そうだね」とクスクスと笑っていた。
夕食も済ませ、その夜はTETRA内の食堂に特に何か用があった訳でもなかった。だが、ふとバスターが食堂を覗き込むと、レアナがテーブルに頬杖をついている姿が目に入った。
放っておくべきか、それとも声をかけるべきか……バスターは一瞬ためらったが、相手がレアナということもあり、結局そのまま放っておくことは出来なかった。
「レアナ? どうかしたのか?」
バスターがさりげなさを装って言葉をかけると、レアナは驚いた表情で振り返った。しかし、声を掛けた主がバスターだと分かった途端、ほっと表情を崩した。
「なあんだ、バスターだったの。びっくりしたじゃない」
「ああ、そりゃ悪かったな。こんな時間にここに一人でいるから、どうかしたのかと思ってな」
「うん、べつに理由はないんだけど……じぶんの部屋に一人でいると、なんだかさびしいときがあって……だから、今日もちょっとね」
「そうか。まあ、そういうときもあるよな」
レアナはそう答えると、ほんの少し寂しそうに笑った。バスターは食堂の備え付けの椅子を動かし、レアナの正面に座った。
「ま、俺でよければ話し相手くらいにはなってやるよ。さて、バスターおにいさんに話してみなさい」
バスターのおどけた口調に、ついレアナは吹き出し、けらけらと笑った。
「なんだよ、そんなにおかしかったか?」
「ごめん。でもバスターがそんなふうに言うなんて……すごい不意打ちだよ」
レアナはうっすらと目元に滲んだ涙を指で拭った。
レアナがバスターに話す内容は、たわいないものばかりだった。クリエイタにつまづいて転びかけたことや、調理の手伝いをしていたガイが調味料を間違えたもののなんとかごまかしたことなど。
それでもそれらのどうといった大事でない事象を話すとき、レアナはころころとよく笑った。バスターもレアナほどではなかったが、笑みが自然と顔に浮かんでいた。
そんな調子でレアナの話を聞きながら、バスターはいつの間にか、今までの自分の半生を振り返っていた。こんなどうということもない日常のことで、ここまで穏やかになれるときが、今までの自分にはあっただろうかと。
人間関係でもそうだった。家を飛び出して以来、人の汚い部分を嫌と言うほど見せられて人間不信に陥ってしまったバスターには、心からの友人というものがいなかった。とは言え孤立していた訳ではなく、士官学校やそれ以外の場所でも、適度に飄々と友人関係を作っていた。だが、その影では他者を信じられない、他でもない自分自身に、バスターは不信を抱いていた。
それが、このTETRAに配属されてから、バスターを取り巻く人間模様は一変した。
例えばガイ。バスターよりも2歳も年下であるし、性格もまるで正反対だが、隠し事などまるでなく熱血一直線の彼と付き合ううちに、バスターは初めて親友という存在を持てた気がした。
テンガイに対しては、TETRA配属以前から、歴戦の勇士として尊敬の念を抱いており、それは今も変わらないが、まるで父親のようだと思うようにもなった。実の家族と縁遠い人生を歩んできたバスターにとって、テンガイは理想の父親なのかもしれなかった。
クリエイタも、彼が初めて人間的な感情を持たされたロボノイドということもあるのだろうが、バスターをはじめとしてTETRAクルーは彼を「人間に仕えるロボノイド」などといった対象で見たことはなく、同等のクルーとして扱い、信頼を深めてきた。皆、バスターが心のどこかで渇望しながらようやく存在ばかりだった。
そして他の誰でもないレアナ。彼女の存在はバスターにとって、何よりも大きなものになっていた。大きすぎると言っても過言ではなかった。世間で擦れたバスターとは何もかも異なるようでいて、理由は違えど、よく似た境遇を共有している。そんなレアナがバスターと惹かれあっているのは、一見すると不思議なことであるかもしれないが、見方を変えればごく自然なことであったのだ。暗い裏世界で生きてきたバスターには、レアナとの出会いはやわらかな光との邂逅だったと言っても過言ではなかった。
「……? どしたの、バスター? 急にだまりこんじゃって」
レアナの声で、考え込んでいたバスターは我に返った。
「いや、なんでもねえよ」
「そう? なんだかむずかしそうな顔してたけど……だいじょうぶ?」
「大丈夫さ。何も心配することなんてねえさ」
バスターは腕を伸ばし、向かいに座るレアナの横髪と頬に掌をあてた。サラサラの髪と温かな頬の感覚が心地よかった。レアナは少し困惑した表情を浮かべたが、バスターの行為を嫌がるでもなく、にこりと笑っていた。
レアナのその笑みこそは、バスターにとって、何にも代えがたい暖かな陽だまりであり、同時に守るべきぬくもりだった。そしていま、この時間も。このまま時が止まってくれれば。そんなことは無理だと分かっていても、バスターはそう願う自分を否定出来なかった。
あとがき
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