[Birthday]


「よお、レアナ。ちょっといいか?」
 不意に背後から声をかけられ、レアナは一瞬びくりとしたものの、すぐにそれがガイのものであると分かった。
「なあに?どうかしたの?」
「いや、ちょっとさ……これ、お前にやるよ」
 ガイは包装の乱れた小箱をぐいっと差し出した。だがその包装の乱れは、却ってガイの誠心誠意がこもっているように見え、微笑ましくレアナは思った。
「うわあ…!ありがとう!ここで開けてみてもいい?」
「あ、ああ、もちろんいいぜ」
 多少照れた様子のガイを尻目にレアナが包装をほどいてみると、それは小さなクリエイタの人形、いわば「ミニ・クリエイタ」のようなロボットだった。器用な彼のこと、多分お手製であろう。
「かわいいー!ガイ、ホントにありがとね」
「れ、礼はいらねえぜ。それに今日のことを教えてくれたのはバスターなんだからな。礼はあいつにも言っといてくれ」
「バスターが?どうして?」
「どうしてって……今日、お前の誕生日だろ?18才の」
 ガイの言葉に、レアナはほんの少しぼうっとしたものの、ハッと気付いたような表情となった。
「あー……そういえば!あたし、忘れちゃってた」
「やれやれ。お前らしいぜ」
 ガイはレアナの返答にしばし笑っていたが、ふと表情を少し真面目にして口を開いた。
「そういや……お前でも忘れてたことをなんでバスターが知ってるんだろうな。あやしいな〜?」
「あう、えと、何でだろ……あたし、バスターに聞いてくるね!」
 レアナはそう告げて、逃げ去るようにその場を去った。その後ろ姿を眺めながら、ガイは頭に手をやって苦笑していた。
「ま、だいたい想像はつくけどよ……」

 バスターを探してTETRA内をレアナがうろついている途中、ばったりとクリエイタと遭遇した。見れば、クリエイタは手には中くらいの紙箱を持っているようだった。
「あ、クリエイタ、バスター知らない?さっきから探してるんだけど……そういえば、それ、何?」
「ア コレデスカ……バレテシマイマシタネ。バースデーケーキ デスヨ。アナタノ」
「あ、あたしの!?でもいいの?食料は厳重管理に置いてあるのに……」
「ダイジョウブ。艦長ノ許可モ トッテアリマス。ソレニ ケーキヲ ツクッテヤレト 言ッタノハ 艦長ナンデスシ。ホントウハ ギリギリマデ ヒミツニシテ オキタカッタノデスガ……仕方アリマセンネ」
「そうなんだあ……ありがとうね、クリエイタ。艦長にも後でお礼を言っておかなきゃ」
「オ礼ナラ バスターニモ 言ッテクダサイ。アナタノ誕生日ニ 気付イテ 提案シタノハ バスターナンデスカラ」
「バスターが……?あ、そうだ。あたし、バスターを探してたんだっけ。クリエイタ、見なかった?」
「サア……自室ナンデハナイデショウカ?ワタシモ 今マデ 出会ッテマセンシ」
「ありがと、クリエイタ。じゃ、バスターの部屋に行ってみるね。ケーキも楽しみにしてるから!」
   レアナは満面の笑顔を浮かべ、その場を立ち去った。クリエイタはその後ろ姿を見ながら、レアナの誕生日ケーキをもう少し大きく作ってもよかったかもしれないな、と思った。

「バスター?いるの?入ってもいい?」
 バスターの自室前に来たレアナはそう声をかけた。しかし反応がない。自分の部屋にもいないのかなあ……そう思い、レアナが立ち去ろうとしたとき、慌てたように扉が開いた。
「レアナ!?悪りぃ、悪りぃ。ちょっと考え事してたもんでさ。用事があるのなら、中、入れよ。」
「……うん。用事があって来たの」

 レアナはバスターの部屋には何度か入ったことがあるが、とても10代の若者の部屋とは思えないほど整頓されている部屋だった。バスターの意外と几帳面な面が表れているのかもしれない。ともかく、レアナはバスターに促されて手近の椅子に腰掛けた。そして、意を決したように口を開いた。
「えっとね……バスター、どうしてあたしの誕生日、知ってたの?」
 バスターはその問いに対し、明らかに動揺した様子だった。しかし多少顔を赤らめて、バスターは平静を装って返答した。
「その……なんだ、俺達のデータはこのTETRAのコンピュータ内に入ってるだろ?だから、そこから見つけただけだよ」
「なんだー、そうだったんだ。でも……みんなに教えてくれてありがとうね。ガイにはこんなミニ・ロボットもらっちゃったし、艦長とクリエイタはバースデーケーキを作ってくれたんだよ」
「ミニクリエイタか。ガイらしいな」
 小さなクリエイタがカタカタと動く様を見て、バスターは思わず笑みを漏らした。だが、次の瞬間には、真面目な表情に戻っていた。
「レアナ。俺からのプレゼントなんだけど……こんなものしかないけど、受け取ってくれるか?」
 そう言うとバスターは立ち上がり、備えつけの机のほうへと踵を返した。そしてレアナの元に戻ってきたときには、小さな小箱を手にしていた。
「これは……俺の母親のものだったんだ。母親は俺が子供の頃に離婚して、今じゃ生死不明……っていうか、地球があんなことになったんじゃ生きているはずないけど、この指輪はそのときに置いていったものだ。俺が家を出たときに、なんでこんなものを持ち出したのかは自分でもわからないんだが……ともかく、今の俺がお前に渡せるようなものはこれぐらいしかなくてな……受け取ってくれるか?」
 指輪はよほど価値の高いものだったのだろう。長い時を経た今でも、彫り込まれた装飾も光沢は色褪せていない。レアナはしばし、指輪に見入っていたが、やがて優しい笑顔でバスターのほうへ顔を上げた。
「受け取るも何も……うれしくないはずないよ。でも、本当にあたしがもらっちゃってもいいの? バスターのお母さんの……えっと……大事な形見なんでしょう?」
「お前が受け取って気に入ってくれるのなら、そんなことなんでもないさ」
 バスターが屈託なく笑って答えると、釣られてレアナも笑顔になった。
「……ありがとう、バスター」
 バスターに礼を言うと、レアナはさっそく指輪をはめようとした。だが、なかなか合う指がない。思考錯誤しているうちにようやくぴったり収まったのは――左手の薬指だった。
「お、お前、そこはちょっとまだ……」
「大丈夫だよ。普段はグローブで隠してるんだし。ね?」
 レアナの言葉に対し、バスターはすっかり顔を赤くしてしまった。まさか左手の薬指が一番ぴったり合うとは……ただ、その事実に対し、自分も少なからず嬉しい気持ちを抱いていることは確かだった。
「さ、そろそろ夕飯の時間だし、行くか。今日はケーキもあることだしな」
「そうだね。どんなケーキなのかなあ……ちっちゃくても嬉しいな」
「あんまり小さ過ぎるとガイに全部食われちまうぞ?」
「えーっ、そんなことないよお。ガイだって今日は遠慮してくれるよお」
 二人はバスターの自室から笑い合いながら退出した。ふと、レアナがバスターの腕を引っ張り、顔を向けさせた。
「バスターの誕生日はまだだよね? じゃあ、そのときはあたしが腕をふるって特製ケーキを作ってあげるからね!」
「お前の手作りケーキ……胃薬用意しといたほうがいいかもな」
「ひどーい! そんなこと言うのなら、もう作ってあげないから」
「冗談だよ、冗談」
 だが、バスターは心中で密かに思っていた。レアナのケーキなら、どんなものが出来ても全部食べてやるさ……と。



あとがき


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