[Fake Bitter, True Sweet]


 寄せ集めの家族など、しょせん偽物?
 ならば、そこで生まれる感情さえも?


「どう? ガイ? 直りそう?」
 レアナはそう言いながら、握った工具を巧みに動かすガイの手元を覗き込んだ。
「ああ、もうちょっと……だな」
 ここはTETRA内の食堂。今は食事の時刻ではないが、ガイは数十分前から、この食堂の備品のコーヒーメーカーと格闘している真っ最中だった。このコーヒーメーカーは、数日前から動作がおかしかったが、とうとう作動しなくなってしまった代物なのだが、機械いじりが趣味のガイが、自分から修理役を買って出たのである。
「……これでいいはず……おい、レアナ。水とコーヒー豆持ってきてくれるか? 試し運転させるからよ」
「うん、わかった」
 レアナは素直に頷いて、厨房のほうへ赴き、頼まれたものを持ってきた。それらをコーヒーメーカーにセットして動かしてみると、5分もかからぬ間に、かぐわしい香りが食堂内に漂い始めていた。その香りを存分に味わいながら、ガイは腕を組んでうんうんと独り頷いていた。
「修理完了! やっぱり俺様の腕には間違いねえな」
 そんなガイの様子に、レアナは思わずくすっと笑っていた。
「ガイったら、大げさだよお。でも、直ってよかったね。ここのが壊れちゃったら、ブリーフィングルームにあるのを持ってこなきゃいけなかったし、そうなったらちょっと不便だったもんね」
「だろ? だから俺様の腕に感謝しとけよ?」
「うん、ありがとう。あたしはコーヒー飲まないけどね」
「「飲まない」んじゃなくて、「飲めない」んだろ? お子様だもんなあ、お前は」
「もう! バスターだけじゃなくってガイまで! あたしのほうがガイよりお姉さんなんだからねえ!?」
 レアナは説得力のない口調で反論したが、それがまた却って、彼女の子供っぽさを引き立てていた。もちろん、レアナ本人はそんなことには微塵も気付いていないのだが。ガイは笑いながら、レアナの言葉を受け流した。
「あー、はいはい。でもそれなら、お前より「お兄さん」のバスターが言うのならいいのかあ?」
「え、えっと、それは……ガイのいじわる!」
 反論の糸口が見つからず、レアナはぷうっと頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。ガイがよくよく見れば、レアナの頬がほんのりとだが赤くなっているのが分かった。ガイはにんまりと笑ったまま、視線を横に座っているレアナから、テーブル上のコーヒーメーカーへと移した。コーヒーメーカーはコポコポと空気の泡が浮かび上がる音を立て、コーヒーが出来上がったことを示すランプが点灯していた。
 ガイはさっそく1杯飲もうと思い、厨房からコーヒーカップを取ってこようと立ち上がった。するとそのとき、ドンピシャリのタイミングとでもいうかのように、バスターが食堂へ入ってきた。
「ん? この香りは……メーカー、直ったんだな。ガイ」
「ああ。俺様の腕に間違いはなかっただろ?」
「確かにな。ありがとよ……どうしたんだ、レアナ? 顔が赤いぞ?」
「だ、だって……ガイがいじわる言うんだもん」
 レアナの表情や口調から、ガイが何を彼女に言ったのかをすぐに察したバスターは、口元に含み笑いを浮かべた。
「そりゃあいけねえなあ」
 バスターは面白げにそう言うと、さっさと厨房のほうへ入っていき、すぐにコーヒーカップを3つ持って戻ってきた。そのカップの数に、ガイはバスターに近づいて小声で疑問を唱えた。
「おい、俺様とお前のぶん、2つだけでいいんじゃねえのか? レアナはコーヒー飲めないって、お前だって当然知ってるだろ?」
「まあな。でも今日はいいんだよ、これで」
 疑問符を顔に浮かべたままのガイを尻目に、バスターは3つのカップをテーブルに置くと、耐熱ガラス製のコーヒーポットをメーカーから取り外し、中に満たされた熱々のコーヒーを注いだ。ただし、2つのカップには並々と注いだが、残った1つのカップには半分ほどしか入れなかった。その問題のカップを手に取ると、バスターはレアナに差し出した。
「ほら、これくらいなら飲めるだろ?」
 レアナは差し出されたコーヒーを一瞬見つめたが、すぐに困ったような表情をバスターへ向けた。
「え……う、うん。でも……残しちゃもったいないのに……」
「残したら俺が飲んでやるから。ガイが直してくれたメーカーで初めて淹れたコーヒーだろ? なら縁起物だと思って飲んでおけよ。いいことあるかもしれねえぜ?」
「……うん。ありがと、バスター」
 レアナはバスターからカップを受け取り、カップを両手で包み込むように持った。一連のやり取りを目にしていたガイは、思わずきょとんとしていた。だがすぐに我に返って、自分の分のカップを手に取ると、同じようにコーヒーを飲もうとしていたバスターに話しかけた。
「「縁起物」だなんて言葉、よく知ってるなあ、バスター」
 バスターはごくりとコーヒーを一口飲むと、視線をカップに落としたまま、ガイの疑問に答えた。
「士官学校に入る前に、お前と同じ日系がボスの職場で働いたことがあってな。そのボスが結構昔かたぎだったもんで、それで知ったんだよ」
「へーえ……艦長みたいなタイプだったのか?」
「ま、似てると言えば似てるな」
 ガイはバスターの世慣れ具合とそれゆえの博識な一面に感心すると、片手に持っていたコーヒーを口にした。元々性能のいいメーカーだからなのか、はたまたガイが自分が修理したからなのか、それともバスターの「縁起物」という言葉を聞いたせいなのか、いずれの理由かは分からなかったが、確かに美味い1杯だった。残りのコーヒーも、その香りと共に飲もうとしたとき、レアナが両手で持ったカップが、いつの間にか空になっていることに、ガイはようやく気付いた。
「おい、もう飲んじまったのか? レアナ?」
「え? あ、うん。なんだかね、前に飲んだことのあるコーヒーとはちがう味みたいで……いい匂いだったし……せっかくガイが直してくれたメーカーで淹れた第1号だもんね。コーヒーってあんまり好きじゃないはずなのに、おいしかったのはそのせいかも……」
「な? 飲んでよかったろ?」
 椅子に座っているレアナの横で、立ったまま自分の分のコーヒーを飲んでいたバスターは、笑ったまま、けれどどこか優しい口調でレアナに話しかけた。レアナはバスターのほうを見ると、同じように笑顔で「うん!」と嬉しそうに頷いた。
 そんな二人の様子に首を突っ込むこともなく、ガイはコーヒーをすすりながら、黙って見ていた。首を突っ込もうにもそんな隙が見つからなかったのかもしれないが、そんな行為は野暮だと、無意識にガイが己に自制をかけていたというほうが正解だろう。
(まったく、この二人にはヤキモキさせられるかと思えば、こんな仲のいいとこ見せつけられるなんてなあ……ま、でも、俺様は馬に蹴られるようなことはしたくねえし、なんだか知らねえけど、俺様まで嬉しいしな……)
 ガイの心中の言葉はもちろんバスターとレアナには聞こえなかったが、ガイの表情も、二人に釣られたように笑顔になっていたから、それでじゅうぶんだった。

 コーヒーは苦かったが、淹れたてのこの飲み物が、この日のバスター、レアナ、ガイらにもたらしたのは、単なる苦さではなく、隠れた甘さだった。それは「幸福」であり「団欒」という名の甘さであり、また、熱いコーヒーを満たしたカップから掌に伝わってくるような「温かさ」に包まれていた。

 TETRAクルー、とりわけバスター、レアナ、ガイの3人は、それぞれの家族を様々な形で失ったものばかり。だが、だからこそTETRA内で「第2の家族」を形成出来たのだろう。たとえそれが擬似的なものであっても、そこに存在した「家族の暖かさ」は、本物であったことは間違いなかったのだから。



あとがき


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