[後継者]


 西暦2520年7月14日の午後。各々、無事にフライトテストを終え、TETRA内格納庫に自機であるシルバーガンを格納し、整備・調整を終えた頃、レアナがバスターとガイに多少、興奮したような様子で話しかけて来た。
「ねえねえ、バスター、ガイ。どうして紀元前からクリエイタと同じ型番のロボノイドが出て来たりしたんだろうねえ?」
 レアナが触れているのは、今日の午前中の定時通信で五十嵐長官が報告し、話題になった件のことだった。科研3部が行っている謎の遺跡の発掘調査では、次々と現代と変わらぬ水準としか思えない遺物が発見されていたが、その中でも、「現在、TETRAに所属しているはずのクリエイタと同じ型番を持つロボノイド」が発見されたことには、一同、耳を疑っていた。
「さーなあー……もしかしてクリエイタがこれからタイムスリップでもするんじゃねえの?」
 ガイが悪戯っぽく笑った。その場で各シルバーガンの状態を確認していた当のクリエイタは、びっくりして手のマニピュレーターに持っていた端末を落としかけた。
「ガ……ガイ、ナニヲ イウノデスカ。ワタシダケ ソンナコトニ ナッテ シマウノデスカ……?」
「じょーだんだよ、冗談!第一、そんなことあるわけねえじゃんか!」
 ガイは威勢よくクリエイタの背中を叩いた。その勢いに、再びクリエイタは手の中の端末を落としかけた。
「まさしくオーパーツってやつだよな。ガイ先生の仮説はどうかとして、本当に一体どういうことなんだろうな」
 レアナとガイ、そしてクリエイタのやりとりを黙って聞いていたバスターが、1号機のハッチを閉めると同時に呟いた。聞き慣れない言葉に、レアナは質問を問いかけた。
「ねえバスター。”オーパーツ”ってなに?」
「あ?ああ……要するにだな、その時代にはあり得ないものが出土したりしたとき、それを指すんだよ。例えば石器時代の遺跡から俺達の履いているような靴の足跡が見つかったりしたら、おかしいだろ?そういう物品のことを言うんだよ」
「へえ……そんな不思議なことがあるんだあ……」
 バスターの返事に、レアナは感嘆したように言葉を漏らした。
「まあ、昔っから大半はインチキらしいけどな。それでも今回のロボノイドが出たことは、紛れもない事実だけどよ……『星を継ぐもの』みたいなことが実際に起こるなんて、考えもしなかったぜ」
「『星を継ぐもの』?バスター、それ、なに?」
 レアナの再度の質問に、バスターはさして面倒くさがりもせずに丁寧に答えてやった。
「古典だよ、20世紀に書かれた。書かれた頃は未来の話って設定だったらしいけど、今読むと、ところどころ古くさいところだらけだけどな……っと、話がずれたな。『星を継ぐもの』っていうのは、月面で最先端の宇宙服を着た5万年前の死体が見つかるところから始まって、それがどうしてかって謎を解いていく話だよ。話の中でマスコミが大騒ぎしているところなんか、今の状況と一緒だな」
「5万年も前に死んだ人が宇宙服を着てたの!?ねえねえ、それからどうなるの?」
 目を輝かせ興味津々なレアナは、バスターの元に詰め寄った。その様子に少し押され気味になりながらも、バスターは多少呆れたように答えた。
「お前なー、ミステリーで犯人はこいつだって読む前から分かっちまったら、つまんないだろ?自分で読んでみろよ。多分、連邦の一般向けライブラリにも置いてあるからさ」
 レアナは目をパチクリとさせたが、すぐに納得したような表情になって頷いた。
「そっか、そうだよね。あたし、ライブラリからそのお話のデータをダウンロードしてくるね!ねえ、どれぐらいの長さなの?」
「結構長いぜ。まあ、ところどころ、謎解きと関係ない場所をとばせば、一日もあれば読めると思うけどな」
「ふーん……でも、バスターは何でも読むの早いもん。あたしはもっとかかっちゃうかなあ……」
「かもな。下手すると1ヶ月ぐらいかかるんじぇねえの?」
「もー!いくらあたしでも、そんなに遅くないもん!」
 おどけた口調のバスターに対し、レアナはぷいっと頬をふくらませた。だが、すぐに元の笑顔に戻った。
「教えてくれてありがとうね、バスター!バスターって、本当に何でもよく知ってるよね」
 満面のレアナの笑顔に、バスターは何故か照れくさくなり、とっさにそっぽを向いて髪の毛をかきあげた。
「い、いや、まあ、伊達にお前よりひとつ年上じゃないんだしな。そんなでもねえよ」
「ううん、そんなことないよ。とにかくありがと!ねえ、ダウンロードしたらガイにもあげるから、ガイも読んでみない?」
 レアナは振りかえり、後方のガイに声をかけた。バスターにとっては幸いにも、レアナに自分の様子をさとられた気配はなかった。
「お、俺様もか?えーと、遠慮しとくぜ。どーも”読書”ってのは苦手でよ」
「えー?面白そうなお話なのにー。ねえねえ、ホントに読んでみない?」
「いいって!あー、頭痛くなってきたぜ」
 逃げるようにして格納庫から去るガイを追うようにして、レアナも駆け足で出ていった。取り残されたようにぽつんと立っていたバスターは、ちょうどそばにいたクリエイタの頭をポンと叩き、やれやれといった顔つきで呟いた。
「まーったく……あいつらって、まるで姉弟みたいだよな。もっとも、どっちが上なのかはどっこいどっこいだけどよ」
 ひとり笑みを漏らしたバスターだったが、不意にその表情が真面目なものに変わった。クリエイタはその様子を不審に思い、声をかけた。
「バスター?ドウカシマシタカ?」
「いや……ちょっとな……」
 クリエイタの頭に手を置いたまま、バスターはしばし物思いにふけっているような様子だった。そして、ゆっくりと口を開いた。
「なあ、クリエイタ。俺達人間って、地球に住んでいていいのかな?」
 突飛な質問にクリエイタは面食らい、返答に迷っていたが、そのうちにバスターが再度、頭を叩いた。
「何言ってんだろうな、俺。他に帰る場所なんてないんだから、地球に住む以外、道はないのによ。変なこと聞いて悪かったな、クリエイタ」
「イエ、ワタシハ ベツニカマイマセンノデ……」
 バスターはそのまま、格納庫を静かに出ていった。クリエイタはバスターが考えていたであろうことを、己の人工頭脳の中で推測した。おそらくバスターは、今まで人間が地球に対して行ってきた様々な行いを思い返していたのであろう。資源の枯渇、環境の悪化……それらは全て、人間の手によってもたらされたものだ。クリエイタが知識として持っているデータベースをざっと検索してみても、人間が地球に対して行ってきた仕打ちは計り知れない。だが……バスターの言った通り、人間には、そして自分にも帰る場所はあの星しかないのだ。そして、どんなに業が深くても、人間にも生きる権利があるはずなのだ。「地球」は許してくれないかもしれない、それでも――。
「ワタシハ……イエ、ワタシヲツクッテクレタヒトビトハ アソコニシカ カエレナイノデスヨネ……アノホシヲ……チキュウヲツイデイクモノヲ ドウカ ユルシテクダサイ……」
 クリエイタはまるで何者かに祈るような思いで、静かに瞑想した。

 クリエイタは後に、その「地球を継ぐ者」を自らの手で再生することとなる。しかし、それはまだ、この時から約20年後の物語……。



あとがき


BACK
inserted by FC2 system