[約束、いつか果たされるその日まで]


 そのときが来たことはわかっていた――。

 クリエイタのロボノイドとしての寿命は、もうわずかだった。中央司令部の残骸の地下で育ててきたバスターとレアナのクローンが眠るカプセルを前に、クリエイタはモニタ・アイで二人のクローンの姿を見つめた。地球で死ぬことさえ出来なかったバスターとレアナ。そのぶんも含めて、「もうひとりの彼ら」は、この大地で生きてくれるだろう。20年前からは想像もつかないほど再生された緑に覆われた歴史を繰り返すこの星で。強く、たくましく、己の伴侶を始めとした家族を愛しながら。

 今度こそ道を誤らないでください。あなたたちの遠い子孫が過ちを起こさないことを祈ります――。

 クリエイタのモニタ・アイからはオイルが漏れ、まるで涙のように顔を汚していた。自分の死が近いということは、クローンの目覚めが近づくことだ。自分という存在は新しくやり直す人類には不要なものであるし、関わってはいけないものなのだから。それはひどく悲しい決断だったが、クリエイタはずっと前に覚悟を決めていた。

 だが――はるか以前に聞いた話を思い出した。それは、遠い未来で発掘された自分は「丁重に保管されていた」という報告だった。もう間もなく鉄クズ同然となる自分を丁重に保管? 誰が?……答えは考えるまでもなかった。今、彼の目前にいる二人のクローンだろう。彼らが面識もないはずのクリエイタの残骸を大事に保存してくれるのだ。クリエイタは愛しげに眠り続けるクローンを見た。ここにいるバスターとレアナはオリジナルではない。だが、クリエイタとの思い出を知らぬはずのクローンも、なぜか自分から何かを感じ取ってくれるのだ。そうでなければ、元の姿も分からぬほどに壊れる運命であるクリエイタの残骸を大事に保管してくれるようなことなどするまい。クリエイタはバスターとレアナの魂は、クローンの中に還ってきたのだと思いたかった、いや、きっとそうであると思った。

 魂などと非科学的なものは人にもロボノイドにもないのだというのがクリエイタの知る科学的見解であったし、クリエイタもその考えを教え込まれていた。けれど、今のクリエイタは魂の存在を信じたかった。生まれ変わりを信じたかった。地球で死ねなかったバスターとレアナが、緑が再生して太古に戻ったこの地球に戻ってきて、笑い、泣き、喜び、愛して、生を全う出来るのなら、自分がクローンを生み出したことは、人類再生という大儀だけでなく、バスターとレアナの願いと想いを叶えてやれることにつながるのだから。クリエイタにとっては、人類再生などという大きすぎる義務よりも、亡き仲間がこの世界に戻ってきて幸せになれることのほうがずっとずっと嬉しかったのだから――。

 悔いのないよう、生きてください。あなたたちが幸福に生きられれば、あなたたちの子孫も幸福になれるだろうし、その更に遠い子孫も正しき道を辿り、いつかこの輪廻から抜け出せる――そんな気さえするのです。そしていつかまた会いましょう。一緒に青空を見られる日が待ち遠しいです――。

 心の中で深く強く祈ったクリエイタは、間もなく機能停止により、完全に動かなくなった。次の瞬間には、バランスが崩れて倒れ、頭部のパーツが外れたままになっていた。

 しばらくして、それらの部品を拾う、二組の腕があった。片方の腕はたくましく、もう片方の腕は華奢だった。拾った二人には、それが何なのかはわからなかった。けれど、なぜかとても懐かしく大事なものだと感じていた。「始まりの二人」の魂が。それは、彼らの魂がかつて「最後の二人」であった証なのであり、クリエイタの願いが真実だったことを意味していた。クリエイタの亡骸である部品を、同じ地下で見つけたチタン製の箱の中に丁寧に収めた二人は、しばらく祈るかのようにその場にいたが、やがて、手に手を重ねて、日の光の差す方向へと――建物の外へと歩き出していった。

 それは人類の再出発であると同時に、二人の心に刻まれた「精一杯生きろ」という、懐かしい何者かとの約束を果たすための始まりでもあった――。



あとがき


BACK
inserted by FC2 system