[Pleasing Sewing]


「よお、精が出るな」
 バスターは洗濯機や乾燥機の置いてあるランドリー室に、そんなことを言いながら入ってきた。衛星軌道上のTETRA艦内では、調理や洗濯といった家事関連の項目に関しては、ほぼ全てをクリエイタが担当していた。元々、人間のアシストのために生まれたロボノイドであるだけあって、クリエイタの家事処理能力は非常に優れていた。中でも掃除に関しては、クリエイタが「趣味」と自負しているほどの完璧ぶりであった。

 だが、TETRA内では、クルーのスケジュールがぎゅうぎゅうに詰まっていた訳ではなかったし、彼らはクリエイタを「アシスタントロボット」などではなく、「クルー」として扱っていたから、暇なときにはよくクリエイタの手伝いをしていた。クリエイタは最初は恐縮していたが、それがクルーのストレス解消にもつながっていることに気付き、今ではクリエイタをバスター、レアナ、ガイのうちの誰かが手伝っているのは、当たり前のことになっていた。

 そんな背景があったので、時間が空いたバスターは、クリエイタを手伝おうとランドリー室にやって来たのだった。だが、そこにいたのはクリエイタだけではなかった。室内に置かれたテーブルのそばの簡素な椅子に座って、レアナが目線を手元に落とし、何やら真剣な顔つきで指先を動かしていた。バスターが入ってきたことにも気付いていないようだった。
「れ? クリエイタ、レアナのやつ、何やってんだ?」
 バスターに問われたクリエイタは、洗い終わり乾燥も済んだ洗濯物を畳みながら、笑顔をアイモニターに浮かべて答えた。
「モット チカクデ ミテミレバ ワカリマスヨ」
 そう言ったきり、アイモニターも笑ったまま、再びクリエイタは洗濯物を畳み始めた。バスターが釈然としない表情でレアナのそばによると、どうもレアナが持っている服に見覚えがあることに――他ならぬ彼のパジャマの上着であることに気付いた。
「レアナ? 俺のパジャマがどうかしたのか?」
「きゃあ!……え? バスター?……いつの間にいたの?」
「そんな驚くなよ。大げさだな」
「だって……」
 レアナにしてみれば、背後から、しかも予期せぬ人物の声がしたのだから、飛び上がるほど驚いて当然だったのだが。口ごもるレアナの手元をバスターが改めて見てみると、ボタンが新しく付け直されていた。
「あれ? もしかして……ボタンが取れたのを、付けてくれたのか?」
「あ、うん。ボタンが取れてたんだけど、洗濯機の中をさがしたら見つかったから……」
「それくらいなら俺が自分でやったのに」
「ううん、あたしだって、お裁縫くらい少しはできるもん。忘れないうちにって思っただけだから」
 そう言うとレアナはソーイングセットを横にどけ、パジャマを丁寧に畳むと、バスターに差し出した。
「はい。ほかの洗濯物といっしょに持ってってね」
「あ、ああ……なあ、レアナ……その……」
「なあに?」
「……ありがとうな」
 バスターが少し頬を赤くして発した礼の言葉に、レアナはにっこりと微笑んだ。
「気にしないで。ね?……あ、こっちも直さなきゃ……」
 レアナはテーブルの上に無造作に置いてあった服を掴んで引き寄せた。バスターが目をやると、それはまたも男物のパジャマだったが、バスターには見覚えがないものだった。だがそのサイズから推測して、ガイのものであることにバスターは気付いた。
「おい、それ、ガイのか?」
「そうだよ。これもボタンが取れかかってるの。だから付け直そうと思って……」
「俺がやってやるよ。この針と糸、借りるぞ」
 レアナの返事も待たずに、バスターはガイのパジャマをひったくるように持つと、実に慣れた手つきでボタンを付け始め、あっという間に作業を終えてしまった。「自分でも出来る」という彼の言葉は確かに真実だった。
「すごーい! あたしよりも速いじゃない」
「だろ?」
 レアナの感嘆の言葉にバスターは少しだけ得意そうに笑って、ガイのパジャマをテーブルの上に放り投げ、針と糸を元の場所にしまった。

 クリエイタは洗濯物を整理しながらも、そんな二人の微笑ましい様子を見守っていた。レアナはバスターの心情に気付いただろうか……レアナがガイの服のボタンを付けることに、あのバスターが「やきもち」を焼いたから、ああいう行動に出たのだということに。だが、クリエイタは黙っていた。そんなことをわざわざ言うのは野暮というものだと思ったから。人間以上に気配り精神に溢れたクリエイタの心遣いに、バスターは感謝すべきだっただろう。

 バスターとレアナの微笑ましいやりとりが交わされただけでなく、クリエイタが「ただの機械」ではなく「心を持ったクルー」であることが改めて認識された、ある日のTETRA艦内での出来事だった。



あとがき


BACK
inserted by FC2 system