[Purity of Love]


 間近で感じる鼓動と体温が、とても愛おしく暖かかった。

 レアナは幼少期に家族を奪われたことで、「親の愛」というものとは疎遠に育った。育たざるを得なかった。孤児になってから引き取られた連邦軍の実験施設でも、親代わりの役割を担ったスタッフはいた。だが、それらの人々がどんなに優しい態度を取ってくれても、レアナが受けるはずだった「本当の親の愛」を補うことは出来なかった。

 幼いレアナは寂しさと悲しみから、何度も何度も枕を濡らした。声を立てて泣かないように。誰にも気付かれないように。けれど、昼間、人前にいるときは、レアナは笑顔を忘れないようにしていた。もしかしたらそれは仮面だったのかもしれないが、とにかく笑みを絶やすことはなかった。それはどんなに親の愛には敵わなくても、自分を心配して同情してくれる人々への気遣いからだった。レアナは精神年齢は子供のままに育ったが、そんな一面だけは大人びてしまったのだ。それも悲しいくらい不器用な形で。

 やがてレアナはパイロットとしての教育のみを受けた実験体として成長し、巡洋艦TETRAに配属された。そこで出会った人々は、今まで彼女が出会ってきた種類の人間とはまるで違う人ばかりだった。艦長であるテンガイは、最初は近づきがたい雰囲気だったが、その実、思慮深く部下への心遣いを絶やさないしっかりした人物であることはすぐにわかった。ガイはちょっと短気で熱くなりやすいが、人間本来の実直さを持つ好青年であったし、初めて感情を搭載されたロボノイドであるというクリエイタも、愛すべきクルーだった。そしてもう一人、バスターも――。

 バスターに関しては、彼は外面的には人当たりがいいので、レアナも当初は単純に考えていた。だが、バスターの言動と内面には裏があるということに、さすがのレアナも徐々に気付いてきた。自分自身に裏がないため、レアナにはバスターという青年をどう見ればいいのかわからない時期もあった。だがその期間もすぐに終わりを告げた。バスターは自分と同じ人間だ。笑ってばかりでなく、悩むこともあれば怒り、苦しむこともある。そんな感情をレアナやガイならば素直に表現出来るが、バスターはそれが出来ない、ただそれだけなのだ――そこに辿り着いてから、レアナのバスターへの思いは段々と変わり始めていた。バスターが隠そうとする彼の優しさや繊細さに触れたりするうちに、そんなバスターのそばにいたいと、いつの間にかレアナは思うようになっていた。

 そして今。バスターの部屋で無言で彼に抱きしめられて、レアナは先程と変わらぬ落ち着いた鼓動と暖かさに身を委ねていた。バスターは呟くように言った。レアナはどんなものでも愛する心を持っている。それがバスターに大切なことを教えてくれたのだと。レアナは自分よりもずっとたくましい腕で抱きしめられながら、その言葉を心の中で反芻していた。

 レアナだって、愛されたいと思う心はバスターと同じだった。けれど、愛されたいのならばまずは自分が他者を愛することが必要なのだとレアナは信じていた。それは遠い過去、まだ彼女が両親を失う前の記憶だろうか。父親か、もしくは母親が言ったのだろうか。どちらにせよ、その考え方がレアナの根幹のひとつとなった。だからこそ、レアナは他者への愛としての優しさ――たとえば博愛とでも言うべきもの――を持ち続けていた。それが原因で自分が傷ついたとしても、レアナはその優しさを捨てなかった。そしてその「博愛」が、バスターに対しては特別な「愛」になっていたのだ。彼を誰よりも大事に思い、そばにいたい、この人のためになら何でも出来る――そんな気持ちが芽生えていたのだ。レアナも気付かないうちに。

 レアナはバスターの広い胸に顔と手のひらをぴったりと寄せた。規則正しい鼓動がトクントクンと手のひらに響き、暖かさも同時に感じていた。バスターには、レアナの心臓の鼓動と体温が伝わっているのだろう。この人のこの鼓動が続く限り、ずっと一緒にいたい――レアナは何も言わず、目をそっと瞑った。たとえそれがはかない祈りだとしても、二人が今ここで共に過ごしている時間は永遠にも等しかった。



あとがき


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