[teardrop]


 高地に設けられた、連邦軍所属試験飛行場。その片隅、管制塔の壁にもたれかかって、夕陽を眺めている少女の姿があった。TETRA所属の新鋭戦闘機「シルバーガン」テストパイロットのひとりであるレアナだった。膝を抱えて座り込んでいるその姿は、広大な飛行場の中に埋もれてしまうかのようにも見えた。
「こんなところにいたのか」
 レアナが横を向くと、そこにはバスターが立っていた。レアナは立ち上がると、パイロットスーツについた砂ほこりをパンパンと叩いて払った。
「……どうしたの? バスター」
「お前を探してたんだよ」
 バスターはそう答えると、レアナの頭に手をやった。バスターよりも背の低いレアナから見ると、バスターがいつもより大きく見えたような気がした。
「こんな時間なのに見つからねえし、ガイに付き合ってシルバーガンの調整でもやってるのかと思ったら、それも違う。一体、どこ行ったんだって……お前、泣いてたのか?」
 バスターはハッとしたように目を見開き、レアナの目元をそっと指で触れた。レアナの目の周囲は、熱を帯びて熱かった。
「ち、ちがうよ。泣いてなんて……」
「ウソ言うなよ。よくよく見たら目元が腫れてるし、赤いじゃねえか」
「……夕焼けの色だよ」
 確かに夕陽の照り返しで、二人の顔は赤く染まっていた。だが、バスターはそれがレアナの言い訳であることを見抜いていた。
「そんなんじゃねえだろ。だったら、なんで目元がこんなに熱いんだよ?……何があったんだ?」
 レアナはバスターの瞳に捉えられたようにしばらく黙ってバスターの瞳を見つめ返していた。だが、涙が一粒こぼれたのを皮切りに、涙が次々とこぼれだした。レアナはそのままバスターの胸に飛び込むようにしがみつき、声をこらえて泣き出した。
「レアナ……?」
 困惑するバスターの声も届かず、レアナはただただ泣いていた。バスターはどうしたものかと思案したが、何も言わず、レアナをそっと両腕で抱きしめた。そうやって幾ばくかの時間が過ぎた頃、レアナはようやく泣き止み、自分を見守るバスターの顔を見上げた。レアナの青い瞳には、まだ涙が残っていた。
「……あたしがしていることは、ほめられることじゃないの?」
 予期せぬレアナの言葉にバスターは困惑したが、レアナの目じりに残る涙を指で拭い取ってやった。
「……何言い出すんだよ」
「だって……」
 レアナは俯くと、呟くように言った。
「あたしは軍で育ったから、シルバーガンみたいな性能の高い戦闘機でも動かせて当たり前なの?……あたしはお父さんとお母さんにいつか会えたときにほめてもらいたくて一生懸命やってきたのに……じゃあ、あたしは何ができればいいの? どうしたらほめてもらえるの?」
「誰かにそう言われたのか?」
「それは……」
 レアナは俯いたまま黙ってしまった。おおかたレアナのパイロットとしての才能をやっかんだ者に、くだらない陰口を言われてしまったのだろうとバスターは推測した。彼も経験したことだったから。けれどそれが自分を蔑んだ者であっても、他者のことを悪く言えないレアナの性格が、犯人を詳しく言えないのだろうとも思った。
 バスターはレアナを抱きしめる腕に力を込めた。この純粋無垢な少女の心を傷つけた者が許せなかった。レアナは望んで軍で育てられたわけではないのに。家族を理不尽に奪われたからだというのに――。
「お前はよくやってる。お前が今、テストパイロットの任務をこなせているのは、お前の実力なんだ。お前はたまたま軍で育った――でも、それだけだ。お前の実力はお前が自分自身の力でもぎ取ったものなんだ。だから、胸を張れ。つまらない悪口なんか、気にするな」
「でも……」
「それとも俺の言うことより、くだらない奴の言うことのほうが気になるか?」
 レアナはぴくりと肩を震わせ、顔をおずおずと上げた。その瞳はバスターの瞳を見ていたが、やがて顔を横に振った。
「……そんなことない。バスターがそう言ってくれるのなら、あたし……」
「じゃあ、それでいいな。もうそんなくだらない件は忘れろ。な?」
 バスターはレアナを見つめたまま、口角を上げて笑った。口元だけでなく、その目にも優しさが溢れていた。レアナはそんなバスターをぽかんと見つめたままだった。
「……うん」
「まだ元気ないみたいだな……」
 バスターは片腕をレアナの体から離すと、ごそごそとパイロットスーツの隠しポケットを探った。
「レアナ、目閉じて、ちょっと口開けろ」
「え?……う、うん……」
 バスターに言われたとおりにレアナが目を閉じて口を開けると、口の中に何かが入れられた。同時に、レアナの唇にほんの少しだがバスターの指が触れた感覚が分かった。
「?……これ……イチゴのアメ?」
「ご名答。当たりだ」
「……バスター、アメ持ち歩いてるの?」
「いや、今日はたまたまだ。売店で買い物したときにオマケだって貰ったんだ。この年で笑っちまうよな。禁煙でもしろってことかね」
 そう言って、バスターはまた笑った。その笑顔と口の中の甘さとの二重のおかげか、レアナはいつの間にか笑っていた。
「やっと笑ったな」
 バスターは笑ったまま、レアナの頭を撫でた。レアナは黙ったままだったが、にこにこと笑っていた。
「そのアメを食い終わる頃には目元の腫れもだいぶ引くだろ。そうしたら、戻ろうぜ。な?」
「うん!」
 レアナは元気よく返事をした。その口調の明るさに、バスターは少しホッとしたようだった。レアナはそんなバスターに笑顔を返しながら、口の中に広がる甘味はバスターの優しさの形のようだと感じていた。



あとがき


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