[Lucid Fragment]


「ねえガイ、背がのびたんじゃない?」
 衛星軌道上のTETRA内でのそれぞれのシルバーガンの整備中の休憩時、レアナが不意にそんな言葉をガイにかけた。ガイはもちろん、彼と並んで立っていたバスターも、レアナのほうを振り返った。
「はあ? お前は何言い出すんだよ、いきなり」
 バスターがそう言うと、レアナはガイを指差して言葉を続けた。
「だって、前はバスターよりちょっとだけど低かったじゃない。でも今はほとんど変わらないよ?」
 バスターは隣に立つガイと目を合わせた。すると、ガイがニッと笑った。
「やっぱそうかあ? そうだよな! 実は俺様もうすうす、そうじゃないかって思ってたんだよなあ」
「そういや……俺とほとんど変わらないな……」
「ね! そうでしょお?」
 バスターとレアナの言葉と視線を受け、ガイはまんざらでもない顔つきで頭を掻いた。
「俺様はまだ成長期だからな。ひょっとすると、バスターよりも高くなるかもしれないぜ?」
「何言ってんだ、お前は」
 素っ気無く返したものの、その可能性はあり得るなとバスターは心中で思った。「石のような物体」によるあの粛清の日から数ヶ月が過ぎた現在、じきに誕生日を迎えて19歳になろうかという自分の成長期はもう済んでいる。バスターは長身のほうに入るが、2歳年下で確かにギリギリ成長期であるガイの成長速度次第では、ガイの言葉は的外れではなかった。
「あたしももうちょっと大きくなりたかったなあ」
「お前は女だから仕方ねえよ。けど、そんなチビって訳でもねえだろ?」
 レアナのこぼした言葉に、ガイは軽く答えた。確かにレアナは小柄だが、決して極端に背が低いわけではない。それはガイだけでなくバスターも同意だった。
「そうなのかなあ……」
「しょうがねえって。ま、そんなに気にするなよ」
 ガイは手に持っていたドリンクを一気に飲み干すと、自分の機体である3号機のほうへ歩いていった。残されたバスターとレアナも自分たちの機体のほうへ足を向けた。そのとき、バスターは何の気なしにレアナの後ろ姿に目をやった。どこか寂しそうなその背中が、なぜかバスターの脳裏に残った。

 その日の夕食後。宇宙上のTETRAという閉鎖空間内で筋力を維持する為に日課となっているトレーニングを終えたバスターは、タオルで汗を拭きながら自室に続く通路を歩いていた。その通路を曲がろうとしたとき、バスターは不意に何かとぶつかった。
「きゃあ!」
「うわ!」
 バスター、それに彼とぶつかった相手はお互いに声を上げた。バスターが思わずつむった目を開くと、尻餅をついたレアナの姿があった。
「レアナ?……大丈夫か?」
「あ、バスター……うん、大丈夫……ごめんね」
 そう返すレアナの顔は笑っていたが、いつもとどこか違う彼女の表情をバスターは見逃さなかった。バスターはレアナの腕を掴んで引き上げると、さっさと歩き出した。
「バ、バスター? どこ行くの?」
「食堂だ。いいからちょっと来い」
 そう言ったきりのバスターに反論もせず、レアナは戸惑いを浮かべながらも手を離そうとはせず、黙って付いていった。

 淹れたての紅茶を二つのカップに注ぐと、バスターは片方のカップをレアナの前に差し出した。
「熱いから気をつけろよ」
 レアナはこくりと頷くとカップを持ち上げ、ふうふうと息をかけながらゆっくりとお茶を一口すすった。レアナのそんな様子を見守りながら、バスターも自分のぶんの紅茶をごくりと飲んだ。温かなお茶のおかげか、レアナは幾分ほっとした表情になったようだった。
「この紅茶、あったかくておいしいね。バスターはいっつもコーヒーばっかり飲んでるのに」
「そりゃお前、俺だって紅茶の淹れ方の基本くらい知ってるって」
 バスターが笑って返すと、レアナもそれに釣られてクスッと笑った。だが、その笑みにはどこか寂しげなものが混じっていた。
「だけどバスターは色んなこと出来るんだもん。やっぱりオトナなんだよね」
 そこには日常の中での軽口のようでありながら、その「いつも」とは違う「何か」が含まれていた。それに気づいたバスターはほんの少し沈黙した後、真面目な口調で問いかけた。
「大人……か。お前だって、ほんのお子様ってわけじゃないだろ?」
「でも……TETRAに来るまで、あたし外の世界のことを何にも知らなかったもの。知っていたのは戦闘機のことだけで。今だって、TETRAのみんなから教えてもらったことしか知らないし……」
「そんなこと気にしてたのか?」
 バスターの問いかけに、レアナは素直に頷いた。
「それにあたし……年はお姉さんでも、ガイよりも子どもじゃないかって思うの……」
 レアナの言葉を受け、バスターは昼間のレアナとガイのやりとりを思い出した。
「ガイの背が伸びていたのが気になったのも、そのせいか?」
 バスターの言葉に、レアナはハッとした表情を浮かべたものの、再度素直に頷いた。
「うん……ガイは男の子なんだからあたしより背が高くなるのは当たり前だってことはわかってるよ。前からそうだったんだし。だけど、何となくさびしくて……」
 そう答え、レアナはうつむいてぬるくなったカップの紅茶を一口飲んだ。バスターも自分のカップに残っていた紅茶を飲んでいると、レアナが顔を下げたまま呟いた。
「……こんなこと気にしちゃうなんて、あたし、本当に子どもだよね。もっとしっかりしなきゃいけないって、みんなにほめてもらえるくらい役に立ちたいって思うのに……あ、ご、ごめんね。変なこと言っちゃって」
 レアナは慌てて顔を上げて笑ったが、レアナの性格を知っているバスターには、彼女の心情を理解出来た。ガイの身長が伸びたことは些細な出来事だったが、「成長」というその要素によって、レアナは自分の精神年齢の未成熟さに改めて気づいてしまった。それが悲しいのだ。自分の幼さがこの閉鎖環境内でいつの間にか仲間の足を引っ張っているのではないかと不安を抱えているのに、それを見せまいとしている。自分のせいで他者に迷惑をかけてはいけない、そんな思いから時には無理に明るく振舞ってしまう、レアナはそんな少女なのだから……。
 バスターはカップをテーブルに置くと、彼の前に座っているレアナの頭に手を伸ばし、ポンポンと優しく撫でた。
「レアナ。そんな風に考えちまうってだけでも、お前は何も分かってない子供なんかじゃねえぞ?」
「……バスター?」
 レアナは呆気に取られたような表情でバスターの目を見た。バスターは伸ばした手をレアナの頭から離し、そっと彼女の肩に置いた。
「お前は確かに世間知らずで子供っぽい。でもそれを負い目に思う必要なんてどこにもないことも確かだ。俺だってガイだって、艦長やクリエイタにだって、それぞれ多かれ少なかれ短所はあるんだからな……お前はこのTETRAの立派なクルーだよ」
「バスター……ほんとに?」
「俺が保証する。それじゃあ駄目か?」
 バスターが笑ってそう言うと、レアナはかぶりを振った。
「ううん、そんなことない……ありがとう。バスター」
 レアナも微笑んで答えた。その笑みには、もう負の感情は見えなかった。バスターが彼女にかけた言葉は短いものだったが、百の慰めよりも、レアナにとっては惑いを打ち消す魔法だった。

 レアナの一片の混じりけもない笑顔を前にしたバスターは、もうひとこと言うべきだったかなと思った。レアナが見せる屈託ない笑顔、それは彼女の欠点など隠れてしまうほどの輝きであり、この船の中で何物にも代えがたい宝物のひとつなのだということを。



あとがき


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