[つばさ]


人には見えない翼がある。
子どもの頃に絵本で読んだのか、それとも誰かが言ったのか、そんなおとぎ話めいたことを知った覚えがある。
どちらにせよ、ただでさえ子どもっぽい今よりもずっと幼かった私は、それが真実だと信じていた。
自分の背中にも翼があるんだと思うと、それだけで嬉しかった。


それから私は少し成長し、このTETRAへと来ることになった。
それは数年ぶりに、自分の育った閉ざされた場所以外の人達、外界の人達に出会うことでもあった。

冷静でちょっと恐そうだけど本当は優しいテンガイ艦長。
熱血ひとすじで曲がったことが大嫌いで元気いっぱいのガイ。
人間と変わらないくらい人間らしいクリエイタ。
そして、ひねた風でいて、その隠した心はとても繊細な人、バスター。

そんなクルーのみんなとは大きな苦労もせず打ち解けることができ、一日一日が楽しいものとなった。

まだ私が初めて宇宙に出る前で、地球に人類も健在だった頃。
一度、バスターやガイとのおしゃべりの話題に、「見えない翼」のことを話したことがある。
二人は笑っていたけれど、決してそれはあざけりからではないことは確かだった。
17歳にもなると言うのにどうにも大人になれない私の子どもっぽさが原因なのだ。
私は少しだけムッとしたけれど、すぐにそれは他愛もない事象として流れ去った。


宇宙へ出て半年ほどが経とうとしたある日。
私はうっかり弱音をこぼしてしまった。
もしも地球に降りる前にこの宇宙で何か起こってみんな死んでしまったらどうしようと。
うつむいていると、暖かい手が髪を撫でる感触と同時に優しい声が聞こえてきた。

――俺達には翼があるじゃねえか。シルバーガンもそうだし、お前が言ってたように、俺達自身が翼なんだよ。
――……ま、シルバーガンは背中の翼とはだいぶ違うけど、飛べることに変わりはないしさ。
――だから、俺達の翼で飛んで、はだかるものには立ち向かえばいいのさ。最高の翼でな。

見上げると、声の主が――バスターが優しく微笑んでいた。
その後ろでガイも腕を組んで、口元に笑みを浮かべて私達を見ていた。
不意に涙がぽろぽろとあふれ出し、私は懸命に目を手で拭いていた。
バスターも彼の指で涙を拭ってくれた。ガイも変わらぬ穏やかな表情のまま、見守ってくれていた。


人には見えない翼がある。
幼い私はそれを信じていた。
そして今の私も、幼い頃とは少し違う意味で信じている。

私には翼がある。
シルバーガンという翼と、それとは別に、大事な仲間との絆という翼。
とりわけいちばん大きな翼は、生まれて初めての感情を私にくれた大切な人がくれる、私への特別な想い――。

どんな未来が待っているのか、どれだけの時間がまだ残されているのか、今の私にはわからない。
けれど、出来ることを精一杯やって歩んでいきたい。

私には何枚もの翼があるのだから――。
優しさ、暖かさ、愛しさ、そんな色んなもので出来た、ゆるぎない力強い翼が――。



あとがき


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